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2010年6月23日 (水)

産経【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 日米安保に「安住」せず再改定を

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100623/plc1006230323000-n1.htm
産経【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 日米安保に「安住」せず再改定を
50年前の今日、現行の日米安全保障条約が発効した。当時、この条約に半世紀の長寿を予想した人がいただろうか。昨今の奔流のような回想記事類が語るように、条約誕生過程は混乱、緊張、怨念(おんねん)の極みだったし、生みの親たる岸信介首相は罵声(ばせい)の中、退陣した。かくも不幸な星の下に生まれた条約が長持ちするはずはないと考えたのが、人情というものだろう。

 ≪理屈を忘れて恩恵を是認≫

 今日、条約第10条に照らせばそれは可能だが、1年後に日米安保条約が終了すると見る日本人はいまい。無思慮な鳩山由紀夫前首相が条約50年の節目に日米関係を混乱させたにもせよ、世論調査結果が示すように、日本国民は現行条約に安住している。それが半世紀も続いた以上、誰もこの安住の仕組みを変えようとは言わない。これまた人情というべきだろう。

 それだけではない。昨年、自民党政権の「米国追随」を批判した民主党は「対等な日米同盟関係」構築を呼号したが、条約継続を自明視した。今日、岡田克也外相は現行安保条約を日米同盟の「中核」と呼んで、この同盟をなお「30年、いや50年」続けようと繰り返している。ならば現行条約は1世紀の超長寿を全うするだろう。これを慶賀すべきか。

 日本が対外的安全のみならず経済的繁栄をも享受できたことに照らして、日米安保条約が成功作だったことは明白である。だが、それが成功作だったのは、最大多数の最大幸福という功利論的意味でのことだ。結果重視の功利論は理屈を軽視する。それが日本政府の習性となった。国民が理屈をこねず、現行安保の恩恵を是認してくれればそれでよい。

 唱えられたほとんど唯一の理屈は、改定安保条約では旧条約に比べて格段に日本の主張が反映されたという点のみ。それ以外に条約学習の薦めはなかった。国民が詮索(せんさく)すると、反安保という寝た子が目を覚ましかねない。拠(よ)らしむべし知らしむべからず。かくて条約構造そのものへの無関心がやがて定着、長文でもない現行条約は読まれず詮索されない文書となった。閣僚席にも「読んだことがない」人間が座っているはずだ。

 ≪本気で考えもしない政治家≫

 なぜこの点にこだわるか。現行安保条約が普通の同盟条約、つまり相互防衛あるいは共同防衛の条約ではないからだ。米国は日本共同防衛義務を負うが日本は米国共同防衛義務を負わず、代わりに日本の安全と極東の「平和及び安全」への寄与として基地提供の対米義務を負う。世界に類例なき非対称双務性という異様な構造の条約なのだ。締約国が原則として同種の義務を負う普通の同盟条約ならいざ知らず、かくも異様な条約は日本国民による学習を必要とする。さもなくば、戦後日米関係の特異さが分かるはずはない。

 学習欠如の弊害はどこに出たか。50年前の岸首相の意に背き、防衛の対米依存の自明視、自立心の衰弱。岸首相は普通の同盟条約に向けての安保再改定を後継世代に託したが、再改定とその条件たる憲法改正に政治生命を賭ける政治指導者は皆無だった。口先で憲法改正を唱える政治家はザラにいたのに。かくて日本は国の防衛に関して自立責任を忘れたモラトリアム国家の道をひた歩んだ。

 ≪憲法改正とともに進めよ≫

 最近、私が日米安保再改定や防衛自立性重視の必要を語ると、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる人が多い。単独防衛、孤立防衛論者と勘違いするらしい。が、それこそがモラトリアム国家症状だ。自立を促されると、単独、孤立の生存の強要と誤解しがちなモラトリアム人間がいるように。だから、防衛に関する基本的自立と他国との協力・協調(同盟)とは二律背反ではないと説くことから始めなければならない昨今である。

 早い話、「純然双務性」に向けての日米安保再改定が単独・孤立の防衛になるはずがない。「自立して友人をつくれ」と薦められるモラトリアム人間は、「自立すると友人を失う」と尻込みする。この自立恐怖症は、自立を語ろうとしない今日の日本に通じないか。

 猪武者よろしく日米安保再改定に向けて直進せよとは言わない。わが国の現実の安保環境は見方によっては冷戦期よりも厳しく、ゆえに当面は現行の日米安保条約下、長い年月をかけて積み上げられてきた日米防衛協力の円滑な運用が必須だ。が同時に、5年、7年、10年の歳月をかけて自立と相互協力を両輪とする普通の同盟条約方向への日米安保条約再改定を考慮すべきである。

 その際、条約構造上の日米同資格性(純然双務性)と実力を基礎とする相互協力(端的には基地提供態様)との関係は、柔軟に考えてよい。純然双務性に立つ多数国間同盟であるNATO(北大西洋条約機構)が-冷戦終焉(しゅうえん)から20年というのに-いまなお戦略的必要から数多くの在欧米軍基地の存続で一致しているように。なにより、自立責任欠如のモラトリアム国家が国際社会において「名誉ある地位を占めたい」(憲法前文)と願うのは見当違いも甚だしいと知るべきだ。(させ まさもり)

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