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2011年7月10日 (日)

東京【社説】週のはじめに考える オキナワとフクシマ

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011071002000071.html
【社説】週のはじめに考える オキナワとフクシマ

2011年7月10日

 沖縄で、こんな声を聞きました。オキナワとフクシマは同じではないか、ともに無関心が生んだのではないか。その視点から私たちを考え直してみます。

 先月、沖縄であった会合でのことでした。講師に招いた沖縄国際大教授の佐藤学さんが「他人事の論理を超えるために」という題で話をしてくれました。

 テーマは基地問題。佐藤さんは日米の政治の研究者です。

 こう問いかけます。なぜ、日本政府は辺野古(米軍普天間基地の移転予定地)に固執するのだろうか。そう問うて、佐藤さんは言いました。

 「それは、日本国民の圧倒的無関心からではないか」
◆無関心がつくる誤解

 本土の無関心はこれまでにも指摘されてきたことでした。圧倒的かどうかはともかく、沖縄での米軍基地の占有率は、本土の人の想像をはるかに超えるものです。その戦争目的や騒音への関心はどれほど実感できるか。しかも沖縄の人を一番落胆させるのは、沖縄は基地なしでは経済が回ってゆかないという誤った想像が、無関心をさらに強めていることです。

 それらをより合わせると、沖縄は基地を望んでいるという、本土側に都合のいい偽りの正当化、論理の擬制とでもいうべきものへと発展してゆく。つまり声の小さい少数者を相手に絶対多数のにせの論理がまるで正しいかのようにふるまい始めるのです。

 そこでフクシマです。

 オキナワとフクシマは似ているというのが佐藤さんの話の論旨でしたが、それをもう少し膨らませて考えてみます。

 (フクシマとカタカナで書くのはつらいのですが、世界的原発事故が起きてしまったということで許されたい。オキナワのカタカナ書きは米軍の大きな基地が集積している世界性からです)
◆民主主義の核心部分

 事故で放射能を放出したフクシマ原発は、一九七〇年代、日本では最もはやい時期に動きだした原発でした。立地する太平洋岸沿いの浜通りは、福島県内でも特に過疎の地域で、電力は首都圏へ。原発の以前、水力発電の時代は福島西部・只見川のダム群が電力を送っていた。だがその電力を使う都会は、実はどれほどフクシマを意識していたのだろうか。

 そのあと、原発立地をめぐる争いが全国各地で起きた時、そこから遠い都会では、争いをニュースでは知っていても結局、無関心だったのかもしれない。国の税金が投入されるほど、無関心が許されるという仕組みだ。それはオキナワによく似ています。

 世界では、米国のスリーマイル島、またソ連時代のチェルノブイリの原発事故が起き、その恐るべき危険性が実感されたはずだったのですが、日本ではそんな愚かな事故は起きるはずがないという安全神話が逆に強められたのでした。無関心は温存されたのでした。オイルショックがもたらしたエネルギー安保という国策も神話を補強しました。

 考えるべきは、無関心の構造です。政治学では、政治に対する無関心は民主主義をその内側から崩壊させ、政治そのものを死なせるといいます。逆にいうと人々の関心こそが民主主義の核心部分であり、活力なのです。関心こそが政治を社会を成長させるのです。

 関心の対象はわが街であり、自治体であり、また国家、もっと広げるのなら世界でもあります。

 共同体の中のはるか遠い所で起きていることをいちいち見に行くわけにはゆきません。しかしそこに住む人の身になって考えることはできるはずです。関心をもつとはそうすることであり、無関心とはそうしないことです。

 オキナワの基地について政治家はよくこんなふうに言います。

 「現実に、受け入れるところはない。沖縄の皆さんにお願いせざるをえない」

 さらりと聞けば正しいように思われても、沖縄には忍従を、本土には無関心を促しかねない言葉です。日本という共同体の全体で考える機会を消し去るような言葉です。これはフクシマでも、また他の原発稼働地でも同じです。
◆共感は不可能でない

 共感はとても難しそうに見えますが、例えば日本では水俣病やイタイイタイ病などの公害に対し関心は全国から集まり、世界では人種差別や飢餓などに対しやはり関心は集まりました。今は津波の三陸や原発のフクシマに対し、全国また世界の関心が集まります。

 もちろん、物事は関心だけで解決するわけではなく、負担が公平化されるわけでもない。しかし関心をもつとは、問題をだれかに押し付けるのではなく、ともに考える始まりとなるはずです。大震災が与えた悲しき教訓です。

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