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2009年12月17日 (木)

産経【主張】北朝鮮兵器密輸 法を整えて包囲網参加を

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091217/plc0912170349003-n1.htm
産経【主張】北朝鮮兵器密輸 法を整えて包囲網参加を
バンコクの空港で、給油のために着陸した貨物機から北朝鮮製の兵器が大量に見つかり、タイ当局が乗組員5人を武器不法所持などの疑いで取り調べている。

 貨物機は今月上旬、ウクライナから平壌に到着、荷を積んで戻る予定だった。押収した兵器は地対空ミサイル20基や対戦車砲48基などで総重量が40トン近い。北朝鮮によるすべての武器取引を禁じた今年6月の国連安保理決議への明確な違反だ。

 米国のボズワース特別代表(北朝鮮政策担当)が平壌を訪れ、北に核問題をめぐる6カ国協議への復帰を促していた最中に兵器密輸が実行されている。国際社会への挑戦である。タイ当局による密輸の全容解明を望みたい。

 北朝鮮にとって、弾道ミサイルや関連技術と同様に通常兵器の輸出は貴重な外貨獲得源だ。最近では今年6~7月、大量破壊兵器関連物資を積んだとみられる北の貨物船がミャンマーへ向かったが、米艦艇の追跡をうけ本国へ引き返した。8月にはアラブ首長国連邦(UAE)が北の武器を積んだイラン向け船舶を拿捕(だほ)している。

 このほか中東やアフリカ、中南米などが北の兵器ビジネスの対象地域といわれる。

 今回の摘発は米国からの情報提供と捜査の要請が端緒とも伝えられる。日米関係がいかに重要かを示している。安保理決議に基づく対北包囲網が機能していることも裏付けられた。

 にもかかわらず、日本が包囲網の外にいる現状を指摘したい。

 現行法では、経由地として日本の空港に立ち寄る航空機の場合、事前に情報がない限り、兵器を発見し押収することは難しい。さらに、密輸には航空機よりも船舶を利用するケースが多い。安保理の対北制裁決議では、北に出入りする船舶の貨物検査を加盟国に求めていた。

 ところが、鳩山政権は先の臨時国会で、検査の根拠となる貨物検査特別措置法成立を見送った。国際責務を果たすための法整備ができていなければ、他国からの情報提供も期待できない。不審船舶を公海上で検査し、最寄りの港に回航して密輸品を押収できる特措法が求められる理由である。

 日本は北の核やミサイルの脅威を直接受ける当事者である。日本の国益に直結する対北包囲網に加われないような現状は、早急に是正されなければならない。

2009年12月11日 (金)

米朝協議 北朝鮮が肯定的評価 『両国見解の差縮めた』

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2009121102000227.html
米朝協議 北朝鮮が肯定的評価 『両国見解の差縮めた』

2009年12月11日 夕刊

 【ソウル=城内康伸】北朝鮮の外務省報道官は十一日、訪朝した米国のボズワース北朝鮮担当特別代表が行った北朝鮮との協議結果について「相互の理解を深めて見解の差を縮め、少なくない共通点を見いだした」と肯定的に評価した。朝鮮中央通信記者の質問に答えた。

 報道官の発言は、ボズワース氏が十日、ソウルで行った記者会見の内容とほぼ合致するもので、追加の米朝協議に期待感を示している。

 報道官は、核問題をめぐる六カ国協議再開の「必要性」と二〇〇五年九月の六カ国協議で合意した朝鮮半島の非核化をうたう共同声明履行の「重要性」について、米朝が「共通認識に達した」と話した。

 さらに「残る見解の差をすべて解消するため、朝米双方は今後も引き続き協力することにした」と述べ、米国との直接対話が再び行われる可能性を示唆した。
◆平和協定締結 北朝鮮が提案 米「6カ国が先」

 【ワシントン=岩田仲弘】米国務省高官は十日、平壌で行われた先の米朝協議で、北朝鮮側がボズワース北朝鮮担当特別代表に対して、朝鮮戦争の休戦協定に代わる平和協定の締結問題を提起したことを明らかにした。

 これに対してボズワース氏は「まず六カ国協議に復帰し、非核化に向けた実証的な段階を踏むことが先決で、そこで初めてわれわれは他の課題に取り組むだろう」などと答えたという。

 同高官は、北朝鮮側が六カ国協議への復帰について「肯定も否定もしなかった」と指摘。さらに「北朝鮮側はボズワース氏に追加協議の提案をしなかった」とも述べた。

 クリントン国務長官は十日の記者会見で、米朝協議について「非常に有益だった」とした上で、「北朝鮮が六カ国協議に復帰するかどうかはまだ明らかではないが、肝心なのは(今回の協議は)予備的な話し合いであり、交渉ではないことだ」と強調した。

オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説全文(7ページ)

このオバマ演説は、人類史の戦争違法化へのながれを無視して、彼の前任者・ブッシュの始めた反テロ報復戦争を継承している「戦時大統領」であることを正当化したいという願望に満ちている。人類はオバマのいうように戦争と共に歴史に登場したのではない。よく知られているように、人類史において戦争の存在した最近の数千年の前に数百万年に及ぶ戦争のない時代が存在した。人類史が再び戦争のない時代を迎えることに何の不思議があるだろうか。
彼はまたキング牧師が目指したものを永遠の理想の神棚に祭り上げ、我々の生きている時代には実現しないことと主張することで、自らの戦争遂行を正当化する。オバマがノーベル賞を受賞する直接の契機となったプラハ演説でも、彼は「核廃絶」を生きている時代に実現することは不可能な課題としていることを見逃すことはできない。オバマは同時代に、戦争を違法化し、戦争を廃絶するための、希望に満ちた無数の萌芽が生まれていることに目を向けることができない。人類の夢が現実になる時代を生きていることを認めることができない。
オバマのオスロ演説は平和の先達たちのことばを演説の各所にちりばめている。しかし、「大統領として、自国民を防衛する権利」は、ブッシュが行った反テロ先制攻撃戦略を合法化しない。周知のようにアフガン、イラク戦争は始まりから間違った違法な戦争であった。これを認めようとしないオスロ演説は欺瞞に満ちていると言わなければならない。反ファッショ戦争の回顧をもってしても、現代の米国の反テロ報復戦争は正当化できないのだ。
彼には人類の理想と、そこに到達する道筋がまったく語れない。この点において「ノーベル平和賞」受賞者失格である。あるいはノーベル平和賞とはその程度のものであるのか。(高田)

