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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2010年10月26日 (火)

沖縄県知事選立候補予定者 政策対論2010年10月25日

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-169239-storytopic-3.html
沖縄県知事選立候補予定者 政策対論2010年10月25日

 県知事選に立候補を表明した現職の仲井真弘多氏(71)と前宜野湾市長の伊波洋一氏(58)を琉球新報社に招き開いた20日の政策討論は、安全保障政策や行財政改革に対するスタンスの違いが鮮明となった。最大の争点となる普天間飛行場の返還・移設問題では、仲井真氏が「一刻を争う命の問題だ」と危険性除去の早期実現を強調したのに対し、伊波氏は「基地問題でぶれずにきた」と日米両政府に県内移設断念を迫る正統性を主張した。さらに、仲井真氏が「財政、人員とも効率化している」と1期4年で進めてきた行財政計画の継続推進を訴えると、民営化路線に反発する伊波氏は「財源をつくり、公的役割を果たす」と福祉医療の拡充を主張し、県政評価をめぐっても激しく応酬した。
(文中敬称略)
(2010県知事選取材班)

仲井真弘多氏(71) 自民、公明推薦予定、現職
 なかいま・ひろかず 1939年8月19日生まれ。那覇市出身。東京大工学部卒。61年に通産省(現経済産業省)入省。90年に大田(昌秀)県政下で副知事。沖縄電力社長や県商工会議所連合会会長などを歴任し、2006年知事選で初当選。

伊波 洋一氏(58) 社民、共産、社大推薦、前宜野湾市長
 いは・よういち 1952年1月4日生まれ。宜野湾市出身。琉球大物理学科卒。74年宜野湾市役所入り。市職労委員長、中部地区労事務局長を経て、96年県議選で初当選。2期目の2003年に市長選に出馬し、初当選。18日に2期目途中で辞任。

司会 玻名城泰山琉球新報社編集局長

【普天間・安全保障】
「県外」最も望ましい/仲井真氏
「グアム」の流れ確実/伊波氏

 司会 米軍普天間飛行場返還・移設問題についてうかがいたい。仲井真さんは県内移設容認だったが、ここにきて県外移設要求に転換した。理由を聞きたい。
 仲井真 これまで10年以上、歴代名護市長が条件付き受け入れだったから、私も条件付きで容認した。しかし「最も望ましいのは県外」とも言ってきた。だが「最低でも県外」を掲げた民主党政権が、5月にマニフェストと全く違う方向で、また辺野古に戻った。だから、政府には県民に説明し、納得させる義務があると求めたが、その後、4カ月たってもそれがない。だから最も望ましい県外移設を申し上げた。
 司会 伊波さんはグアムや米本国への海兵隊ヘリ部隊移転を主張するが、日米両政府をどう動かすのか。グアム移転完了まで普天間の運用は続くのか。
 伊波 日米両政府はグアム移転協定を締結しており、沖縄の海兵隊がグアムへ行く流れは確実だ。その流れを隠してまで辺野古に造ろうとしたのが今までの日米政府だった。そのこと自体が問われるべきだ。私は普天間飛行場がいかに危険であるかをこの8年で明らかにした。当時はあまり私に対する賛意はなかったが、全県民が県内移設に反対するようになった。この流れは日米両政府も承知している。
 司会 南西諸島での自衛隊増強と先島地域への配備の必要性は。
 仲井真 自衛隊配備は防衛政策を担う国が考えるべきことだ。必要だと考えるならば実行すればいい。ただし、沖縄の長い歴史からすると、住民の理解を得なければ実行は難しい。
 伊波 先島への自衛隊配備は反対だ。軍事的緊張をつくり出すだけで、むしろ中国、台湾とより友好的な外交を展開することが日本の務めではないか。先島住民も多くは望んでない。

