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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2013年5月15日 (水)

沖縄2紙5・15社説

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-206580-storytopic-11.html
社説 RSSicon本土復帰41年 自己決定権の尊重を 揺るがぬ普天間閉鎖の民意2013年5月15日
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 1952年4月28日に発効したサンフランシスコ講和条約に基づき米国施政権下に置かれた沖縄が日本に復帰して、きょうで41年を迎えた。「復帰してよかった」と心から喜べない。残念だが、そんな思いの県民が少なくないだろう。
 県知事をはじめ県議会、県内41市町村長と議会の全てが反対を表明した米軍普天間飛行場の県内移設計画が進み、垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの普天間飛行場への配備が強行されたからだ。
 日米両政府は沖縄を安全保障政策の踏み台ととらえる惰性から脱却し、普天間の閉鎖・撤去へ踏み出すべきだ。沖縄の民意、自己決定権を尊重するよう強く求めたい。

基地依存は誤解

 今年の復帰の節目は、いつになく重苦しい。県民が「屈辱の日」として語り継いで来た4月28日に、政府が「主権回復の日」式典を開催し、祝ったからだ。
 国土面積の0・6%の沖縄県に在日米軍専用施設の74%が集中する。米軍、米兵の特権的地位を保障した不平等な日米地位協定の存在なども相まって「主権回復」と呼べる状況ではない。
 沖縄の現状に対する誤解を指摘したい。一つは沖縄県が基地経済に依存しており、基地がなくなれば困るのではないかとの考えだ。
 基地関係収入が県民総所得に占める割合は2009年で5・2%だ。復帰時の15・5%と比較すれば、比率は格段に下がっている。
 基地依存どころか、基地返還跡地の方が活況を呈している。那覇新都心の生産誘発額は返還前の16倍に上る。北谷町の美浜・ハンビーは215倍だ。県も沖縄21世紀ビジョンで米軍基地を「沖縄振興を進める上で大きな障害」だと言い切る。基地返還の方が経済効果が大きいことはもはや自明だ。
 沖縄県が基地駐留故に国の補助金を一番多くもらっているとの認識も誤解だ。明治大の池宮城秀正教授の分析によると、人口1人当たりの国からの依存財源は沖縄は31・5万円で全国18位だ。財政力指数の類似県と比較しても国依存の度合いは低い。
 国の沖縄振興策は実を結んだとは言い難い。復帰後、沖縄の振興予算は10兆円超に上る。社会資本は整備されたが、全国最低の県民所得や完全失業率など改善はみられない。
 「経済特区」制度を創設したが情報通信特区と特別自由貿易地域は優遇措置の適用企業は現在もゼロのままだ。金融特区も税制優遇を受ける認定事業者1社も2010年に撤退した。沖縄振興策は失策続きと言われても仕方ない。

民主国家の振る舞い

 11年度の国発注県内公共工事は県内企業の受注額が全体の57・5%だ。42・5%は県外企業もしくは県内外の共同企業体で占められる。4割近くの事業費が県外に流出している「ザル経済」の現状は、あたかも宗主国に利益が還流する植民地の経済構造のようだ。
 基地、振興策で多くの矛盾を抱える状況にいら立ち日米の対沖縄政策を「植民地政策だ」と批判する声が増えている。本紙にもこうした投書が多く寄せられている。
 「植民地政策」の不当性を追及し、沖縄の自己決定権を取り戻そうという機運が高まり、15日には若手研究者らによる「琉球民族独立総合研究学会」が発足する。
 必ずしも「独立」が県民の多数意見ではない。が、人間としての尊厳を傷つけるこの国の有り様を嘆き、悲しむ中で「日本に復帰すべきだったのか」「自己決定権を取り戻すには独立しかないのでは」といった意見を各地のシンポジウムなどでも耳にすることが多くなった。県民は憤っている。深く悩み、悲しんでいる。日本にとって、沖縄とは何なのだろうか。
 強権的な政治で人権を蹂躙(じゅうりん)されている沖縄からは、この国の民主主義の機能不全ぶりがよく見える。安倍晋三首相はじめ全ての閣僚、官僚は、胸に手を当てて考えてほしい。民主国家にふさわしい振る舞いをしているのか、と。

http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-05-15_49249

社説[復帰41年]愚直に道理を訴えよう

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2013年5月15日 09時47分
(4時間28分前に更新)

 復帰後、社会資本の整備と生活水準の向上、都市化、ヤマト化などによって沖縄の外見はすっかり変わった。行政の常とう句だった「格差是正」という言葉は過去のものとなり、青少年を悩ました「本土コンプレックス」も完全に死語になった。

 復帰後の経済社会の発展が著しいだけに、余計目立つのは、変わらない部分の存在である。復帰の際に解決すべきだった重要な課題が、未解決のまま残り、それが足かせになって今も沖縄を深くしばっている。基地問題である。

 復帰満41年を迎えた沖縄の最大の課題を一つだけ挙げよと言われれば、ためらうことなく基地問題を挙げたい。

 沖縄の基地問題は、米国でも「日本の恥部」として認識されつつある。米議会調査局は、1日付でまとめた日米関係の報告書の中で、「日本が米国による安全保障の利益を得ている間、沖縄人は不相応な重荷に耐えている」と指摘した。米国の有力紙ニューヨーク・タイムズも「日米両政府は沖縄の懸念に敏感になるべきだ」(4月6日)と、警鐘を鳴らし続けている。

 地元沖縄の反対と国防予算の削減などが影響し、米国での議論の流れが変わりつつあるのだ。米国のシンクタンクの研究員からは辺野古移設に代わる選択肢が具体的に提示されている。

 沖縄に「永遠に」過重負担を負わし続けようとする現行案は、公正と正義に反し、日米関係の複雑化、不安定化を招くだけである。

 これまでと異なるアプローチを具体的に始める時だ。

    ■    ■

 返還交渉の際、米国は核兵器の撤去を交渉カードとして最大限に利用しつつ、「基地の自由使用」という大きな果実を得た。復帰の際に処理すべきであった未解決の問題とは、この「基地の自由使用」や「基地に対する排他的管理権」のことをさす。

 政府は復帰の際、本土並みに地位協定を適用すると宣伝したが、地位協定はそもそも米軍の行動をしばる足かせになっていない。逆である。

 サンフランシスコ講和条約と旧日米安保条約、日米行政協定は、日本を米国主導の安全保障体制に組み込むための「3点セット」だった。

 1960年に安保は改定されたが、日本政府は米軍の作戦展開や基地運用に対して、ものがいえなくなった。米軍関連特別法や地位協定、関連取り決めなどによって「基地の自由使用」が事実上、保障されているからだ。事前協議制に基づく事前協議をこれまで一度も実施したことがないのは、その表れである。

    ■    ■

 沖縄の中だけで「負担軽減」と「抑止力の維持・向上」を実現しようとするのは、そもそも大きな矛盾である。どだい無理な話だった。

 沖縄では負担軽減を確実に進める。抑止力維持に関しては日本本土、ハワイ、グアム、米本国の全領域を対象に、事前集積船の配備など、さまざまな選択肢を検討し直す。それが解決への近道である。

 普天間の県外移設を実現した場合でも、多くの基地と基地負担が沖縄に残ることを忘れてはならない。

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