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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2010年1月 7日 (木)

特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 経済同友会終身幹事・品川正治さん

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100106dde012040032000c.html
特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 経済同友会終身幹事・品川正治さん

◇人間の目で進め--品川正治さん(85)

 右ひざの裏に、迫撃弾の破片が埋まっている。1945(昭和20)年、中国北部戦線で砲撃を受けた際の傷跡だ。一つ一つは粒状だが、レントゲンには手の親指大ほどの塊が写るという。「専門家の分析では、純度100%に近い鉄製なんだそうです」。品川正治さんが、照れたような笑みを見せて話し出す。小さく、しかし太い声である。

 「あの時代にしては随分と高価な弾をもらいましたよ。普通なら鉛害で足がとっくに腐っていたそうです。しかし破片を4発くらって、こいつだけは取り出せない。今でも時々神経に悪さをしてね」。痛みに襲われる度に65年前の記憶がよみがえる。「だからこそ、日本は戦争をしないと改めて訴えたいんです」

    ■

 国家が始めた戦争で、どう生きるのが正しいか、どう死ぬのが正しいのか--。そう模索していた旧制高校の2年在学中、召集令状を受け取った。出征した先は旧満州(中国東北部)などの駐留占領軍ではなく、最前線の戦闘軍。部隊はほぼ全滅したが、行軍は続いた。

 「命令でしたから。ところがポツダム宣言受諾で入った捕虜収容所で、約1000人はいましたか、『終戦』派と『敗戦』派で論争が起こるんです。負けを潔く認めようと言う人と、学校で教えられた神国不敗観で敗戦とは呼べないという争いでした。最後は『終戦』に落ち着きましたがね」。二度と戦争はやらない意味での終戦だった。

 「以来、日本は憲法9条を堅持してきたわけです。正確には、戦争を『やれない』。憲法が禁じているからです。再軍備でその御旗(みはた)はぼろぼろですが、国民は旗ざおだけは放さない。主権の発動としてだれ一人殺さず、自衛隊員も殺されていないんです。米国は冷戦時代に日本を対東側の防波堤にしようとしたけれどできなかった。50年前の60年安保闘争が岸信介首相に断念させた結果なんです」

 だが時は移った。安倍晋三政権時の3年前に成立した改憲国民投票法は、5月に施行される。「うーん。鳩山(由紀夫)首相も改憲議員連盟に名を連ねてはいますが、今の内閣では大丈夫でしょう。少なくとも、成文憲法の改正の動きはないと信じています。ただ問題がねえ」

 品川さんは、茶を飲む手を止め、たばこに火を付けた。ひと息吸って、大きく吐く。「小沢一郎さん(民主党幹事長)が国連の安保理決議があれば自衛隊を戦地に送れると語っているでしょう。国家が人殺しに行かせるわけです。それで、官僚の国会答弁は禁止。『集団的自衛権はあっても使えない』という内閣法制局長官の見解を口封じする意図だとしたら、私は真っ向、反対しますがね」

 語気、鋭い。一兵たりとも戦闘地域に派遣させたくない。応召前は苦行僧のように勉強したという。戦地で散るなら読んでおきたい本は読み終えてから逝きたいと。

 しかし今、国際協調精神を放棄してもいいのだろうか。「それは、国家として戦争を考えるからです。人間としての目で見たなら許されない。何のための外交か。紛争の未然防止を図る人道支援も国連外交……私のような生き残りにはトラウマがあるんです。戦友が、何度も何度も私の名前を連呼して『助けてくれ』と叫ぶんです。私も迫撃弾を浴びて動けない。それでも、今も罪の意識がつきまとう。あいつを死なせて、おれだけ帰って来た」

    ■

 2010年。高齢化社会とはいえ、生身で戦闘体験を持つ国民は少なくなった。永田町の住人のほとんどが戦後生まれだ。一方で、米国からは、憲法9条のある限り「真の日米同盟」はないとの声も伝えられてくる。

 

「憲法の原案を作成したのは米国なんですがね。まあ、9条を捨てても米英のような固い結束は保てません。しかも日米の軍が一体というのは冷戦の論理ですよ。9条抜きでは『東アジア共同体』構想も言えなくなる。経済的には日米中なのに」。そもそも日米は価値観を共有しているという認識が誤りというのだ。

 「原爆投下を正当化する国と、落とされた国の価値観が一緒だなんて、あり得ない。自国の『正義』で戦争をしている国と同じ価値観だという論調には私はくみすることができないんです」。紫煙をくゆらせた。フィルターの根元まで吸う。物資欠乏の時代に育ち、一片も無駄にしない性格が体に染みついている。

 「民主国家、資本主義経済だから同じ価値観と言うんでしょうが、米国の社長の給料は社員の何百倍ですよ。市場原理主義の下、資本家のために働いて」。日本も00年から構造改革と規制緩和で市場原理主義への移行を試みた。だが気が付けば、セーフティーネットの底が抜けていた。

 「戦争と同じ。人間の目で経済を見なかったからです。『市場』はもうアダム・スミスの時の市場じゃないんです。資本も、もうけのための資本に化けてサブプライムローンのような考え方が登場する。日本の財界は、それを承知で自公政権に派遣労働者の雇用を認めさせ、在庫品のように扱ったんです」

 そして、正しいはずだった米国型の資本主義は崩れた。「この不況は長く続くでしょう。ならば、日本は日本型の資本主義に返るべきですよ。効率、利益一辺倒ではなく、少なくとも不況のしわ寄せをこれ以上、弱い立場の人には与えませんと」。なるほど、人間の顔をした経済。だが、そこまで米国型を否定して、日本異質論が日本企業の経済活動、ひいては安保に悪影響を与えないのだろうか。

 「米国は軍産複合体の国ですからね。日本の地方の公共事業と同じで、軍備の縮小は米経済に影響する。その辺も米軍再編の難しさです。しかし米国の覇権が崩れ、オバマ政権があり、日本には新政権が存在する。お互いまっさらなんですよ。価値観の違いを認め合い、立ち位置をはっきりさせる機会だと思うんです。ただ、変革の時ですからね。鳩山さんも、相手のメンツを立てる必要もあって悩んでいるんでしょう」

 今年を日米、日中、そして併合100年を迎えた日韓関係の新たな出発点と位置づける。日本が立ち位置を決める際には、国民世論の支持が不可欠だとも指摘する。米軍普天間飛行場の移設も「日本人が、国のあり方として見るべき問題だ」と。覚悟が、求められている。【根本太一】

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 2010年が幕を開けた。私たちは、高齢化とデフレ不況の兆しの中で、暮らしの展望を見渡せずにいるようだ。安全保障条約50周年を迎えた日米同盟関係にも、どうやらきしみが目立ち始めている。重くのしかかる閉塞(へいそく)感。4人の識者が日本が進むべき針路を提案する。

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