【有権者への訴え】
次世代へ産業つくる/仲井真氏
基地県内移設なくす/伊波氏

 司会 告示まで3週間だ。有権者に何を訴えるか。
 仲井真 本土復帰して約40年。高校野球やゴルフに見られるように若い人たちが大舞台でしっかり活躍できるようになってきた中で、基地問題をぜひ目に見える形できちんと前に進めたい。特に普天間はある意味で一刻を争う命の問題だ。子や孫たちのためにしっかり産業をつくりたい。
 離島は県域をかたどる沖縄の宝だ。どこでも同じ行政サービスが受けられるような制度を振興法に入れたい。文化・芸能や空手など伝統を大事にしながら世界の交流拠点としても貢献でき
る道筋をきちんと付けたい。
 伊波 基地問題はずっとぶれないできた。もし知事に選んでもらったら、県内移設はなくなる。後は県民の暮らしをどう守るか。財源をつくり出し、教育であれ医療であれ福祉であれ子育て支援であれ、県民生活をしっかり守りたい。
 農林水産業を核に製造業など新しい産業を興したい。安全な食が求められている時代だ。沖縄らしい食品や製品を日本や中国に出したい。情報も観光産業ももっと広がる。子どもたちを失業させず、教育をしっかり再生する。そういう県政をつくっていきたい。

【沖縄の将来像】
世界の交流拠点に/仲井真氏
農林水産発展に力/伊波氏

 司会 沖縄の将来像をどう描き、実現に取り組むか。
 仲井真 独立自尊精神で、沖縄が自分で物事を決めて、実行していけることが目標だ。沖縄はアジアと太平洋のちょうど真ん中。世界の交流拠点を目指し、その中で文化、芸能、空手、スポーツという、沖縄がもっとも自慢するものを中心に観光や産業も興して、住みよい沖縄にしたい。
 伊波 これから沖縄は自立して発展できるように、政府依存の財政の要求でなく、制度の要求が必要だ。観光、情報技術産業は着実に芽生えた。沖縄の地の利を生かした農林水産業などが発展する素地がまだあるので、観光、情報技術産業とリンクさせていく必要がある。

【行政運営の評価】
予算獲得に全力/仲井真氏
子育て支援充実/伊波氏

 司会 仲井真県政の4年間をどう評価するか。
 仲井真 県民の評価は別として私なりに一生懸命やった。しっかり前進できた。
 伊波 部局間の壁があり、硬直化している。教育や福祉の予算は頭打ちだ。閉塞(へいそく)感がある。もっと国の財政支援を活用すべきだが、自由度がない。残念だ。
 仲井真 国家財政多端の折、言うは易しだが、実際は難しい。日ごろから予算獲得や、次の振興法へも一括交付金制度や予算の増額を要求している。壁があるというのは心外だが、批判があればきちんと受け止め、改善を徹底する。
 司会 伊波さんは市政運営をどう総括するか。
 伊波 予算の編成方針を変え、子育て支援でもいくつもの施策ができた。先進的な取り組みに挑戦することで行政を改革できる。
 仲井真 自公政権の時代、私は普天間の一日も早い危険性除去の観点から名護への移設は条件付きでやむなしと言ったが、伊波さんは市街地の飛行場を海に移すことに賛成しなかった。
 伊波 市長就任当時の稲嶺県政の軍民共用空港は16年もかかる計画だったが、その間普天間が放置されるのはとんでもない。だから辺野古では解決にならないと言い続け、グアムやハワイ移設を強く求めた。

【民主党政権】
改革過程で迷走/仲井真氏
制度理念は一致/伊波氏

 司会 民主党政権の評価について聞きたい。
 仲井真 政権発足時は志の高い改革のテーマがいろいろ出ていたが、実行の過程でかなり後退、迷走した感じがある。しかし意見は違えども政府は政府だ。今回沖縄に関する2法律の制定と自由度の高い予算を要求している。政策協議会の部会を立ち上げ、その中できちんと政府とやりとりし、成果を出していきたい。
 伊波 基地問題で「最低でも県外」から辺野古に戻った状況は政権の幼さを示すものだ。だが官僚と一体となった従来の政権から新しい流れへと動きだした。もう元に戻れない。やはり歴史的な政権交代だった。沖縄が目指す制度改変は民主党の理念と一致する。沖縄が自立できる考えを受容できる環境にある。

