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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2009年12月27日 (日)

戦時下ソマリアで奮闘1カ月=邦人女性医師の黒崎さん

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2009122700056
戦時下ソマリアで奮闘1カ月=邦人女性医師の黒崎さん

 事実上の無政府状態が続くソマリアで医療活動を行った日本人女性医師がいる。長崎県の外科医、黒崎伸子さん(52)は2008年4月の1カ月弱、国際医療援助団体「国境なき医師団(MSF)」の一員として首都モガディシオ郊外の病院で患者を治療した。戦闘に巻き込まれた負傷者が「考えている暇がない」くらいに次々運ばれて来る一方、女性蔑視(べっし)が強く「女では話にならない」と騒ぐ男性患者を「わたしは外科医だ」と一喝して治療を続行した。
 27日までに時事通信に語った。現場は市街から車で約30分の砂漠にある「ダニレ病院」。石の壁に囲まれた野球場ほどの広さの敷地内に建物とテント合わせて100床ある。
 モガディシオで戦闘が始まると、車1台に8人、10人と患者が詰め込まれ運ばれて来る。現地のベテラン看護師が死亡、重体、入院と仕分け、重体患者を手術室に送り込む。脚が皮1枚でつながった女性や母親に抱かれたまま撃たれた赤ん坊もいた。
 患者があふれ、治りかけの患者は病室から追い出し病床を確保した。患者には、戦闘で父を失い、母もイエメンに出稼ぎに行って亡くなり、孤児になった子供もいた。苦しむ患者を前にしても「どうせ死ぬ」と投げやりな現地の医師とは怒鳴り合いになった。
 女性患者の手術をするか「決めるのは男で家長」というのがソマリアのルール。しかし、病院に来る家長は、働き盛りが戦闘で死んでしまったのか、老人が多かった。
 活動は、外国人を狙った誘拐の情報を察知したケニア事務所の指示で、ある日突然「看護師らに別れも言えないまま」緊急退避で終わった。それでも、空港でうなだれていると、MSFの旗を見つけた元入院患者の男児が見送りに来てくれ、少し救われた。ダニレ病院は今も現地の医師や看護師らの手で診療を続けている。(2009/12/27-14:45)

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