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2010年2月 9日 (火)

【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 政権こそ安保50年の意味を学べ

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100209/plc1002090347000-n1.htm

【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 政権こそ安保50年の意味を学べ

現行日米安保条約の締結から50年、1月19日に両国の外交・防衛担当4閣僚が発出した「共同発表」と鳩山由紀夫首相による「談話」を読んで驚いた。

 「共同発表」の文面限りでは日米安保体制は順調である。橋本首相、クリントン大統領による14年前の「日米安保共同宣言」にあった「歴史上最も成功している2国間同盟の一つ」という賛辞こそ見当たらないが、両国間に調整困難な問題はなに一つないかのようだ。他方、「協力」は花盛り。邦文全54行中に13回登場する。

 ≪美辞麗句ずくめの共同文書≫

 問題の「沖縄」が出てこないわけではない。だが、「閣僚は、沖縄を含む地元の基地負担を軽減するとともに、変化する安全保障環境の中で米軍の適切な抑止力を支持」という表現に、普天間移設をめぐる両国政府間の今日のいざこざを嗅(か)ぎ付けることはできない。これなら自民党政権だって書ける。だが、自らの軽挙が原因で混迷する日米関係の実情を、かくも美辞麗句ずくめの外装で飾って、鳩山政権よ、本当に大丈夫か。

 50周年「共同発表」に美辞麗句が必要なのは分かる。が、「半世紀に一度」の機会、本来ならば両国首脳の共同文書こそがふさわしい。鳩山首相はそれを望んだ。現状に鑑(かんが)みて米国がそれを断った。そこで鳩山首相はオバマ大統領の今年11月訪日の可能性を読み、その際に「日米安保体制を中核とする日米同盟」の深化に向けて首脳級共同宣言を発表する意向を、国内向け「談話」中で示唆した。

 全文20行の首相「談話」は、過去、現在、将来にわたって日米安保体制の礼賛に満ちている。今日までの日本の平和と安全、経済的発展も、アジア太平洋地域の安定と繁栄も、「日米安保体制があったから」。日本の安全保障環境は厳しいが、現在および将来にも日米安保体制下、「米軍の抑止力」と日本の「防衛力」が相まって、日本の「平和と安全を確保」していく。アジア太平洋地域の平和と繁栄にとり、日米安保は「いわば公共財」たり続ける、と。

 ≪「結果オーライ」だけでよいか≫

 ただ、首相の目論(もくろ)む首脳級共同宣言の前提が最低限、普天間移設先に関する日米間の新-あるいは旧-合意の達成であるのは明らかだ。連立政権案が沖縄県辺野古、県内他所、県外、国外のいずれになろうと、辺野古以外では日米交渉の妥結にはかなりの時間と双方に深傷の覚悟が不可欠だ。辺野古の場合、身から出た錆(さび)とはいえ3党連立政権の存続そのものが危うい。鳩山政権に満身創痍(そうい)の覚悟なくしては、次なる首脳級「日米安保共同宣言」はあり得ない。八方美人首相に満身創痍の覚悟ありや。

 遺憾なのは今回、「国民の皆様」に向けて首相が日米安保体制称賛のかたわら、その成功の仕組みを今一度虚心に眺め直そうと説かなかったことだ。今日、安保条約に対する国民の肯定度は極めて高い。1年前の最新の内閣府調査で、安保条約は「日本の平和と安全に役立っている」との声は76%を超えた。が、それは率直に言って「結果オーライ」にすぎぬ。「結果オーライ」は結構だ。ただ、残念ながらそれは、どのような仕組みで日米安保は日本に平和と安全を保障してきたかについての国民の無関心、無知識と表裏一体なのである。自分の経験から、私はそう断言する。

 ≪異形同盟に不可欠の相互信頼≫

 日米安保条約は独立国間の同盟条約として他に類例のない構造をもつ。第6条で米国は日本共同防衛の義務を負うが、日本に米国共同防衛の義務はない。代わりに第6条で日本は日本の安全と極東での平和と安全の維持のため、米軍に基地を提供する義務を負う。防衛面で片務的、全体で「非対称双務的」だ。同盟は各締約国がそこに利益を見いだすから成立する。日米でも例外ではない。だが、日米間では双方が「異形の義務」を負うため、手に入れる利益も「異形、異質」である。利益もバランスの計算は一筋縄ではいかない。

 サル・カニ合戦で「柿のタネとニギリメシ」の等価交換はなぜ成立したのか。獲得する「異質の利益」をサルとカニが等価と見たからだが、その利益計算は物理ゲームでなく心理ゲームである。安保条約を媒介とする日米間の利益計算は、まさにそれなのだ。しかも、サル・カニ間の等価交換は一回きりだったが、日米間では国際情勢の変化次第で利益のバランス計算は幾度も繰り返される。

 そのつど、不満が表面化する。代表例はかつての「安保タダ乗り」という対日批判だった。それでもこの異例かつデリケートな同盟の仕組みが50年の長きにわたって成功裏に存続したのは、ときにいずれかの側に噴出する不満をしのぐ相手方への信頼感が両国政府に働いてきたからだ。異例の条約構造の下での「異形、異質の利益」バランスと相互の信頼感。それが鍵であることを日本国民はもっと知らなければならない。それを説くのは本来、政府の責務だが、さし当たっては鳩山政権自身がそのことを学ばなければなるまい。(させ まさもり)

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