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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2009年7月11日 (土)

外務省内に核密約本文を保管 元外務省幹部が証言

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090711-OYT1T00153.htm

核密約問題、河野氏が政府答弁の修正要求へ

 日米両政府が核兵器を搭載した米艦船の寄港などを日本政府が黙認する密約を交わしたとされる問題で、河野太郎・衆院外務委員長(自民党)は10日、密約の存在を証言した村田良平・元外務次官と京都市内で会談した。

 河野氏は、村田氏が密約の存在を認めたとして、政府に答弁の修正を求める考えを明らかにした。河野氏は読売新聞の取材に対し、「13日か14日に記者会見し、政府に答弁の修正を求める」と語った。
(2009年7月11日07時00分  読売新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009071102000096.html

核密約答弁変更要求へ 河野外務委員長元次官に確認

2009年7月11日 朝刊

 一九六〇年の日米安全保障条約改定の際、核兵器を積んだ米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りを黙認することで合意した「核持ち込み」に関する密約問題で、衆院外務委員会の河野太郎委員長は十日、京都市内で元外務事務次官の村田良平氏と会い、密約があったことを直接確認した。河野氏は、これまで「密約はなかった」としてきたこれまでの政府答弁の変更を衆院外務委員会として政府に求めていく考えだ。

 河野氏は同日、本紙の取材に対し、村田氏が「詳しい文面は覚えていないが、(密約に)関連する文書があった」と、歴代次官が引き継いできた文書の存在も認めたことを明らかにした。河野氏は「今後、衆院外務委員会では政府側による『密約がなかった』との答弁は許さない」と、政府側に答弁の変更を求める方針を強調。

 さらに同委員会として、政府答弁の変更を求める決議を目指す考えを明らかにした。

 政府側はこれまで「密約」があったとの報道後も、一貫して存在を否定している。

 一日の衆院外務委員会でも、中曽根弘文外相が「歴代の首相、外相が密約の存在を明確に否定している。米軍による核持ち込みは事前協議の対象になっているが、米政府から事前協議の申し入れが行われたことがない」と答弁。梅本和義外務省北米局長も「密約といわれる文書を見たこともないし、外相に説明したこともない」と述べている。

 国会で決議が行われれば、政府側は答弁変更を余儀なくされる可能性が大きい。

 河野氏によると、密約問題をめぐる衆院外務委員会が検討する参考人招致について、村田氏は「個人的な事情で上京は難しい」としているが、河野氏らが村田氏のもとに出向く出張尋問には、前向きな姿勢を示しているという。

 村田氏は八七年から約二年間、外務事務次官を務めた。
◆追い込まれた政府

<解説> 河野太郎衆院外務委員長が「核持ち込み」にかかわる「密約」を事実と確認し、それを否定してきた政府答弁の変更を求める考えを示したことで、政府は極めて厳しい対応を迫られることになる。

 これまで歴代外相、外務省幹部は、一九九〇年代末に開示された米公文書で密約の存在が裏付けられているにもかかわらず、否定。元外務事務次官が存在を証言した後も、中曽根弘文外相は「報道は承知している」と受け流してきた。

 しかし、十日に密約の存在を確認した河野氏は、現役のしかも与党の衆院外務委員長。委員会では密約の存在を否定する答弁を認めない方針で、政府側もいいかげんな対応は許されない。

 政府は河野氏の判断や、元次官の証言に問題があるなら具体的に反論しなければならない。それができなければ、歴代外相らの否定発言を虚偽と認めざるを得ない。

 ただ、河野氏の委員長任期は二十八日の今国会期末まで。十二日の東京都議選の結果次第では、政局が流動化し、委員会審議や、答弁変更を求める決議が行われない可能性もある。衆院選直前で対決ムードが高まるとはいえ、与野党は委員会運営に協力し、真相を明らかにするよう努力すべきだ。 (政治部・篠ケ瀬祐司)