【次期振計】
一括交付金実現する/仲井真氏
ひも付き補助金改変/伊波氏

 司会 2012年3月で現在の沖縄振興計画が期限切れを迎えるが、今後の制度設計、法整備の方向性について聞きたい。高率補助はこれからも必要か。国の出先機関の沖縄総合事務局の県への統合にはどういう見解をもっているか。
 仲井真 これまで3度の振興計画で社会資本整備は見違えるように良くなった。今、政府に求めているのは新しい振興法と、基地返還促進と跡利用をもっとスムーズにする法律2本と一括交付金の仕組み。これまでの振興の中身を見ると、北海道から鹿児島まではうまくいっても、沖縄には適合しないものがあった。認可外保育園や建築基準法など、沖縄に合うようにする。離島の医療、介護、電気・通信などユニバーサルサービスを充実させなければならない。沖縄総合事務局の整理統合はそう遠くない時期に来る。
 伊波 高率補助の目的は、国の戦後責任の実現だ。戦後責任は今後返還される基地の跡地利用にも及ぶ。また沖縄は離島県で、本土からの輸送運賃に大きな負担がある。国は負担軽減措置を継続性のある制度にするべきだ。一定の高率補助も必要だ。県行政の中には、部局や国の省庁ごとの「ひも付き補助金」が継続され、お金を自由に部局間で動かせない。その融通が利かない状況が、県の事業に大きな弊害を起こしているので、制度的改変が必要だ。沖縄総合事務局は県に吸収していけるような取り組みをするべきだ。

【財政・雇用】
産業伸ばし財源増/仲井真氏
市場広げ雇用確保/伊波氏

 司会 福祉施策の財源となる県財政再建と、雇用対策について考え方を聞かせてほしい。
 仲井真 財政再建について私は前回知事選で14項目170の政策を立て、セーブすべき金、人員の効率化を進めた。事業を整理整頓して重点事業を選んでいくしかない。医療介護などお金が必要になってくるが、ベースの産業を大きくして自主財源を拡大することが必要。産業振興がどうしても要る。
 国、県、市町村で多くの雇用政策があるのを合わせてワンストップでサービスを展開しているところ。若年層の雇用はかなりのスピードで改善されていると考えている。
 伊波 今の沖縄県はすでに社会福祉事業団が切り離されたように県民に必要なものまで切っている。私はもっと県が担うべき役割をしっかり担える県にする。財源は探してつくり出す。県民の生活を守る。
 沖縄は移入品により生活を成り立たせていて自給率は低い。お金が沖縄の中で回る仕組みが大事だ。同時に観光客が600万人来るわけだから、観光客も消費する産業を興しつつ、本土や中国のマーケットにいいものを出すことによって産業を拡大し、雇用創出を実現していきたい。

【産業振興】
国際観光へ広げる/仲井真氏
中小製造業伸ばす/伊波氏

 司会 沖縄の産業振興の戦略について聞かせてほしい。また、カジノについてはどう考えるか。
 仲井真 リーディング産業の観光は国際観光を含め今後も大きくなる。情報産業も集積が進む。将来は医療福祉、介護を含めた健康関連産業と大学院大学を中心とする研究開発型企業が出てくる。伝統空手を含むスポーツも産業になる。農林水産業、小売り商業を含め全産業を大切にしていく。カジノは県民のコンセンサスがなければできない。
 伊波 観光産業とITはますます伸びる。農林水産業を重視しながら沖縄の風土から出る産物を使った中小の食品製造業を伸ばす。マーケットは日本本土や中国がある。製造業は雇用吸収力がある。離島でも離島の価値を出せる。カジノは反対。沖縄の癒やしなどの価値を損なう。修学旅行が来なくなる恐れもあるカジノは必要ない。

