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2010年6月23日 (水)

「移設阻止のため生き残された」=辺野古の元ひめゆり学徒-沖縄慰霊の日

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol
「移設阻止のため生き残された」=辺野古の元ひめゆり学徒-沖縄慰霊の日

 「なぜ私は生き延びたのか」。沖縄戦にひめゆり学徒として従軍した宮城清子さん(84)。悲惨な地上戦に巻き込まれ、多くの仲間が命を落とす中で生き残ったことに、戦後65年となる今も自問自答する。
 教員を夢見て師範学校に通っていた宮城さんがひめゆり学徒として配属されたのは、同県南風原町の病院壕(ごう)。ある日、用があり壕を出た直後、「ドォー」と爆発音が鳴り響いた。すぐ引き返したが、壕の入り口は砲弾にやられ、中では負傷兵や看護師らが血まみれで壁に張り付いていた。全員即死だった。
 「戦争は人間が人間でなくなる。二度と起こしてはならない」。戦争反対を心に決めた。戦後、結婚を機に夫の出身地の名護市辺野古へ移住。そして、米軍普天間飛行場移設問題と向き合うことになった。
 戦争につながる基地に一貫して反対し、辺野古在住の戦争体験者らと移設反対の座り込み活動を続けている。「移設を阻止すること。そのために生き残されたと今は思っている」
 例年、慰霊の日には平和祈念公園(同県糸満市)へ足を運び、仲間の名が刻まれた礎(いしじ)に手を合わせてきた。足を痛め、今年は行けないが、辺野古から亡き仲間の霊に祈りをささげるとともに、基地問題に翻弄(ほんろう)されない平和な沖縄を願っている。(2010/06/23-06:02)

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