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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2011年9月10日 (土)

細川護煕元首相 国民福祉税の轍踏むな

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20110910090.html
細川護煕元首相 国民福祉税の轍踏むな
2011年9月10日(土)08:00

(産経新聞)

 【単刀直言】

 今は絵を描いていることが多い。書も書くしいろいろやってますよ。政治にはあまり関わりたくないと思い、最近まで新聞も取っていなかった。一応テレビは買いましたが最近のことです。

 でも野田佳彦首相は一緒にやってきた仲間ですから首相になって率直にうれしいですね。日本新党旗揚げの頃から「この人は将来伸びる」と思っていました。日本は崖っぷちにあるわけですから野田さんは日本の最後の砦(とりで)です。「経国」という言葉を贈りたい。首相たるもの経国の志を持たなきゃいかん。日本新党のことなどは抜きにして応援したいと思っていますよ。

 ◆首相と小沢さん仲介

 野田さんにも言ったんですが、小沢一郎元代表は100人以上のグループを持っているのだからそこに気を使わないで政治なんて動きっこない。ちゃんと挨拶した方がよいということで8月下旬に野田さんと小沢さんを引き合わせました。

 小沢さんは「増税の話は選挙になると増税か非増税かということで仕分けされちゃう。それは非常にやりにくい」という趣旨の話でした。野田さんは「すぐ増税という話じゃない。今の財政を考えたら何とかしなければならないということはみんな分かっていることじゃないでしょうか。どういう段取りでやっていくかはもちろん慎重に考えたい」と話していましたね。

 これからも小沢さんには言いたいことを素直に言うことです。私が首相の時もコメ開放や武村正義官房長官の扱いについて小沢さんと必ずしも同じ意見ではありませんでしたが、小沢さんも最後は私の考えを理解してくれました。

 小沢さんの党員資格停止処分の問題もありますが、すぐに解除したら批判も出る。小沢さんもそこはよく分かっていると思います。輿石東幹事長がうまくやるのではないでしょうか。

 ◆最大の失敗は脱官僚

 民主党政権の一番まずいところは霞が関を遠ざけちゃったこと。それで政権運営能力は地に落ちました。経済界からも信用をなくし、私もこれはダメだと思いましたね。方向性を与えるのが政治家であとの肉付けは役人がするんですから…。

 政権発足にあたって野田さんに「誰かいい人はいないか」と相談されたので、私の内閣で首相秘書官を務めた成田憲彦さんに「ぜひ手伝ってもらえないか」とお願いしました。成田さんは与野党に太いパイプがある。今までの民主党内閣は政権運営に慣れていなかったから右往左往しちゃった。国会法や規則に詳しい人がいないと国会対応もうまく回りませんからね。

 ◆民主に人材いない

 党役員・閣僚人事は極めてまともな人事だったと思いますよ。特に輿石東幹事長はよかった。本当は藤井裕久元財務相みたいな方が民主党にもう少しおられてベテランシフトでいけたらよいのになあ。だけど残念ながら今の民主党にはそういう人材がいない。能力はあると思うが、重要閣僚の経験不足はちょっと心配です。外国からどう受け止められますかね。

 野田さんには震災・原発対応、円高をはじめ国際経済への対応、税と社会保障の3点だけをしっかりやってほしい。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)もありますが、野田さんには「それ以外にあまり欲張ったことを言わない方がいい」と言っています。

 前原誠司政調会長が米国で自衛隊の国連平和維持活動(PKO)の武器使用基準を緩和すべきだと発言しましたね。発言の中身そのものは議論があってよいが、党内で議論もせずに米国で言ってよいのか。多分首相も知らなかったでしょう。それぞれが勝手に打ち上げ花火を上げるところが民主党の問題です。気をつけてもらわないと…。

 これも野田さんに言っているんですが、国民福祉税の轍(てつ)を踏まないためには、消費税率の引き上げをやる前に、歳出削減をかなり目に見える形で思い切ってやらないと国民の納得を得られません。復興増税もきちんと手順を詰めてまず無駄の排除ですね。全力でそれをやってからでないと増税の話は持ち出せませんね。

 首相の「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」という質問主意書の件は「慎重に対応された方がよい」と言いました。国内法的に処理されたといっても外国ではアレルギーがありますからね。早めにしかるべき説明をされた方がよいんじゃないでしょうか。(高橋昌之、杉本康士)

【プロフィル】細川護煕

 ほそかわ・もりひろ 元首相。肥後熊本藩藩主だった細川家の第18代当主。朝日新聞記者、参院議員、熊本県知事を経て平成4年に日本新党を結党。宮沢喜一内閣の不信任決議案可決を受けた5年の衆院選後、非自民8党派連立政権の首相に就任した。6年に佐川急便からの借入金疑惑で辞任し、10年に政界を引退した。

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