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社説/国民投票法施行 欠陥法は見直すしかない(5月18日)
日本国憲法の改正手続きを定めた国民投票法がきょう施行される。
改憲が政治日程に上る状況にはなく、施行は形だけとも言える。
だが法律的には憲法改正原案の発議が可能になる。施行63年を経た憲法の重要な節目である。
国民投票法には問題が多い。
「任期中の改憲」を掲げた安倍晋三政権は、2007年5月に野党の反対を押し切り同法を成立させた。だが同氏の退陣と、昨年の政権交代で政治状況は劇的に変化した。
世論も改憲を不要とする声が増えている。この法律は根本的な見直しが必要だ。大切なのは改憲よりも雇用や福祉、年金など国政の課題を解決するために、憲法の精神を日本社会に根付かせることだ。
*宿題残し見切り発車
成立から3年がたった国民投票法は施行までに予定した関連法などの整備がまったく進んでいない。
まず「18歳投票権」だ。
前提となる成人年齢や選挙権を現行20歳から18歳に引き下げる見通しは立っていない。関連の民法や公職選挙法の改正論議がなんら行われておらず、差し当たり20歳以上を適用することになる。
成人年齢などの引き下げは社会的影響も大きく賛否が分かれている。本則に明記しながら、政治が方向を示せないのは無責任だ。
最低投票率についての規定がないことはさらに問題だ。投票権者のわずかな賛成によって憲法改正が行われる可能性がある。
国民投票は、有効投票数の過半数で憲法改正が承認される。
仮に投票率が40%なら投票権者の20%程度でも改憲が実現する。国の基本法の憲法を変えるにはハードルが低すぎないか。
参院の審議では低投票率での憲法改正の正当性が焦点となり、付帯決議で「施行までに検討を加える」とされた。にもかかわらずその後の論議はないままだ。
日本弁護士連合会は最低投票率制の導入を提言している。過半数の算定に無効票を含め、投票ボイコットも意思表示とみなすかも論点だ。
いずれも民主主義の基本設計にかかわる。国民の意思を十分反映できる制度でなければならない。
成立時に参院特別委が行った18項目もの付帯決議には、最低投票率の導入の是非をはじめ、公務員・教育者に対する国民投票運動の規制のあり方、有料意見広告の公平性の確保などが検討課題とされた。
どれも手付かずで、これでは欠陥法を世に送り出すことになる。
*政治は責任を免れぬ
こうした問題点について政治の怠慢、とりわけ民主、自民両党の責任を挙げなければならない。
民主党は「見直し・凍結」の意見が一部にありながら、党内論議を深めてこなかった。
米軍普天間飛行場の移転や、鳩山由紀夫首相らの政治資金の問題にエネルギーをとられた面は否めない。だが根底には憲法を党の政策に生かそうとする姿勢の弱さがある。
海外への武器輸出を禁じた「武器輸出三原則」の緩和に言及した北沢俊美防衛相の発言は、平和憲法の精神に真っ向から反している。しかし党内から疑問や批判の声はほとんど上がらなかった。
民主党には鳩山氏をはじめ改憲論者が多い。国民投票法の成立時には野党として反対したが、法案づくりでは自民党と共同歩調をとった。
しかし政権に就いた以上、法の運用に責任を負う。内閣と党で扱いを真剣に検討すべきだ。
一方、安倍政権の下で採決を強行した自民、公明両党は野党に転落した。だが自民党は独自の改憲案を国会に提出する構えも見せている。
夏の参院選に向け改憲論議を仕掛け民主党を揺さぶる狙いだろう。
憲法は駆け引きの道具ではない。党利党略に走った採決を反省し、問題を認める謙虚さが必要だ。
*憲法の理念を政策に
自民党などには憲法改正原案を審議する憲法審査会の態勢を整えるべきだとの主張がある。
憲法審査会は国民投票法成立を受け衆参両院に設置された。しかし、与野党の対立で衆院では委員数などを定めた審査会規程ができたものの委員は選任されず、参院では規程すらできていない。
憲法審査会が頓挫したのは当時の安倍政権が参院選の争点にしようと焦り、強行採決した付けだ。拙速に審査会を動かす理由はない。
そうした成立の経緯や問題点の多さを考えれば、この「欠陥国民投票法」は本来廃止すべきものだ。
ただちにそれが困難だとしても、投票法の必要性を含めて内容を一から洗い直し、凍結や是正に取り組むことだ。そのために新たに与野党協議の場を設けるべきだろう。
参院選は各党の投票法への姿勢を問う絶好の機会になる。
いま政治に求めたいのは、平和と人権をうたう憲法の理念を政策に生かし、日本社会を変革することだ。それこそが急がれる。