無料ブログはココログ

許すな!憲法改悪・市民連絡会

« 米、辺野古拡大を要求 自衛隊共同使用 事実上の拒否 | トップページ | 「衝突回避」呼び掛け=哨戒艦事件の対話解決強調―中国首相 »

2010年5月30日 (日)

[安保の歪み]解消されない不公平 県民に「悔しい思い」

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-05-30_6878/

[安保の歪み]解消されない不公平 県民に「悔しい思い」
政治

2010年5月30日 09時05分                   
(1時間15分前に更新)

 鳩山由紀夫首相が迷走したことで、日米同盟のいびつな姿がより鮮明にあぶり出された。

 結局、すべてがNIMBY(Not In My Backyard=ニンビー)である。自分の家の裏庭はやめてくれ、という考え方だ。多くの政治家が「安保は大事だ」と言うが、負担については口をつぐむ。

 「抑止力」「地理的優位性」という検証不可能な言葉を隠れみのにしながら、現状維持にしがみつこうとする。米国の戦略に従って沖縄に基地が集中している、と勝手に理解し沖縄の過重負担を容認する仕組みがある。

 日本は自らの安全保障の責任を負わない「ただ乗り」を米国から批判されることがある。国内では沖縄に多くを負わせている現状の中で、米軍施設のない多くの本土の地域は「ダブルのただ乗り」となる。このような不公平が許されるわけがない。

 日々の生活、経済活動の基盤として安全保障がある。戦後日本は米国に安保を委ね、国防を最低限に抑えながら高度経済成長を成し遂げ、今日の繁栄を築いた。それは沖縄の犠牲の上に成立した。

 27日の全国知事会では米軍基地を抱えていたり、在沖米軍の移転訓練を引き受けている地域が「すでに責任は果たしている」と主張するなど、鳩山首相が呼びかけた沖縄の負担軽減には非協力的な態度が目立った。

 「米兵の犯罪、不祥事が多く何の手当てもせず全国にばらまくのか」(大分県知事)「この時期に知事会を招集して全国に火の粉を分散するつもりか」(千葉県知事)。

 心ない言葉だ。沖縄ならいいのか。くやしく、むなしい気持ちになる。全国に存在する米軍専用施設の75%が国土面積の0・6%に集中する現状を固定化する差別的な構造が堅固にある。これが日米安保の実態なのだ。

 この国は自前の安全保障議論を怠ってきた。日米安保をめぐる論争が繰り返され、沖縄に負わせた過重負担の中身について十分な検証はなされなかった。

 沖縄にある基地の7割強を米海兵隊が使っている。普天間飛行場も海兵隊のヘリコプター基地であり、もっぱら基地問題の議論は海兵隊を沖縄に置く必然性があるかどうかとなる。

 実に単純なことだが、政治家、外交・防衛の官僚たち、大手マスコミもほとんど議論しない。政府は議論のベースになる情報を持ち得ていないのか、まったく開示しない。

 まず海兵隊の体制、任務、活動について「学べば学ぶほど」沖縄でなくてもいいことに気付く。いま現在、沖縄から1600人の海兵隊員がイラク、アフガンなど対テロ戦争に派遣されている。

 残る部隊はタイ、フィリピン、韓国、オーストラリアなど同盟国と共同訓練するために遠征している。6カ月のローテーションで米本国から派遣され、長崎県佐世保に配備されている強襲揚陸艦に乗船して巡回している。

 今年は2月にタイでの共同訓練があり、グアムで訓練した4月にかけて、普天間に残っていたヘリコプターはたったの2機しかいなかった(宜野湾市の目視調査)。

 この状況を知れば、「抑止」とか「地理的優位性」という言葉がまやかしであることが分かるはずだ。

 中東や中央アジアへ展開するなら米本国から直接派遣すればいい。船がある長崎を軸に沖縄までの距離で円を描くと、九州全域はもとより平野博文官房長官の大阪府、岡田克也外相の三重県、北沢俊美防衛相の長野県のいずれも移転地になり得る。元防衛大臣で自民党の石破茂氏の鳥取県あたりも北朝鮮をにらむにはナイスロケーションだ。

 鳩山首相の北海道もかつて有力な候補地として日米が検討した経緯が現にある。

 沖縄問題の「パンドラの箱」は開けられた。抑止力とか北朝鮮の脅威といった重しではもう閉じられない。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-162770-storytopic-11.html

福島大臣罷免/非は沖縄切り捨てた側に 政権トップの感覚を疑う2010年5月29日   [1 users]