http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021.html
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021_01.html
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021_02.html
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021_03.html
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021_04.html
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021_05.html
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021_06.html
オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説全文(1/7ページ)
 国王王妃両陛下、皇太子皇太子妃両殿下、ノルウェーのノーベル委員会のみなさん、米国民のみなさん、そして世界の市民のみなさん。

 この栄誉を、私は深い感謝と非常に謙虚な気持ちで受ける。これは、世界のすべての残酷なことや困難にもかかわらず、我々は単なる運命の囚人ではない、という高い志を示す賞だ。我々の行動には意味があり、歴史を正義の方向へと向けることができる。

 しかし私は、みなさんの寛大な決定が、かなりの論争を生み出したことを認めないわけにはいかない。それはまず、世界の舞台での私の仕事が緒についたばかりで、終わっていないためだ。シュバイツァー氏(医師)やキング氏(牧師)、マーシャル氏(元米国務長官)、マンデラ氏(元南ア大統領)といった、この賞を受けた歴史上の偉人たちに比べて、私が達成したものはきわめて小さい。そして世界には、正義を求めて投獄されたり暴行を受けたりする男女や、人々の苦しみを和らげるために人道組織で苦労しながら働く人々、勇気と思いやりをもった静かなる行動で、最もかたくなな皮肉家の心さえ動かす何百万もの名もなき人々がいる。私は、これらの男女――名が知られた人もいるし、助けている相手にしか知られていない人もいる――が私よりもこの名誉に値すると考える人々に、反論できない。

 しかし恐らく、私の受賞に関する最も深い問題は、私が二つの戦争のただ中にある国の軍最高司令官だという事実だ。これらの戦争の一つは幕を閉じようとしている。もう一つは米国が望んだのではない紛争であり、さらなる攻撃から米国自身、そしてすべての国を守る努力として、ノルウェーを含む他の42カ国が参加している紛争だ。

 我々はなお戦時下にあり、私には、遠い地での戦いに何千人もの米国の若者を送り出している責任がある。その中には、殺すことになる者もいるだろうし、殺されることになる者もいるだろう。だから私は、武力紛争に代償が伴うことを切に感じつつ、ここに来ている。戦争と平和の関係や、戦争を平和に置き換える努力についての難問を抱えて、だ。

 さて、これらの問いは新しいものではない。どんな形であれ、戦争は最初の人類とともに登場した。歴史の始まりにおいては、その道義性は問われなかった。干ばつや疾病のように、単なる事実にすぎなかった。部族、そして後には文明が、お互いに権力を追い求め、不一致を解決するための方法だった。

 やがて、法によって集団内での暴力の制御が模索されるようになり、哲学者や聖職者、政治家らは戦争の破壊的な力を規制しようとした。「正しい戦争」という概念が生まれ、一定の条件が満たされる場合にのみ戦争は正当化されるとされた。つまり、最後の手段または自衛として行われ、武力の使用が(目的に)釣り合うものであり、可能な限り、民間人に暴力が及ばないように行われなければならないというものだ。

 歴史の大部分において、この「正しい戦争」という概念は、めったに守られなかった。互いに殺し合う新しい方法を考えつく人間の能力は、容姿が違いや信仰の異なる人々に慈悲を示さない能力と同様、尽きることがなかった。軍隊同士の戦争は、国家間の戦争に取って代わられた。戦闘員と民間人との区別があいまいになる全面戦争である。30年の間に、そのような大量殺害が2度、この大陸を席巻した。(ドイツ)第三帝国と枢軸国を倒すこと以上に正当な理由は見いだし難いとはいえ、第2次世界大戦は、戦死した民間人の数が、死亡した兵士の数を上回った戦争だった。

そのような破壊と、核兵器の時代の到来で、勝者と敗者双方にとって、さらなる世界大戦を防ぐための機構が必要だということが明らかになった。そして、ウッドロー・ウィルソン元米大統領がこの賞を受賞したアイデアである国際連盟を米上院が拒否してから四半世紀後、米国は平和を維持するための仕組み作りで世界をリードした。マーシャルプランと国際連合、戦争遂行を統制する機構、人権を守り、集団殺害を防ぎ、最も危険な兵器を制限する諸条約だ。

 さまざまな意味で、この努力は成功した。確かに悲惨な戦争が起こり、残虐行為も行われた。しかし、第三次世界大戦は起きていない。歓喜に満ちた群衆によって壁は倒され、冷戦は終結した。商業によって、世界の大部分がつながれた。何十億人が貧困から脱出した。自由、自己決定、平等、そして法の支配といった考えは、たどたどしくも前進した。私たちは、過去の世代の不屈の精神と先見の明の継承者だ。そしてこれは、私自身の国が誇るに値する遺産だ。

 しかし、新しい世紀に入って10年がたち、この古い構造物は新たな脅威の重みに押しつぶされつつある。世界はもはや二つの核超大国の間での戦争のおそれに震えることはないかもしれないが、核の拡散は、大惨事の危険性を増大させうる。長い間、テロリズムは戦術だったが、現代の科学技術によって、不相応に大きな憎悪に駆られた少数の者たちが、恐るべき規模で罪のない人々を殺害できるようになった。

