無料ブログはココログ

許すな!憲法改悪・市民連絡会

« 沖縄知事「辺野古移設は困難」 普天間問題で | トップページ | 【正論】平和・安全保障研究所理事長 西原正 高圧的軍事大国の挑発に牽制を »

2010年8月23日 (月)

[米軍イラク撤退]既成事実化に歯止めを

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-08-23_9525/

[米軍イラク撤退]既成事実化に歯止めを
全国

2010年8月23日 09時29分                   
(8時間47分前に更新)

 イラクから最後の米軍戦闘部隊が撤退した。2003年3月から7年5カ月に及んだイラク戦争は、さまざまな疑問や疑惑、課題を置き去りにしたまま一応終結を見た。

 現地では今も銃撃や爆弾のさく裂音がやまない。17日にもバグダッド中心部にあるイラク国軍の新兵募集施設前で自爆テロがあり、60人以上が死傷した。

 政情も不安定だ。5カ月半も前に行われた国民議会選挙後の連立交渉が難航している。治安維持を引き継ぐ新政府は発足のめどが立っていない。イラク治安部隊を訓練する目的で駐留する米兵5万人は年末までに撤退する予定だ。

 一日も早く不安定な内政を建て直し、新たな国づくりに取り組んでもらいたい。

 イラク戦争は、大量破壊兵器を隠し持っているという疑惑が理由とされた。しかし同種の兵器は発見されず、「大義なき戦争」だったことが明らかになっている。

 戦死したイラクの市民は10万人にも及んだ。病気などを含めると全戦争犠牲者は06年時点ですでに65万人に達したという学術チームの調査結果もある。米兵の死者も4400人以上とされる。

 こうした犠牲の大きさを考えると、戦争に至った経緯や背景、捕虜や市民に対する非人道的な行為は今後も厳しく検証されるべきだ。

 ブッシュ元大統領による一方的な「先制攻撃」は国際法的にその正当性が問われている。そんな戦争を日本は積極的に支持し、自衛隊を派遣した。そこまで米国に擦り寄る必要はあったのだろうか。

 イラク戦争の引き金となった01年の9・11同時多発テロ以降、日本はテロ特措法(同年11月)、イラク特措法(03年7月)を成立させ、米国を中心とする有志連合に協力した。

 テロ特措法に基づくインド洋での給油活動は、日米安保条約の適用範囲をはるかに超えて日本独自の判断で軍事協力する道を開いた。それはイラク戦争に展開する米艦船へも補給されたとの疑惑が持たれている。

 イラク特措法は国会審議で小泉純一郎首相(当時)が戦闘地域の線引きについて「自衛隊がいるところが非戦闘地域」と答弁し、自衛隊の戦地派遣をめぐり物議をかもした。あいまいな形で行われた自衛隊派遣は憲法違反との指摘もある。

 冷戦終結後、「国際貢献」を理由に日本が踏み出した米国追従の軍事協力は果たして正しいのか、しっかり問い直す必要がある。

 この間、国内では米軍基地運用に大きな変化があった。

 90年代初頭の湾岸戦争で在沖海兵隊は米本国の部隊に配置換えされた上で出撃した。名目だけの手続きにせよ、安保条約の適用範囲を米側も順守していた。

 しかし、04年8月に沖縄国際大学で起きたヘリ墜落事故は、イラク派遣前の整備不良が原因だった。沖縄が戦地と直結していた。

 基地は使い勝手が格段とよくなったに違いない。議論がないまま既成事実が先行する現状に危機感を抱く。

« 沖縄知事「辺野古移設は困難」 普天間問題で | トップページ | 【正論】平和・安全保障研究所理事長 西原正 高圧的軍事大国の挑発に牽制を »

日米関係」カテゴリの記事