【出馬の理由】
自立へ基盤つくる/仲井真氏
沖縄の在り方問う/伊波氏

 司会 今回の知事選は、今年の県内最大の政治決戦と位置付けられ、全国的にも注目を集めている。出馬を決意した理由と知事選の意義を聞かせてほしい。
 仲井真 3点申し上げたい。まず第一に、県知事を1期務めてきて、道半ばの政策がまだある。だからこれは将来の子供たち、孫たちのためにも、ちゃんとした軌道に乗せたい。第二に基地問題だ。沖縄の過重な基地負担の軽減を確実に前進させたい。さらに米軍普天間飛行場移転問題を前に動かし、返還された後の跡地利用につなげたいという思いが非常にある。第三に、沖縄の本当の自立、特に経済の自立のためのきちんとした基盤をつくっていきたい。
 伊波 今回の知事選で、県民が反対している普天間飛行場の県内移設問題が問われると考えている。1月の名護市長選で辺野古移設反対の稲嶺進市長が誕生し、2月の県議会での全会一致の県内移設反対決議があり、4月に9万人が参加した県民大会で県内移設反対の県民意思が大きなものになった。名護市議選も反対派が勝った。復帰38年の節目の大会の思いをどうも日米両政府は受け止めていない。沖縄のこれからの在り方、振興、県民生活や福祉が問われる知事選だ。

【教育対策】
学テ全国平均目指す/仲井真氏
環境と内容改善する/伊波氏

 司会 学力テストで全国最下位の沖縄の教育をめぐる現状認識と対策をどう考えるか。
 仲井真 私は4年前に30人学級を公約に掲げた。いま基礎的なことをしっかり教えるために小学1、2年生の30人学級をやりくりしてスタートさせた。学力テストも全国平均を目指してしっかりと学校の先生、家庭などとやる。しっかりとした生活態度をつくり、勉強をさせ、なるべく早い時期に全国中位を目指して頑張ってもらいたい。
 伊波 一つは教育環境の改善、あとは教育内容の改善だ。宜野湾市では今年から各小学校に教員1人を加配して、学習遅れの子の面倒をみている。学力低下はわれわれの努力の欠如だ。教職員と保護者と一緒に沖縄県の教育の再生に取り組む。少人数学級も追求していきたい。沖縄は人材が資源だ。高卒で社会に通用する人材を育てたい。

【クロス討論】
普天間、自ら解決の姿勢がない やり方間違ってない/仲井真氏
危険除去を優先しなかったのか 再編の流れ既に把握/伊波氏

 伊波 普天間問題の解決のため3度訪米し、安全基準など具体的に要請したが、県が「外交や防衛は国の専権事項」としていることが問題解決を大きく後退させている。大田県政時代は自ら解決を図ろうとしていたが、保守県政の12年間はそれが見えない。
 仲井真 私は一度も「国の専権事項」と言った覚えはない。ただ国際的や防衛問題では一地域の知事や首長が相手国と交渉しても意見交換にすぎず、きちんとしたルートに上げないといけない。その中でも米政府や米軍を駆け回った。やり方が間違っているとはゆめ思わない。
 仲井真 (伊波氏が指摘する2003年の市長就任時の)辺野古移設計画についてだが、16年もかかるという計画ではなかったのではないか。むしろ当時は普天間の危険性を除去するため、何はともあれ移してしまうことが一番早い方法だったのではないか。
 伊波 04年7月に訪米したが、直後の日米協議で日本側が辺野古の深い海に2千メートルの軍民共用空港を造るのにそれだけ時間がかかると説明している。02~03年ごろから米軍再編の流れは始まったこともつかんでいたので、宜野湾市長として当時から海兵隊のグアム、ハワイ移転を主張した。

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