 

さらに、国家間の戦争は急速に国家内の戦争に取って代わられつつある。民族や宗派間の紛争の再びの台頭、分離独立運動や反乱、失敗国家の増加。これらはいずれも終わりなき混乱に民間人をどんどん巻き込んでいる。今日の戦争では、兵士より多数の民間人が殺される。将来の紛争の種がまかれ、経済は荒廃し、市民社会はずたずたに引き裂かれ、難民は増加し、子どもたちが傷ついている。

 今日私は、戦争の問題について明確な解決方法を持ち合わせていない。私が知っているのは、これらの困難に立ち向かうには、何十年も前に勇敢に行動した男女が持っていたのと同じ構想力や勤勉さ、粘り強さが必要だということだ。そして、それは私たちに、正しい戦争の観念と、正しい平和をもたらすという急務について、新しい思考を求めるのだ。

 我々は、厳しい真実を認めることから始めなければならない。我々が生きている間には、暴力を伴う紛争を根絶することはできないという真実だ
。一国による行動であろうと、複数国の共同行動であろうと、武力行使が必要なだけではなく、道義的に正当化されると国家が考える場合が出てくるだろう。

 私はこの発言を、ずいぶん前にマーティン・ルーサー・キング牧師がこの授賞式で語った言葉を胸に行っている。彼は「暴力は決して恒久的な平和をもたらさない。それは社会の問題を何も解決しない。それはただ新たな、より複雑な問題を生み出すだけだ」と言った。キング牧師が生涯をかけた仕事の直接の結果としてここにいる者として、私は非暴力が持つ道義的力の体現者だ。私は、ガンジーとキング牧師の信条と人生には、何ら弱いものはなく、何ら消極的なものはなく、何ら甘い考えのものはないことを知っている。

 しかし、私は、自国を守るために就任した国家元首として、彼らの先例だけに従うわけにはいかない。私はあるがままの世界に立ち向かっている。米国民への脅威に対して、手をこまねいてることはできない。間違ってはいけない。世界に邪悪は存在する。非暴力の運動では、ヒトラーの軍隊をとめることはできなかっただろう。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を置かせることはできない。武力行使がときに必要だと言うことは、冷笑的な態度をとることではない。それは人間の不完全さと、理性の限界という歴史を認めることだ。

多くの国々では、理由はどうであれ、今日軍事行動をめぐって深く相反する感情がある。だから、私はこの点を提起する。時にこれは、唯一の軍事大国である米国への反射的な疑念を伴う。

 しかし、世界は思い出さねばならない。第2次大戦後の世界に安定をもたらしたのは、国際機関だけや、条約や宣言だけではないことを。我々は誤りも犯したかもしれないが、事実として、米国は60年以上に及んで自国民の流した血と軍事力によって、世界の安全保障を保証する助けになってきた。米国の男女の兵士による献身と犠牲が、ドイツから韓国に及ぶ平和と繁栄を促し、バルカンのような場所に民主主義が根を下ろすのを可能にしてきた。我々がこうした負担を背負ってきたのは、我々の意思を押しつけたいからではない。我々がそうしてきたのは、見識ある自己利益のためだ。つまり、我々の子孫のためによりよい未来を求めるからだ。他国の子どもや孫たちが自由と繁栄のうちに暮らせたならば、我々の子孫の暮らしもよりよくなるだろうと信じるからだ。

 そう、だから戦争の手段というのは、平和を保つうえで役割を持っている。しかしこの真実は、また別の真実と共存せねばならない――いかに正当化されようとも、戦争は人類に悲劇をもたらすという真実とである。兵士たちの勇気と犠牲は栄光に満ち、国家、大義、戦友への献身を表す。しかし、戦争それ自体は決して輝かしいものではないし、我々は決してそのように持ち上げてはならない。

 したがって、我々の課題の一つは、これら一見矛盾する二つの真実――戦争は時に必要であり、また戦争はあるレベルにおいて人間の愚かさの発露だという真実――を調和させることだ。具体的にいえば、かつてケネディ大統領が呼びかけた課題に努力を振り向けなければならない。彼は語った。「人間の本性の急激な変化に基づくものでなく、人間のつくる制度の段階的な進化に基づいた、より実際的で、より達成可能な平和を目指そう」と。

 人間の作る制度の段階的進化。この進化とはどんなものだろう? これらに向けた実際的なステップは何か?

 まず最初に、私は強い国も弱い国も同じ様に、すべての国は武力行使を規定する基準を厳守しなければならないと信じる。私は、ほかの国の元首と同様、もし自国を守るために必要ならば一国で行動する権利を留保する。しかしながら、基準を厳守するものは強くなり、厳守しないものは孤立し、弱体化すると確信している。

 世界は9・11後、米国のそばに結集した。そして、米国のアフガニスタンにおける取り組みを引き続き支援している。無分別な攻撃への憎悪や広く認識された自衛原則からだ。同様に世界は、サダム・フセインがクウェートに侵攻した時に彼に対決する必要を認めた。それは、侵略の代償についての明確なメッセージを送る世界の総意でもあった。

 さらに米国は、いや実際どんな国でも、自らが規則に従うことを拒めば、他国に規則に従うように主張できない。規則を守らなければ、我々の行動は恣意的(しいてき)に映り、正当化されうる場合でも、将来の介入の正当性を損なう。

 この点は、軍事行動の目的が、自衛や、侵略を受けた国の防衛の範囲を超える時に、特に重要となる。
我々はみな、政府による自国民の虐殺をどう防止するか、暴力や被害が地域全体を巻き込むような内戦をどう食い止めるかといった難問に直面するケースがますます増えている。

