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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2009年9月 3日 (木)

変化を畏れる連中が説く「豹変のすすめ」

先に紹介した足新聞の社説もそうだが、この記事も民主に豹変を説く。なんとマスメディアとしての矜恃のないことか。(高田)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090903/stt0909030307005-n1.htm

【くにのあとさき】東京特派員・湯浅博 君子の豹変を希望する
ここは、2つの大戦を生きたフランスの政治家、アリステッド・ブリアンに登場願う。この人、ギリシャ以来の雄弁術の使い手で、大向こうをうならせるのを得意とした。これで首相を11回、外相を10回も務めた凄(すご)腕だ。

 でも、語彙(ごい)はそんなに多くなかったらしい。人々が好みそうなキャッチコピーを駆使して、変幻自在の抑揚で勝負した。「ヒトラーが悪い」という直球勝負もあるが、「平和」「協調」という心地よい弁舌が多かった。

 現代に当てはめれば「核廃絶」や「国民目線」が加わるかもしれない。今風のブリアンは米国ならオバマ大統領、弁舌の心地よさでは次期首相となる民主党の鳩山由紀夫代表あたりだろうか。

 日本でオバマ大統領といえば、あの核廃絶を唱えた「平和主義の司祭」であると受け取られている。今年4月のプラハ演説で、大統領は「核のない世界」を目指して米国が率先垂範すると宣言したからだ。鳩山代表はこれに呼応して9月下旬の国連総会演説で、核廃絶をにぎにぎしく訴えるらしい。オバマ演説に「共鳴してその先を行く」そうだ。

 だが、国際政治の舞台でブリアン流「平和」のささやきが出たら、発言者の腹の内を探る必要があるかもしれない。

 オバマ演説を子細にみれば、廃絶よりむしろ「核の不拡散」に力点が置かれている。大統領はまず、米国の道義的責任をうたい、「核のない世界」を目指すと倫理的な優位を印象づけた。だが真意はその次にある。「核兵器が存在する限りいかなる敵であろうとこれを抑止する」とし、「規則を破れば必ずその報いを受ける制度をつくる」と織り込んでいる。

 オバマ発言をもって、彼が「平和主義の司祭」と考える人は、よほどの楽天家であろう。むしろ、あのブリアンも、いまのオバマ大統領も「狡猾(こうかつ)なる戦略家」と考える方が妥当だ。

 主導したのはキッシンジャー元国務長官らの現実主義者である。米露間の核軍縮を呼び水に、北朝鮮、イランのほか、核を手にした小国からテロ組織に流出することを防ぐ。仮にも、核全廃の夢が実現したとして、米国は通常戦力でもなお優位にたてる。

 鳩山代表がかの狡猾外交を知らず、「核廃絶」の絶対平和主義をうたい上げるだけでは、「信頼に足らず」と見なされよう。核削減に必要なのは、力の均衡を崩さずにほどよく減らすことである。

 米国内では、そのオバマ戦略ですら「甘い」と批判される。シュレジンジャー元国防長官は「核のない世界」が実現したら、いつも、「何者かがひそかに核兵器を造っているのでは」と不安の中で生きねばならないとみる。そこで鳩山代表には、民主党のマニフェストを離れ、十分な日米間のすりあわせを願う。

 鳩山代表はかつて「常駐なき安保」を唱えて、在日米軍を国外に移駐し、有事に来援させる構想を描いた。あまりに虫の良い考え方に、当時のキャンベル国防次官補代理から「プレゼンスこそが抑止だ」と一蹴(いっしゅう)された。代表はとたんに、党の安全保障計画から「常駐なき安保」を削除した。

 同盟は相互利益と信頼がなければ成り立たない。国民の繁栄と安全を守るモノサシからは、ほどよい変節であった。論語にいう、君子の過ちは日月の食の如し、である。隠し立てせずに改めれば、すぐまた敬服される。

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