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2011年12月29日 (木)

記者の目:福島原発事故検証委が中間報告=奥山智己

http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20111229k0000m070097000c.html
記者の目:福島原発事故検証委が中間報告=奥山智己
 ◇問われる東電・政府の実行力

 東京電力福島第1原発事故の原因を調査してきた政府の事故調査・検証委員会が26日、中間報告書を公表した。450人以上の聴取に基づき、事故の再現を試みた労作だ。だが、報告書が突きつけた課題の数々を、東電や政府が真摯(しんし)に受け止め、解決できるかに私は強い疑問を持っている。
 ◇事実を積み重ねて「被害拡大は人災」

 検証委が6月に発足した当初、私は懐疑的だった。「対象者の協力が前提」という強制力のない調査には限界があると思っていたからだ。ところが、公表された中間報告書は目を見張る内容だった。委員で元名古屋高検検事長の高野利雄弁護士は26日の記者会見で「調査は任意捜査に近かったが、ある程度真相に近づけた」と振り返った。報告書は、発電所幹部や東電本店が事態を正確に把握できていれば、炉心溶融までの時間を遅らせ、放射性物質の放出を抑えられた可能性に触れた。被害拡大は「人災」だったと私は理解した。

 東電の対応については、炉心溶融を防ぐための冷却装置の操作に問題があったと指摘した。1号機の冷却装置「非常用復水器」(IC)をめぐる記述では、吉田昌郎所長(当時)や本店が「ICは動いている」と誤解したため、別の手段による原子炉注水が遅れたこと、誤解に気づく機会が何度もあったが生かせなかったことなど、細かい事実を積み上げて検証した。3号機の冷却装置の操作についても、同様の手法で不手際をあぶり出した。

 まず重要なのは、数々の問題を指摘された東電の姿勢だ。

 東電は検証委に先立ち、社内で独自に進めた調査の中間報告書を今月2日に公表した。だがその内容は「事故は想定外の津波が原因」と従来の説明を踏襲。自らの責任に言及していない。山崎雅男副社長は、機能しなかった安全対策を「国に確認しながら一体となって構築してきた」と述べた。「想定外の津波だったが、対応できなかったのは国の対策に限界があったからだ」との言い訳に聞こえる。

 さらに驚いたのは、社内調査を検証した第三者委員会が「東電は安全神話から抜け出せなかった」と指摘したのに、「私どもはこの点について(意見が)違っており、できる限りの安全対策について社内で論議している」(山崎副社長)と反論したことだった。第三者の指摘を受け入れない調査は、我田引水の自己主張でしかない。謙虚さのかけらもなく、東電こそ正しいと言い募る姿に失望した。

 今回の中間報告書に対しても、東電は部分的に反論している。だが、少なくとも指摘された問題点に耳を傾け、自らの報告書を見直してほしい。検証委は今後、事故に関わった閣僚らへの調査を進め、来夏までに最終報告書を出す。もし東電が自らの正当性を主張し続けるなら、検証委は来夏の最終報告書で、東電に原発を運転する「資格」があるのかを問うべきだ。九州電力玄海原発の運転再開をめぐり、九電幹部が再開支持のメールを子会社社員に投稿させるなど一連の「やらせメール」問題を見ても、この資格不足の問題は電力会社全体に通じるのではないかとも疑いたくなる。

 中間報告書は、東電が安全対策を作る過程で津波の脅威を甘くみたため事故が深刻化した経緯なども調査・検証した。

 この中で報告書は、「(東電の)自主保安には限界がある」と、規制官庁の介入必要性に踏み込む一方、首相官邸内の連携不足など政府側の機能不全にも触れ、指導力を発揮すべき経済産業省原子力安全・保安院は一貫して受け身で役立たずだったと断じた。人災の責任は東電だけでなく、「自主保安」を大義名分として東電に安全対策を任せきりにした保安院にもある。
 ◇提言の実践こそ再生への第一歩

 その保安院は解体され、来年4月に「原子力安全庁」(仮称)として発足。検証委が今回の事故を踏まえて列挙した「優秀な職員の確保と専門能力の向上の必要性」など五つの使命を担う。だが、保安院などに助言を行う内閣府原子力安全委員会のある職員は「安全庁ができても、職員は他省庁からの寄せ集めだから、結局は何も変わらない」と語る。原子力安全委自体、事務局は保安院、文部科学省、国土交通省などの寄り合い所帯だ。その言葉には説得力がある。

 東電にせよ政府にせよ、検証委に指摘されたのは、初動のまずさや「事なかれ主義」の風土、国民への説明責任の欠如といった組織の問題で、いずれも根が深い。だが、その原因が人災ならば改善の余地があり、中間報告書が指摘した問題点を洗い出し、提言を実践してこそ、生まれ変わる第一歩になる。検証委は今後、彼らがその提言を守ったかどうかも検証すべきだ。たとえ法的拘束力はなくとも、勧告や命令といった強い態度で臨むことも一つの方法だ。

 「事故原因の調査といっても過ぎたことだから。私たちは古里を追い出されて、明日あさっての生活をどうするかなの。せめて報告書は光が見えるようなものになればね」

 検証委の調査内容を同僚と一緒に追いかけていた今月初め、第1原発のある福島県双葉町から郡山市に避難している女性(52)の言葉にはっとした。それまでは「地震の揺れが原子炉の機器に損傷を与えたのではないか」「なぜ水素爆発が起きたのか」など、原発本体に目が向きがちだった。しかし、女性の思いを聞いて自分の視野の狭さを恥じた。「なぜ事故が起きたのか」という問いだけでなく「なぜ人々が古里から追い出されるまで深刻化したのか」まで答えてこそ、真の原因究明だ。

 「同じような目に遭うのは私たちだけで十分」。彼女の言葉は、重い。

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