 私は、バルカンや、戦争で傷ついた他の場所でそうであったように、人道的な見地からの武力行使は正当化できると信じる。行動をしないことは我々の良心を引き裂き、後により高くつく介入へとつながりうる。だからすべての責任ある国は、明確な任務を与えられた軍隊が平和を維持するために果たすことができる役割を認める必要がある。

世界の安全保障に対する米国の決意は揺るがない。しかし、脅威が拡散し、やるべきことがより複雑になった世界では、米国だけで平和を確保することはできない。それはアフガニスタンでも同様だ。テロリズムと海賊行為に、飢えや人々の苦境が重なり合ったソマリアのような失敗国家にもあてはまる。悲しいことだが、今後もそれは不安定な地域の現実であり続けるだろう。

 北大西洋条約機構(NATO)の指導者たちと兵士たち、そしてその他の友好国と同盟国は、アフガンで発揮した能力と勇気を通じて、その事実を明らかにした。だが、多くの国で、こうした任務に当たる人々の努力と、一般市民の相反する感情の間に、溝が存在する。戦争がなぜ不人気なのかは分かっている。だが私は同時に、平和が望ましいという信念だけで平和が達成できることはめったにないことを知っている。平和には責任が必要だ。平和は犠牲を伴う。だからこそ、NATOは不可欠なのだ。だからこそ、我々は国連と地域の平和維持活動を強化せねばならないし、その役割を限られた国に任せてはいけない。だからこそ、我々はオスロやローマ、オタワやシドニー、ダッカやキガリへと、国外での平和維持活動や訓練から帰還した者をたたえるのだ。戦争を起こす者としてではなく、平和を請け負う人たちとしてたたえるのだ。

 武力行使について、最後に1点強調させて欲しい。戦争を始めるという難しい決断をする時も、我々は常にどう戦うかについて明確な考えを持たねばならない。ノーベル賞委員会はこの事実を認識し、赤十字の創設者でジュネーブ諸条約(制定)の原動力となったアンリ・デュナンに最初の平和賞を与えたのだ。

 武力が必要なところでは、我々は一定の行動規範を守ることに道徳的で戦略的な利益を見いだす。ルールに従わない悪質な敵と立ち向かう時も、米国は戦争遂行上の(規範を守る)旗手であり続けなければならない。それが我々と戦う相手との違いだ。
それが我々の強さの源泉だ。だから、私は拷問を禁じた。(キューバの)グアンタナモ米軍基地の対テロ戦収容所の閉鎖を命じた。そして、私は米国がジュネーブ諸条約を順守することを再確認したのだ。まさにそうした理想について妥協してしまえば、我々は自分自身を見失ってしまうことになる。そして、それを守るのが困難な時にこそ、我々は理想を守り、敬意を払うのだ。

 戦争の遂行を選ぶ際、我々の頭や心に重くのしかかる問題について、私は時間を割いて話してきた。しかし、そのような悲劇的な選択を避けるための我々の努力に話を移し、正義として持続する平和を築く三つの方法について話したい。

 一つ目は、ルールや法を破る国々に対応する際、暴力ではない形で(その国の)ふるまいを変えさせねばならないということだ。もし持続的な平和を求めるなら、国際社会の言葉は、何らかの意味のあるものでなければならない。ルールを破る政権は責任をとらなければならない。制裁は、真の代償を払わせるものでなければならない。非妥協的な態度にはより強い圧力で対応せねばならない。そして、そのような圧力は、世界が一つにまとまった時にのみ、存在するのだ。

 喫緊の例として、核兵器の拡散を防ぎ、核なき世界を求める努力が挙げられる。前世紀の半ば、各国はある条約に拘束されることに同意した。その内容は明確だ。すべての国は平和的な原子力を利用できる。核兵器を持たない国は所有をあきらめ、核兵器を持つ国は軍縮に向かうということだ。私はこの条約への支持を明言する。それは私の外交政策の中心項目であり、メドベージェフ・ロシア大統領とともに米ロの核保有量を減らそうと努力している。

一方でまた、イランや北朝鮮などの国がこのシステムをごまかさないよう主張することが、すべての国にとって必要だ。国際法を尊重するという国は、法が守られない状況から目を背けてはならない。自国の安全を大切にする国は、中東や東アジアの軍備競争の危険を無視するわけにはいかない。平和を求める国は、核戦争のためにほかの国が武装するのをただ傍観するわけにはいかない。

 同じ原則は、自国民を残虐に扱うことで国際法を犯している者にも当てはまる。(スーダンの)ダルフールでの集団殺害、コンゴ(旧ザイール)での組織的なレイプ、ビルマ(ミャンマー)での抑圧などは、必ず重大な結果が伴うべきだ。もちろん、対話や外交も行われるだろう。だが、そうした営みが失敗したときには重大な帰結を招くべきなのだ。我々が団結を強めればそれだけ、軍事介入と抑圧の共謀者となるという二者択一に直面しなくても済むだろう。

 そこで私は二つ目の点、我々が求める平和の本質について語りたい。なぜなら、平和は単に目に見える紛争がないということではない。すべての個人の持つ尊厳と生来の権利に基づく公正な平和だけが、本当に持続することができるのだ。

 この知見こそが、第2次世界大戦後に世界人権宣言の起草者たちを後押しした。荒廃の中にあって、人権が保護されないのなら平和はうわべだけの約束にすぎないと、彼らは悟ったのだ。

 それなのにあまりにも頻繁に、これらの言葉は無視されている。一部の国では、人権はいわば西洋の原則であって固有の文化や自国の発展段階の中では異質のものである、という間違った主張をもとに人権を維持しない口実にしている。そして米国では、自らを現実主義者と称する人々と、理想主義者と称する人々との間の緊張が長く続いてきた。その緊張が示すのは、狭い国益を追求するべきか、世界中で我々の価値を押しつける終わりのない運動をするべきなのか、という厳しい選択だ。

