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2011年8月12日 (金)

全国の戦争被害者 救済求め連携

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-12_22013/

全国の戦争被害者 救済求め連携
社会

2011年8月12日 09時42分   
(10時間3分前に更新)

 空襲や艦砲射撃などの戦争被害者の救済を求め、全国各地の関係者が初めて集う「民間戦争被害者の差別なき国家補償を求める沖縄交流集会」が11日、那覇市の県男女共同参画センター「てぃるる」で開かれた。沖縄のほか、東京、大阪、福岡などから約100人が参加。体験者が語る66年前の記憶に耳を傾けたほか、東京高裁で係争中の東京大空襲訴訟の報告もあり、幅広い未補償被害者に適用する新たな救済法の制定などに向けて、連携を強めることを確認した。

 昨年8月に発足した全国空襲被害者連絡協議会代表で、弁護士の中山武敏さんは、民間空襲被害者の補償を求める法案が過去に国会で14回、廃案にされた経緯を紹介。東京大空襲訴訟の原告113人は平均年齢が約80歳に達し「これが最後の機会だという思い。過去ではなく、現在の問題だという世論をどれだけつくり出せるかだ」と強調し、来年の通常国会に目標を定めた救済法案提出への意気込みを語った。

 沖縄10・10大空襲・砲弾等被害者の会顧問弁護団長の瑞慶山茂弁護士は、現状の戦傷病者戦没者遺族等援護法について解説。同法が沖縄の戦争被害者について「戦闘協力者」か否かで、補償の有無を線引きしていることを「極めて不条理で法の下の平等に反する。戦闘参加者という条件をなくし、戦争に起因して死亡・負傷した人は全員補償すべきだ」と指摘した。

 戦争体験者や遺族も、次々と発言した。

 那覇市の前原生子(みちこ)さん(75)は沖縄戦時、9歳。両親、祖母と自宅のある首里から南部へ向かう途中、足を負傷した父が行方不明に。多数の避難民が身を寄せる民家に逃げ込んだが、米軍の爆撃を受け「ぺちゃんこ。みんな死んでしまった」。母と祖母も失った。

 自身も右肩に深い傷を負った。甘えられる親はなく、兄3人と生きてきた戦後は苦しかったが、孫11人に恵まれた。「孫たちには絶対にこんな体験はさせたくない」。国から何の謝罪も補償もない現状を打開するため、声を上げることを誓った。

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