無料ブログはココログ

許すな!憲法改悪・市民連絡会

« ロシア、菅首相の「暴挙」発言に対決姿勢 | トップページ | 日米防衛 9条が障害 米議会調査局/改憲の期待示唆 »

2011年2月10日 (木)

日出生台:実弾射撃 夜間・小火器が常態化

http://mytown.asahi.com/oita/news.php?k_id=45000001102100001
実弾射撃 夜間・小火器が常態化

2011年02月10日

 1997年に本土移転した在沖縄米海兵隊による実弾射撃訓練で、夜間射撃が常態化していることが、日出生台を含む5演習場を管轄する各防衛局への取材で分かった。沖縄では少なくとも移転前の1992~96年には実施されていなかった。移転当初はなかった小火器の射撃も2006年度以降の全ての訓練で実施していた。96年の日米合意は訓練を「沖縄と同質・同量」と決めている。(後藤たづ子)

 各防衛局の記録を朝日新聞が取材し、まとめたところ、訓練は97年度から年最大4回、昨年12月までに計45回あり、うち北富士演習場(山梨県)での3回を除く42回の訓練で夜間も実施されていた。合計射撃日数は403日で、うち夜間も実施したのは半分以上の226日にのぼる。米側からの要請を受けて06年度からは、小銃など小火器の射撃訓練も追加されたが、同年度以降の訓練10回のすべてで小火器訓練が実施された。

 元々の訓練は、沖縄の基地負担を軽減する96年の日米特別行動委員会(SACO)合意に基づき、本土に分散移転した県道104号越えの155ミリりゅう弾砲射撃訓練。日米合意で移転内容は「沖縄のキャンプ・ハンセンと同質・同量」とされる。

 沖縄では長年、104号越えの夜間砲撃はなかった。沖縄防衛局によると、少なくとも移転前の1992~96年に夜間は実施されていない。地元・金武(きん)町の担当職員らも「今いる職員の間では夜間砲撃の記憶はない」という。

 地元住民によると、ずっと以前はりゅう弾砲による夜間砲撃もまれにあったが、反対の声が強くなるにつれてなくなった。01年の日出生台での演習前、当時の海兵隊大佐はキャンプ・ハンセンで報道陣に「沖縄では安全のため夜間には撃っていなかった」と説明している。

 夜間訓練は昨年6月、国会議員の質問主意書に対し、菅内閣は「夜間射撃訓練は『県道104号越え実弾砲兵射撃訓練』の一部として行われていた夜間射撃訓練と同様のものである」と答弁している。

◆実弾砲撃訓練公開、小火器訓練は11日予定

 日出生台演習場で実弾射撃訓練をしている米海兵隊は9日、155ミリりゅう弾砲の砲撃を地元自治体関係者や報道陣に公開した。指揮する第12海兵連隊第3大隊のリカルド・ミアガニー中佐は、小火器の訓練は11日に予定していることも明らかにした。

 手順に沿って隊員が弾を込め、号令とともに発射すると、ズドーンという音とともに砲の先端が赤く光った。中佐は「責任者の監視のもと、正確で安全な砲撃をしている」と強調。住民からの心配の声についても「承知しており、効率的に訓練を進め、期間内に終わりたい」と理解を求めた。

 今回の訓練でこれまでに使用した砲弾はすべて通常弾だが、今後、条件がよければ照明弾や発煙弾を使うこともあるとも語った。

 また、小火器訓練については対人用と対敵軍・航空機用の2種の機関銃計8丁を使って11日に予定していることを明らかにした。砲撃が終わった後、小銃用に指定された区域で日中に実施するという。

 これら機関銃の訓練場は沖縄のキャンプ・ハンセンにもあるが、今回の訓練の中で実施する理由について「砲撃には小銃による防御も必要不可欠なため」と説明した。小火器訓練は、日出生台では昨年の訓練で初めて導入された。

 一方、午後8時55分まで続いた8日の夜間砲撃について、玖珠町の現地対策本部には「普段より音が大きかった」との声が9日朝、複数の住民から寄せられた。また、演習を監視するローカルネット大分・日出生台は、1日の砲撃数が7、8日と2日続けて過去最多になったとして、「抗議するとともに訓練の即時中止を求める」との米海兵隊あての要請文を九州防衛局現地対策本部に送った。

 9日の射撃訓練は公開が中心で午後1時前に終了した。

http://www.oita-press.co.jp/localNews/2011_129730035901.html

ぬかるむ大地に衝撃音 日出生台演習を公開

[2011年02月10日 10:10]

「りゅう弾砲と兵士を守るため不可欠な兵器」。訓練を公開し報道陣に小火器(機関銃)の性能について説明する米海兵隊員=9日午前、日出生台演習場

 前日の雨で雪が解け、ぬかるんだ大地に米海兵隊員の声と砲撃音が響く。155ミリりゅう弾砲から約3メートルの位置で、在沖縄米軍の公開訓練を見学した。

指揮官、安全性を強調
 あられが降る日出生台演習場。訓練を指揮するリカルド・ミアガニー中佐(38)は「悪条件の中での訓練はとても重要だ」と出迎えた。見渡す限りの枯れ草が生い茂る中、約30メートルの間隔で3門のりゅう弾砲が並ぶ。最大射程は約30キロ。訓練では約6キロ先の着弾地を狙うという。
 着弾地付近の隊員が送ってきたデータを基に発射角度などを決めると、約10人の隊員が声を上げ始めた。りゅう弾砲後部のハッチを開けて砲弾を装填(そうてん)、長さ約2メートルの棒のようなもので奥へと押し込む。
 「レディーゴー」。砲身の先に白煙が上がった。耳栓をしていたが、「ドン」という衝撃波が体に伝わった。隊員は発射した弾の行方を確認することなく視線を報道陣に向けた。約20秒後、かすかに着弾音が聞こえた。公開中は計6発を撃った。
 小火器の性能も紹介。11日には2種類の機関銃(計8丁)を使う予定を明らかにした。「りゅう弾砲の前方は砲弾で守れるが、側面と後方は小火器で守る。りゅう弾砲と兵士を守るため不可欠な兵器だ」。担当の海兵隊員はこう強調した。
 約40人の報道陣を前に、ミアガニー中佐は「地元住民の不安や騒音問題は重々承知している」と自ら切り出した。「訓練の公開で砲撃の安全性を分かってもらえたと思う」と続けた。
 
りゅう弾砲、あす終了か
 在沖縄米軍は9日、日出生台演習場での実弾砲撃訓練を地元自治体関係者や報道陣に公開した。昨年度から始まった小火器(小銃・機関銃)訓練について、現地指揮官のリカルド・ミアガニー中佐は「金曜日に実施する」と述べ、11日にも155ミリりゅう弾砲などの実弾砲撃を終える見通しを明らかにした。
 九州防衛局によると、11日は午前中に砲撃訓練を行い、終了後に小火器訓練を予定。中佐は「小火器訓練は砲撃訓練終了後、計画された期間内(5日間)に実施する」としており、悪天候などでの変更がなければ同日午後にも実弾砲撃訓練を終了するとみられる。
 一方、7、8両日の砲撃数が多かったことについて中佐は「訓練の目的に応じた弾数を設定している。そういう事情がある」などと述べた。
 訓練3日目のこの日は午前9時9分に始まり、午後0時56分に終了。監視した市民グループによると砲撃数は33発だった。

« ロシア、菅首相の「暴挙」発言に対決姿勢 | トップページ | 日米防衛 9条が障害 米議会調査局/改憲の期待示唆 »

日米関係」カテゴリの記事