 私はこうした選択肢を拒絶する。自由に話したり、好きなように礼拝したり、自分たちの指導者を選んだり、恐れず集会を開くといった権利が否定されている場所では、平和は不安定なものになると信じる。抑圧された不満が募り、部族や宗教に根ざしたアイデンティティを抑えれば暴力につながりうる。我々はその逆も真実であることを知っている。欧州は自由になった時、やっと平和が訪れた。米国は民主主義国家に対する戦争は一度もしたことがなく、我々と最も密接に関係がある諸国の政府は、彼らの市民の権利を守る。いかに冷静に定義しようとも、人類の希望を否定することは、米国の利益にも世界の利益にもつながらない。

 米国は、様々な国の独自の文化と伝統を尊重しながらも、普遍的な希望のためにいつでも声をあげる。我々は、静かに威厳を保っている(ミャンマーの)アウン・サン・スー・チーのような改革者の証人となる。暴力にさらされながらも票を投じるジンバブエ人の勇気や、イランの通りを静かに行進した何十万の人々についても証人になる。これら政府の指導者は他のいかなる国家の力よりも、自国民の希望を恐れるということがわかる。そして、希望と歴史に根ざしたこれらの運動に対して、我々が味方であることを明らかにするのは、すべての自由な国民と自由主義諸国の責任だ。

 もう一つ言わせてほしい。人権の促進は、言葉で熱心に説くだけでのことではない。時には、困難な外交と組み合わせなければならない。抑圧的な政権と対話すれば、憤りの純粋さという満足感に欠けることは私も分かっている。しかし、相手に手を差し伸べずに制裁を科すことや、議論を経ないままの非難が、ひどい現状を継続するだけになりうることもわかっている。開かれた扉という選択肢がなければ、どんな抑圧的な体制も新しい道を進むことはできない。

 文化大革命の戦慄(せんりつ)を考えると、ニクソン(元米大統領)が毛沢東(元中国主席)と会ったことは弁解の余地がなかったように見える。だがその会談が、何百万人もの中国国民を貧困状態から引き上げ、中国を開かれた社会とつながる道に乗せる助けになったのは確かだ。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世がポーランドと対話したことは、カトリック教会だけでなく、レフ・ワレサ(元大統領)のような労働指導者にも(活動の)場を作った。ロナルド・レーガン(元米大統領)が軍縮に取り組み、ペレストロイカ(改革)を受け入れたことは、ソ連との関係を改善しただけではなく、東欧全体の反体制派に力を与えた。ここに単純な公式はない。しかし我々は、孤立と関与、圧力と報奨のバランスをとるよう最善の努力をして、時をへて人権と尊厳が前進していくようにしなければならない。

 三つ目に、正義としての平和とは、市民的・政治的権利だけではなく、経済的な安全と機会を含まなければならない。というのも、真の平和とは恐怖からの解放だけでなく、欠乏からの自由でもあるからだ。

 開発は、安全なしには根付かないということは疑いようのない真実だ。生きるのに必要な食糧やきれいな水、医薬品や寝場所が手に入らないところに安全は存在しないのも事実だ。子どもたちがまっとうな教育や、家族を養える仕事を望めないところにも安全は存在しない。希望の欠如は、社会を内側から腐らせうる。

 だからこそ、農民による食糧供給や、国家による子どもの教育、病人への医療を支援することは、ただの慈善事業ではないのだ。同様に、だからこそ、世界が一緒に気候変動に立ち向かわなければならない。もし我々が何もしないなら、この後何十年にもわたって一層の紛争の原因となるような、干ばつや飢饉、大規模な避難民の発生に直面することになるいうことには、科学的にはほとんど争いがない。科学者や運動家たちだけが迅速で力のある行動を求めているのではない。わが国や他国の軍指導者も、これに共通の安全保障がかかっていることを理解している。

 国家間の合意。強い組織。人権への支持。開発への投資。これらすべてが、ケネディ大統領が言及した進化をもたらすのに不可欠な材料だ。とはいえ、さらなる何かがなければ、我々がこの仕事を成し遂げるための意志や持久力を持つとは思わない。それは、我々が倫理的な想像力の広げること。そして、我々みんなが共有し、奪い得ないものがある、ということへのこだわりだ。

 世界がより小さくなるにつれ、人類はいかに似通っているかということが認識しやすくなるだろうと思うかもしれない。我々は基本的に同じものを求めていること、すなわち、自分と家族にとっての幾ばくかの幸福と満足感をもって人生を送る機会をみんなが望んでいることが理解しやすくなると思うかもしれない。

 だが、めまいがするようなペースでグローバル化し、近代という文化的な平準化が進んでいることを考えると、人々が、自らが慈しむ特定のアイデンティティ――自らの人種、部族、そして一番強いであろう宗教――を失うのではないかと恐れることは驚きではない。その恐怖が紛争につながった場所もある。時には、我々は昔に逆戻りしているのでないかとさえ感じることもある。それは、中東では、アラブ人とユダヤ人の間の紛争が激化する中に見られる。部族の境界で引き裂かれている国家にも、そうしたことが見られる。

