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2010年5月29日 (土)

司令塔不在で迷走=辺野古回帰の舞台裏-普天間移設

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010052800883
司令塔不在で迷走=辺野古回帰の舞台裏-普天間移設

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先は結局、現行計画と同じ同県名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部に回帰した。就任前に「最低でも県外」と訴え、自縄自縛に陥った鳩山由紀夫首相。迷走の舞台裏を検証した。

 ◇幻の民間人補佐官

 「安全保障担当の首相補佐官になってほしい」。3月20日、首相官邸の会議室。首相は、野党時代からアドバイスを受けていた軍事アナリスト・小川和久氏を前にこう要請した。
 移設先選びは、平野博文官房長官の役目だった。しかし、平野氏が主導した米軍ホワイトビーチ(同県うるま市)沖埋め立て案は、当初から実現可能性が疑問視され、「安全保障政策に疎い」と平野氏への風当たりが強まっていた。一方、「現行計画が最善」と繰り返す米国を動かすには、計画をまとめた外務・防衛両省に頼るわけにもいかない。民間人を補佐官に起用する案は、「何とか辺野古以外に」という首相の思いの表れだった。
 しかし、「小川補佐官」構想は不発に終わる。関係者は「佐野忠克首相秘書官が『かえって仕事がしにくくなる』と排除したため」と証言する。小川氏は官邸からの要請で、政府の肩書を持たないまま5月上旬にワシントンを訪問。国務省や国防総省の高官と接触したが、局面打開にはつながらなかった。民主党幹部は「官邸の動きがばらばら。司令塔が不在だった」と振り返る。

 ◇首相、前政権の否定に固執

 3月の党首討論で、首相は「当然腹案は用意している」と公言、県外移設に自信を示した。軸となるのは、鹿児島県・徳之島へのヘリ部隊移転案だった。民主党衆院議員を通じて感触を探っていた首相は、「実現は可能」と踏んでいたようだ。
 しかし、地元の反発は首相の予想を大きく上回り、4月18日の反対集会には全島民の半数以上が結集。結局、ヘリ部隊の本格移設はあきらめざるを得ず、訓練移転の可能性を探るしかなくなる。首相は今月4日に就任後初めて沖縄を訪れ、「すべて県外は難しい」と、県外移設の断念を表明した。
 それでも、現行計画見直しに向けた首相の模索は続く。自公政権が米側と合意した案に戻れば、政権交代の「意義」が問われかねないとの危機意識からだ。首相は、現行計画の辺野古埋め立てを「自然への冒涜(ぼうとく)」と断じ、埋め立て以外の計画で差別化を図ろうと執念を見せる。
 ただ、首相に確かな目算があったわけではない。米国との実務者協議で日本側が「環境への負荷が少ない」として持ち出したのは、過去にも検討されたくい打ち桟橋工法。米側は工事の長期化やテロ攻撃へのぜい弱性から突っぱねた。
 沖縄、米国、連立与党も納得する案がないまま、首相自らが決着期限とした5月末が迫った。参院選を控え、民主党内では「『民主は駄目だ』と毎日批判される」(参院議員)との悲鳴が上がり、退陣論が噴き出しかねない雲行きとなる。岡田克也外相や北沢俊美防衛相を中心に、工法などは棚上げして大枠で米国の合意を取り付け、「決着」の体裁を取り繕う戦略が浮上した。
 日米交渉が大詰めを迎えていた20日に、首相官邸で開かれた関係閣僚会議。「なぜ腹をくくれないのか」。共同声明に「辺野古」を書き込むかどうかで煮え切らない首相を前に、北沢氏が声を荒らげると、首相はようやく現実を受け入れた。首相は23日、再訪問した沖縄で辺野古への移設を表明。しかし、事態をこじらせた結果、普天間返還への道が自公政権時代にも増して困難になったことは間違いない。迷走の代償は大きかった。(2010/05/29-02:30)

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