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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2012年10月 5日 (金)

デモ 拳は振り上げない 沖縄の痛み伝え方模索

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012100502000133.html

デモ 拳は振り上げない 沖縄の痛み伝え方模索

2012年10月5日 朝刊

ちゃぶ台を持ち出し仲間とともに静かな抗議をするnaccaさん(手前)=東京・永田町で
写真

 沖縄県民の反対を無視し、米軍の新型輸送機オスプレイが普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を拠点に飛行訓練を始めた四日。ミュージシャンのnacca(ナッカ)さん(23)=東京都調布市=は夜、抗議のため仲間と首相官邸前に立った。本土に伝わらぬ沖縄の怒り。拳を振り上げるだけでない、痛みを伝えるかたちを模索する。 (小川慎一)

 午後六時すぎ、官邸前。「オスプレイ反対」と大声で叫ぶ人々の傍らに、naccaさんたちはちゃぶ台を置いた。鍵盤ハーモニカやギターを演奏し、インターネット上で生中継。「過激なことをやっているわけではない」と知ってもらい、抗議活動により多くの人に参加してもらおうという試みだ。

 東京生まれのnaccaさんが沖縄に関心を持ち始めたのは高校生の時。沖縄戦で従軍看護にあたったひめゆり学徒隊のドキュメンタリー映画を見てからだ。大学時代には沖縄文学を学んだ。初めて訪れた沖縄で普天間飛行場を眺めた時、「沖縄戦の問題は終わってない」と実感した。

 沖縄本島北部の東村高江で、ヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)の建設が進んでいた二〇〇九年六月。工事中止を訴える「ゆんたく高江」の都内イベントに参加した。ゆんたくは沖縄の方言で「おしゃべりをする」。その時は高江がどこにあるかも知らなかった。

 「ゆんたく高江」に加わり、現地を訪れると、そこは「やんばる」と呼ばれる豊かな森だった。高江地区は百六十人ほどの小さな集落。自然にひかれて移住した人も多い。「せっかく自然豊かなところで暮らそうと思ったのに」と話す人々に共感した。

 「この森が壊されるのは本当に悲しいと思った」と何度も訪れた。建設現場で座り込みをするなど、厳しい抵抗運動を続ける人たちは、一方で、酒を飲んだり、音楽を演奏したり、踊ったりして、人生を楽しむ一面も持っていた。

 東京では、音楽ライブの中で高江の現状を報告するイベントを定期的に開いている。デモにも参加するが、「沖縄に基地はいらない」と、大声を上げることにはためらいがある。拳は振り上げず、戸惑いながら歩く。

 「怒りだけの言葉だと、聞いている方も苦しくなる。楽しみながら政治的な発言をしてもいいですよね。楽しくないと、無理なく続けられないから」。運動を苦しいものだけにしない。高江の人たちと共有した経験がその気持ちの底にある。

 この日の参加者は主催者発表で四百人。原発再稼働の抗議活動が盛り上がりを見せていた時の何万人に比べれば、小さな集まりだ。

 「原発も事故が起きるまで多くの人はその危険性に気付かなかった。オスプレイも東京で私たちの頭の上を飛ばないと、その下で暮らす恐怖に気付かないんじゃないか」。迷いながら、手探りの活動を続ける。五、八日にも都内でイベントを開く。このまま工事が進めば、オスプレイが飛来することになるだろう高江のことを、話す予定だ。

     ◇

 社会を変えようと、声を上げる人々の姿を、この秋も追い続けます。

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