そして最も危険なことに、イスラム教という偉大な宗教をねじまげ、汚してきた者たち、アフガニスタンから私の国を攻撃した者たちによる罪のない人々の殺害の正当化に、宗教が使われるというやり方にもそれが見られる。この過激主義者たちは、神の名の下に殺人を犯した最初の者たちではない。十字軍の残虐ぶりは十分記録に残っている。だが、それらは、聖戦は正義の戦争にはなり得ないということを思い出させてくれる。というのも、もしも神聖な神の意志を実行していると本当に信じているならば、抑制の必要がないからだ。(神の意志ならば)妊婦や医者、あるいは赤十字社の職員、さらには自分と同じ信仰を持つ人に対しては危害を加えないとする必要もない。そうしたゆがんだ宗教の見方は、平和の概念と相いれないだけではなく、信仰の目的自体とも矛盾すると私は信じる。というのも、すべての主な宗教の中核にある法則は「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」ということであるからだ。

 この愛の法則に従おうとすることは、常に人間にとって本質的な闘いであった。我々は誤りに陥る。間違いを犯し、自尊心、権力、時には邪悪の誘惑に屈する。最も善意を持った人びとも、目の前の悪をただすことができないときはある。

 だが、人間の性質は完全であると考えなくても、人類が置かれる環境を完全にしうると信じることはできる。世界をより良い場所にする理想を追求するために、理想化された世界に住む必要はない。ガンジーやキング牧師のような人々がとった非暴力は、いかなる状況でも現実的で可能なことだとは言えなかったかもしれない。しかし、彼らが説いた愛――人間の進化に関する彼らの根源的な確信、それこそが、常に我々を導く北極星であるべきなのだ。

 なぜなら、もし我々がこの信念を失ったら――それをばかなもの、幼稚なものとして退け、戦争と平和の問題について下す決断とは無縁だとしてしまえば、その時我々は、人類にとって最善のものを失ってしまう。我々は可能性への意識を失う。我々は倫理の羅針盤を失う。

 我々の先人の幾世代もがそうだったように、我々はそんな未来は拒否しなければならない。何年も前に、キング牧師がノーベル平和賞授賞式で語った。「私は歴史のあいまいさに対する最終回答として絶望を受け入れることを拒む。『いまこうあること』が人間の今の状態だから、人間の前に永遠に立ちはだかる『こうあらねばならない』というものに達することは道徳的に不可能だとする考え方は受け入れない」。こうあるべき世界を目指そうではないか。我々の魂をなお揺り動かすあの神の輝きに到達しようではないか。

 今日もどこかで、武器の数で圧倒的に不利な状態にあっても平和を保つため踏みとどまっている兵士がいる。今日もこの世界のどこかで、政府の残忍さを知りながら抗議のデモ行進をする勇気を持つ若い女性がいる。今日もどこかで、貧困に打ちのめされながらも、それでも自分の子どもに教える時間を作り、なけなしの小銭をはたいて学校に行かせる母親がいる。こんな残酷な世界であっても、子どもが夢見る余地は残っていると信じているからだ。

 そんな彼らを見習っていこうではないか。常に抑圧はあることを認めながらも、正義を追求することはできる。手に負えない欠乏があることを認めながらも、尊厳を追求することはできる。曇りなき目で見れば、これからも戦争があるだろうことを理解しつつ、平和を追求することはできる。

 我々にはできる。なぜなら、それこそが人間の進歩の物語であるからだ。それこそが全世界の希望だ。この挑戦の時、それこそが、この地球で我々がやらなければならない仕事なのだ。

 どうもありがとう。

北朝鮮が米との平和協定要求 米朝高官協議

http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009121101000215.html

北朝鮮が米との平和協定要求 米朝高官協議

 【ワシントン共同】米国務省高官は10日、核問題をめぐる6カ国協議への復帰を求めたボズワース特別代表との米朝高官協議で、北朝鮮側が米国との平和協定締結を要求し、同協議復帰については明確な態度を示さなかったことを明らかにした。ボズワース氏は6カ国協議復帰と非核化進展が先決だと強調したという。

 同高官は「ボールは彼らの方にある」と述べ、米政府として当面は北朝鮮の出方を待つ考えを表明。中国や日本と連携し、6カ国協議への復帰表明と追加の米朝協議要求、いずれの場合にも応じられる準備をすると語った。

 クリントン米国務長官は同日「予備的な協議としては非常に建設的だった」と述べる一方、6カ国協議復帰については「まだ様子を見る必要がある」と指摘した。

 クローリー国務次官補(広報担当)は同日の記者会見で、北朝鮮に対する圧力として国連安全保障理事会の追加制裁決議履行を続けると表明。国務省高官は、北朝鮮は最終的に同協議復帰を受け入れざるを得ないとの考えを示した。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2009121100124
北が平和条約提起=クリントン長官は評価-米朝協議

 【ワシントン時事】米国務省高官は10日、北朝鮮が米朝協議で、平和条約問題を提起したことを明らかにした。米政府は、北朝鮮が6カ国協議に復帰するかどうかを見極めることを今回の米朝協議の目的としていたため、平和条約をめぐる詳細な議論は行われなかった。
 北朝鮮はこれまでも、米国との平和条約締結が必要との認識を繰り返し表明してきたことから、同高官は北朝鮮の問題提起を「驚いてはいない」と指摘。北朝鮮に対し「6カ国協議に復帰し、朝鮮半島非核化に向けた実証的措置を取った段階で、その他の問題に対応する」と回答したという。
 また、クローリー国務次官補(広報担当)は記者会見で、北朝鮮が今回の協議で再協議を求めなかったと語り、北朝鮮が6カ国協議にいつ、どのような形で復帰するか、同国からの回答を待つと述べた。
 その上で、早期に6カ国協議に戻って非核化に向けた措置を取るよう北朝鮮に促すため、国連安保理決議に基づく制裁措置を引き続き実施していくと強調した。
 一方、クリントン国務長官は同日、記者団に対し、今回の米朝協議は「予備的なものであり、交渉ではない」との認識を表明。オバマ政権下で初めて開かれた公式会合であり、「予備協議としては、かなり建設的だった」と評価した。(2009/12/11-09:45)

 