 これは異なことを聞く。沖縄の民意を踏みにじった首相が28日夜、民意を大切にするよう進言してきた閣僚の1人を罷免した。どういう了見だろうか。県民はとても納得できまい。
 日米両政府はこの日午前、宜野湾市にある米軍普天間飛行場の移設先を、名護市辺野古崎地区などとする共同声明を発表した。
 これを受けた政府方針への署名を社民党党首の福島瑞穂消費者行政担当相が拒んだことから、鳩山由紀夫首相が罷免を決めたというが、おかしいだろう。
 非は沖縄を切り捨てた側にあるのであって、首相こそ責任を問われてしかるべきだ。

■日米声明で決着せず
 日米の外務、防衛4閣僚で発表した共同声明は、海兵隊ヘリ基地である普天間飛行場の機能を名護市辺野古崎地区とこれに隣接する水域に移し、1800メートルの滑走路を建設する内容だ。鹿児島県徳之島など県外への一部訓練移転拡充を盛り込んではいるが、現行計画と大筋で変わらない。
 普天間飛行場は市街地のど真ん中に位置し、世界一危険とも言われる。その機能を辺野古に移設するということは、危険の県内たらい回しにほかならず、何ら問題の解決につながらない。そのことを県民は、選挙結果や県議会決議、県民大会開催など、あらゆる機会をとらえて訴えてきた。
 にもかかわらず、鳩山政権が過去の政権の「負の遺産」を無批判に受け継ぐとはどういうことだろう。「変革」「政治主導」を旗印に誕生した政権の取るべき道ではあるまい。
 首相は、普天間飛行場の移設先を「最低でも県外」「辺野古の海を埋め立てることは自然に対する冒涜(ぼうとく)」と発言してきた。今回の日米の再確認は、これらの発言に明らかに反しており、政治責任は避けられない。
 共同声明の発表にこぎ着けたことで、5月末決着の約束を果たしたと考えているなら、認識違いも甚だしい。
 連立を組む政党の党首でありながら罷免された福島氏は、会見で「犠牲を払ってきた沖縄の人たちに、これ以上の負担を強いるわけにはいかない」と話した。
 「米軍再編や在日米軍基地の在り方について見直しの方向で臨む」とした連立合意を踏まえれば、譲れない一線であったろう。
 一方の首相は、福島氏を罷免した後の会見で「国民の安全と生活にかかわる」と強調した。沖縄の人々を切り捨てておきながら、安全や生活を説く神経が知れない。政権トップの感覚、政治家としての資質さえ疑う。
 普天間全面返還で日米が合意した1996年、橋本龍太郎首相が出した沖縄問題についての首相談話は冒頭、こう記されている。
 「大戦で沖縄県民が受けた大きな犠牲と、県勢の実情、今日まで県民が耐えてきた苦しみと負担の大きさを思うとき、努力が十分なものであったか謙虚に省みるとともに、沖縄の痛みを国民全体で分かち合うことがいかに大切であるかを痛感している」

■民意無視合意は破綻
 侵略と植民地支配を認めて謝罪した95年の「村山談話」もそうだが、首相談話は政権が代わろうとも脈々と生きる、いわば普遍性を帯びたものだ。代々の政権は談話を踏まえた対応が基本的には求められる。
 橋本談話から14年。今回の日米共同声明はどうか。冒頭に日米同盟の意義を「抑止力の提供」など軍事的観点から長々と記し、二つ目の文脈でやっと「沖縄の負担」のことが出てくる。
 それも「閣僚は、沖縄を含む地元への影響を軽減するとの決意を再確認し、日本での米軍の持続的なプレゼンスを確保していく」とあっさり。後段で「過重な負担」の記述はあるが、全体として軍事優先の色合いが濃い。
 橋本談話にある「謙虚に省みる」姿勢や、痛みを「国民全体で分かち合う」大切さは忘れ去られた格好だ。
 そもそも、沖縄の積年の痛みを「負担の軽減」などという常套(じょうとう)句で片付けてほしくない。県民の切なる願いは「耐え難い苦痛の解消」であり、痛みを「再発させない抜本策」なのである。
 民意無視の合意はいずれ破綻(はたん)しよう。日米両政府は国外移設を軸に、実現性のある移設策を探るほうが賢明と知るべきだ。

« 米、辺野古拡大を要求 自衛隊共同使用 事実上の拒否 | トップページ | 「衝突回避」呼び掛け=哨戒艦事件の対話解決強調―中国首相 »

日米関係」カテゴリの記事