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2013年5月15日 (水)

東京新聞【社説】復帰の日に考える 井上ひさしさんと沖縄

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013051502000137.html

東京新聞【社説】復帰の日に考える 井上ひさしさんと沖縄

2013年5月15日

 劇作家の故井上ひさしさんが亡くなる間際まで書こうと執念を燃やした芝居があります。「木の上の軍隊」。沖縄戦の激戦地、伊江島がその舞台です。

 二〇一〇年四月、七十五歳で亡くなった井上さんは日本を代表する劇作家の一人です。直木賞を受賞した「手鎖心中」や「吉里吉里人」を書いた小説家、NHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の脚本家でもあります。

 鋭い社会風刺と、何といっても人間味あふれるユーモアが、亡くなって三年がたつ今も、多くの人々の心をとらえて離れません。
◆戦禍の重さに苦悩

 木の上の軍隊は、〇九年秋に肺がんと診断された井上さんが、病床で最後の力を振り絞って書こうとした芝居でした。

 入院後、一度は井上さん自身の脚本で上演が発表され、延期された「未完の遺作」でもあります。

 太平洋戦争末期の一九四五年四月、米軍は伊江島にすさまじい砲撃を加えた後に上陸。日本軍はほぼ全滅し、多くの住民も犠牲になります。生き延びた本土出身の上官と沖縄出身の新兵が、ガジュマルという木の上に身を隠して約二年間暮らす、という物語です。

 実はこの筋書き、井上さんの創作ではなく、実際にあった話に基づいています。ある雑誌に掲載された新兵の証言を目にしたことが、着想のきっかけでした。これを基に、井上さんは九〇年と二〇一〇年の二回、上演を試みます。

 「沖縄戦はあまりにも重く、井上芝居の真骨頂であるユーモアが入り込む余地がない。地元でもユーモアのある話としてみんなが知っているこの題材を見つけて『これなら書ける』と思って飛び付いたのではないでしょうか」

 井上さんの劇団「こまつ座」を受け継いだ三女の麻矢さんは、こう振り返ります。
◆「言葉奪う」と怒り

 井上さんはずいぶん前から、沖縄戦に限らず、沖縄のことを書きたいと思っていたようです。

 沖縄には、かつて琉球国という日本とは別の国家だった歴史があります。日本国とされたのは、江戸時代の島津侵攻や明治時代の琉球処分によってです。

 日本への同化は、本土による支配のみならず、沖縄の人から沖縄の言葉を奪うことも意味します。学校では沖縄方言を使った生徒に罰則として「方言札」を持たせたり、首に掛けさせたりして標準語の使用が強制されました。戦時中は方言を使えばスパイ扱いです。

 表現者として言葉を大事にした井上さんです。「沖縄の言葉を奪うことは、沖縄の文化を奪うことだ」という怒りが沖縄を描こうとした原動力になったのでしょう。

 井上さんは沖縄に関する資料を集め、二〇〇〇年には沖縄を訪ねてもいます。よりよいものを書くために「遅筆堂」の異名をとる井上さんです。「木の上の軍隊」は結局、未完に終わりました。

 がんが見つかり、次に書くのは沖縄のことだ、と心に決めながらも、病の進む速さが、筆を追い越してしまったのです。

 残されたのは大量の資料と一枚のメモでした。麻矢さんはこう話します。「書かなかったことが父の最大のメッセージだと思う。そのこと自体が、沖縄の傷や、問題の深さを物語っているからです」

 それでも麻矢さんは動きだします。井上ファンから上演を望む声が相次いで寄せられたからです。

 井上さんの思いをどう表現するのか。井上芝居の多くを手掛け、沖縄で演劇指導の経験もある栗山民也さんに演出を、若手劇作家、蓬莱竜太さんに脚本を委ねます。完成まで二年を要しました。

 緊張感が徐々に薄れ、米兵の残飯で太り、目の前に広がる米軍基地をただ眺めるだけの上官と、上官の変節に疑問を抱きながらも、信じるしかないと、もがく新兵。

 上官は本土の、新兵は沖縄の人間の象徴です。経済的な繁栄を享受し、沖縄が負う米軍基地の重圧に無関心な本土と、いつかは土地を取り戻してくれると信じ続けざるを得ない沖縄との「ぐちゃぐちゃな」関係が描き出されます。
◆県民の痛みを思い

 きょうは一九七二年に沖縄の施政権が米国から返還されて四十一周年の記念日ですが、沖縄にはなお在日米軍基地の74%が集中しています。芝居の舞台となった伊江島では、米海兵隊の飛行場が今も島の面積の三割以上を占め、オスプレイの訓練も行われています。

 基本的人権の尊重をうたう日本国憲法よりも、米軍人らの特権的地位を優先する日米地位協定が幅を利かせるのが沖縄の現実です。

 同じ日本に生きる者として、沖縄県民の痛みに何をすべきか。それを深く考えることが、沖縄をめぐる井上さんの問題意識に応えることになる、と思うのです。

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