2009年12月 9日 (水)

アフガン駐留米軍司令官、新戦略について議会証言

http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200912090002.html
アフガン駐留米軍司令官、新戦略について議会証言
マクリスタル司令官は今後18カ月間が「非常に重要な」時期と指摘した

ワシントン(CNN) アフガニスタン駐留米軍のマクリスタル司令官は8日、オバマ米大統領が先日発表したアフガン新戦略について上院軍事委員会で証言した。同司令官は、国際テロ組織アルカイダ指導者のオサマ・ビンラディン容疑者の発見と、イスラム強硬派タリバーンの攻撃を撃退することが、アフガン軍事行動の成功に必要だと述べた。

同司令官は、アルカイダやその系列のテロ組織の「象徴的人物」になっているビンラディン容疑者を拘束もしくは死亡させたとしても、アルカイダの敗北につながらない可能性はあるとしたうえで、「同容疑者が最終的に拘束されるか死亡するまでに、われわれがアルカイダに最終勝利を収める可能性があるとは思わない」と語った。

同司令官はさらに、米同時多発テロ以前にアフガン国内でアルカイダの活動を容認していたタリバーンの撃退は、アルカイダ壊滅の「必須条件」だとして、「アルカイダの打倒とアフガン帰還の阻止というわれわれの中核目標を実現するため、われわれはタリバーンの能力を弱め、アフガン国民への接触を禁止し、アフガン治安部隊を強化しなければならない」と指摘した。

同司令官はこれに先立ち、アイケンベリー駐アフガニスタン米大使とともに下院軍事委員会でも証言した。同司令官は、今後1年6カ月間は「非常に重要」な時期であるとしたうえで、米軍がアフガン側に勝利を確信させる必要があるとの見解を示した。同司令官はまた、タリバーンが大多数のアフガン国民に支持されておらず、脅しのみで支持を集めている現状は米軍に有利だと指摘した。

同司令官は「任務は達成可能だ。われわれは任務を遂行する能力を備えており、遂行する」と自信を表明。一方のアイケンベリー大使は「成功は保証されていないが可能だ」と比較的慎重な見方を示した。新戦略に盛り込まれた2011年7月からのアフガン撤退開始について、同司令官が「期限だとは考えていない」と述べる一幕もあった。

2009年12月 7日 (月)

日本を長期「暫定常任理事国」に=10~15年、英と提唱-仏外交顧問

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009120600073
日本を長期「暫定常任理事国」に=10~15年、英と提唱-仏外交顧問

 【パリ時事】フランスのジャンダビド・レビット大統領外交顧問は6日までに、パリ市内で時事通信との会見に応じ、国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指す日本など5カ国を最大限10年から15年の長期間、理事国として固定する暫定方式を軸に、安保理改革を進展させるべきだと述べ、英国と連携して「この解決策をできる限り後押ししていく」と表明した。
 同顧問はサルコジ大統領の外交政策を切り回してきた事務レベルのトップ。常任理事国の英仏両国がリーダーシップを発揮すれば、行き詰まったままの安保理改革が進展へ向かう可能性もある。
 暫定常任理事国の候補として同顧問が挙げたのは、日本のほかドイツ、インド、ブラジルとアフリカの1国。レビット顧問は、10~15年の過渡期を設け、この間に理事国ポストを5カ国に与えた上、「最後の段階で国連総会を開いて最終的な解決策を決めればいい」と主張。「恐らくこの暫定的改革こそ、多数の承認を得られる唯一の方法だ」と強調した。
 暫定方式は昨年から国連で検討されてきたが、10~15年という長期案を主要国の高官が明言したのは初めて。ただし日本やインドは、暫定ではなく正式な常任理事国入りを求めている。 
 一方、インドと敵対してきたパキスタンなどは常任理事国追加の選択肢が残る提案には反対の立場。事態の打開にはなお曲折も予想される。(2009/12/07-02:31)

2009年12月 4日 (金)

北朝鮮滞在は3日間=12日に訪日-米代表

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009120400139
北朝鮮滞在は3日間=12日に訪日-米代表

 【ワシントン時事】米国務省は3日、ボズワース北朝鮮政策担当特別代表率いる米政府代表団が8日から10日まで訪朝した後、韓国、中国、日本、ロシアの順に6カ国協議参加国を訪れることを明らかにした。日本には12日に立ち寄る。
 ボズワース特別代表ら代表団は8日、空路で平壌に到着、北朝鮮側と直接協議を行う。その後、10日にソウル、11日に北京、12日に東京、13日にモスクワを訪問して15日に帰国する。
 ボズワース特別代表は今回の訪朝で、北朝鮮に対し、核問題の6カ国協議への復帰と2005年の同協議共同声明の確認を求める。その後の各国訪問では訪朝結果を説明する見通し。 
 代表団にはソン・キム6カ国協議担当特使や国家安全保障会議(NSC)と国防総省の当局者が含まれている。(2009/12/04-08:33)

2009年12月 3日 (木)

アフガン増派、欧州に要請へ=米がNATO外相理で

http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2009120300529
アフガン増派、欧州に要請へ=米がNATO外相理で

 【ブリュッセル時事】北大西洋条約機構(NATO)は3、4の両日、当地で外相理事会を開き、アフガニスタンへの増派問題を中心に協議する。米国は、オバマ大統領が先に発表した3万人の増派方針を踏まえ、欧州諸国にも増派に向けた努力強化を要請するとみられる。
 米国は他のNATO諸国に対し、7000人程度の増派を求めているとされる。NATOのラスムセン事務総長も2日、米以外の加盟国の増派規模は最低5000人、おそらくはこれに数千人上積みした水準になるとの予想を示した。
 しかし、カナダは2011年に約2800人、オランダも10年に約2100人の部隊全体を引き揚げる計画。さらに、ラスムセン事務総長の予想には、今夏に行われたアフガン大統領選に向け治安維持のために派遣された部隊約1500人が算入されているとみられ、これを差し引くと新規の派兵規模は米国の希望をかなり下回ることになる。(2009/12/03-15:14)

2009年12月 2日 (水)

米、11年アフガン撤退開始めざす 大統領が新戦略発表

http://www.asahi.com/international/update/1202/TKY200912020136.html
米、11年アフガン撤退開始めざす 大統領が新戦略発表

2009年12月2日10時43分

1日、米ニューヨーク州ウエストポイントの陸軍士官学校でアフガニスタン新戦略について演説するオバマ米大統領=ロイター

 【ワシントン=望月洋嗣】オバマ米大統領は1日夜(日本時間2日午前)、アフガニスタンでの戦争に関する包括的な新戦略を発表し、来夏までに駐留米軍を3万人追加派兵し、9年目に入ったアフガン戦争からの「出口戦略」として2011年夏から米軍撤退を開始、治安権限を段階的にアフガン政府に移譲する方針を明らかにした。

 米大統領がアフガンからの撤退時期に言及するのは初めて。オバマ政権は今年、約2万1千人のアフガン駐留米軍増派を進めたが、治安は回復の兆しが見えず、9月から新たな戦略の検討を続けてきた。ただ、これで来夏には駐留米軍は約10万人に達し、イラクに派兵している約12万人と合わせて膨れ上がる戦費などが米国で議論を呼ぶのは必至だ。

 オバマ氏は、米ニューヨーク州ウエストポイントの陸軍士官学校で士官候補生らを前に演説し、国際テロ組織アルカイダ掃討を目指して始まったアフガン戦争の重要性を改めて強調。短期間での兵力増強で治安回復を図る狙いから、派兵を来年前半に「可能な限り速いペース」で進める」と述べた。

 駐留米軍の増員によってアフガン治安部隊を訓練する能力も高まり、「米軍がアフガンの人々に治安維持の責任を移譲する条件が整う」との見通しも示した。増派に伴うアフガンでの戦費は年間300億ドル(約2兆6千億円)に達するとした。

 また、国際治安支援部隊(ISAF)に計4万人を派兵する北大西洋条約機構(NATO)などの43カ国に、アフガンへの追加派兵を要請。米政府高官によると、NATOは3日から閣僚級会議を開き、追加派兵の方針を表明する見通し。

 オバマ氏は一方で、11年7月から米軍の撤退を開始することを言明。ただ、完了時期は明確にしなかった。

 軍事面以外の新戦略の柱として、農業を中心とする民生支援の強化や、隣国パキスタンとの連携も挙げた。

     ◇

■オバマ米大統領のアフガン戦略演説(骨子)

・アフガンへの権限移譲の条件づくりのための軍事的取り組みとして、10年の前半になるべく早く3万人を追加派兵。NATO諸国などの同盟国にも貢献を求める。米軍は11年7月から撤退を開始。

・民生分野の活動の活性化のため国連と協力し、カルザイ政権の汚職追放の取り組みを支援。

・パキスタンと全面協力し、テロの温床となる過激主義の根絶に取り組む。

米 アフガン戦略で3万人増派

http://www3.nhk.or.jp/news/t10014145971000.html#
米 アフガン戦略で3万人増派

アメリカのオバマ大統領は、新たなアフガニスタン戦略を発表し、来年夏までにアメリカ軍の兵士3万人を増派して反政府武装勢力タリバンの勢いをそぎ、再来年の夏にはアフガニスタンから撤退を始める方針を示しました。

オバマ大統領は日本時間の2日午前10時からニューヨーク州にある陸軍士官学校で全米に向けたテレビ演説を行いました。この中でオバマ大統領は「最高司令官として、アフガニスタンに3万人の兵力を増派することが、きわめて国益にかなうと判断した」と述べ、来年の夏までに3万人の兵力を増派する方針を示しました。その理由について、オバマ大統領は「アフガニスタンの状況はこの数年で悪化し、タリバンは勢力を盛り返している」と述べるとともに、パキスタンとの国境地帯は国際テロ組織アルカイダの拠点になっているとして、タリバンの勢いをそぎ、アルカイダの活動を封じ込める必要があると強調しました。3万人の増派によって、アフガニスタンに展開するアメリカ軍兵力は、政権発足時のおよそ3倍に当たる10万人規模にまで膨らむことになります。その一方で、オバマ大統領は、アフガニタンでの軍事作戦にかかる費用は、ことし1年でおよそ300億ドル、日本円で2兆6000億円かかることを明らかにしました。そして、厳しい経済状況のなか、戦争にかかるコストは無視できないとして、再来年の7月にはアフガニスタンから兵力の撤退を始める方針を示しました。アメリカ国内では、戦闘の長期化や増え続ける兵士の犠牲によって、えん戦気分が広がっていますが、オバマ大統領は、8年前の同時多発テロのような事件を繰り返さないためにも、アフガニスタンでの戦闘を成功裏に終わらせる必要があるとして国民に理解を求めました。平野官房長官は午前の記者会見で、「日本としても、すでに最大で50億ドル規模の支援を表明し、アメリカや関係諸国と、しっかり連携してアフガニスタンの安定、発展に積極的に協力したいと言っており、オバマ大統領の新戦略の発表を歓迎している」と述べました。また、平野官房長官は、記者団が「新戦略の発表を受けて、日本として、追加の支援策を検討することはあるか」と質問したのに対し、「追加で行うことはない。日本としては、すでに打ち出している、民生支援を含めた具体的な支援策が、アフガニスタンの復興支援やテロ撲滅にはいちばんいい方法だと考えており、実行していく」と述べました。

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