 <核持ち込みの密約> 米軍による核兵器の持ち込みは1960年改定の日米安全保障条約で定めた「事前協議」の対象としたにもかかわらず、核艦船などの日本通過・寄港を対象外とした日米の秘密合意。大平正芳外相が63年にライシャワー駐日大使に密約を確認したとする公電が米国立公文書館で見つかったが、政府は「事前協議がない限り、核持ち込みはない」と主張してきた。事前協議は、これまで一度も行われていない。日本は「核を持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則を国是としている。

http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009071101000162.html

外務省内に核密約本文を保管  元外務省幹部が証言

 核搭載した米軍艦船の日本への通過・寄港を容認することで日米両政府が合意した核密約問題で、外務省条約局長(現国際法局長)を歴任した元同省幹部は11日までに、共同通信に対し、核密約の内容を記した英語の「秘密議事録」が、冷戦時代から外務省内に保管されていたと証言した。日米安全保障条約を所管する同省北米局と条約局で厳重管理され、両局の歴代幹部、担当者の間で引き継がれていたという。

 密約本文である1960年1月6日付の「秘密議事録」そのものが、日本政府内に存在していた実態が明らかになったのは初めて。これまでは元外務事務次官の証言から、同議事録の内容を記した日本語記録が存在することしか分かっていなかった。村田良平氏ら4人の次官経験者の証言後も密約を否定する外務省は、国会などから真相開示を求める一層の圧力にさらされそうだ。

 冷戦後に条約局長を務めた元同省幹部によると、同局内には核密約に関する相当量の記録が残されており、条約課にそれをまとめたファイルがあった。その中には、核艦船の日本通過・寄港を、60年の日米安保改定で制度化された「事前協議」の対象外とみなすことを記した英文の「秘密議事録」が含まれていた。

 また同ファイルには、核艦船の通過・寄港を認める「口頭了解」の存在を指摘した81年のライシャワー元駐日大使の発言や、核艦船の日本寄港に関する74年のラロック退役海軍少将の米議会証言を踏まえた外務省内の対処ぶりや協議内容などをまとめた記録もつづられていたという。

 元幹部は「(日米両政府代表が)署名した原本は北米局、コピーが条約局に存在した」と言明。藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日大使が同議事録を正式に交わした60年1月から、外務省がこれを保管してきたとの見方も示した。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html
朝日社説:密約文書破棄―国民への背信ではないか

 1960年の日米安保条約改定の際、核兵器の持ち込みをめぐる日米密約が交わされた問題で、またもや新たな証言が飛び出した。

 情報公開法が施行された01年ごろ、当時の外務省幹部が密約の関連文書をすべて破棄するよう指示していた。元政府高官が匿名を条件に朝日新聞にそう明らかにしたのだ。

 これまで政府は、核艦船の一時寄港などは持ち込みとはみなさないというような密約は「存在しない、従って文書も存在しない」と繰り返し国会で答弁してきた。

 だが、最近になって、80年代後半に外務事務次官を務めた村田良平氏が密約の存在を認め、「事務用紙1枚に書かれて、封筒に入っていた」という文書が、歴代事務次官に引き継がれていたと語った。

 これに続く「破棄指示」の証言である。本当に破棄されたかどうかまでは確認されていないという。

 これは、国民に対する許し難い背信行為ではなかろうか。国益がからむ外国政府との交渉で密約が必要だったとしても、それは後年、国民に公開し、妥当性について説明するのが政府の責任であるはずだ。もう昔のことだ、世界は変わったのだからいいではないか、ではすまない。密約の内容、そして隠し続けたことへの批判に向き合わねばならない。

 主権者である国民に対して、政府が重大な事実を隠し、その証拠も処分してしまう。これではとても民主主義とは言えないではないか。

 この指示に、時の首相や外相、官房長官らは関与していたのだろうか。政治家抜きで、つまり官僚だけの判断で破棄が指示されたとすれば「官の暴走」と言うよりない。

 それなのに中曽根外相はきのう、問題を調査する考えはないと述べた。密約自体は半世紀も前の話だとはいえ、破棄が指示されたのは01年ごろのことだ。現役官僚も関与しているかもしれない。なぜ真剣に調べようとしないのか、納得できない。

 米国の公開公文書や関係者の証言で、密約の存在はすでに明らかになっている。それを「存在しない」と国民にうそをつき続け、さらには破棄指示の証言にまで無視を決め込む。麻生政権のこの態度は、無責任を通り越したものだ。

 麻生首相は間近に迫った総選挙をにらんで、自民党の政権担当能力を強調している。ここは事実関係の調査に乗り出し、長年の一党支配によるうみを出してみせたらどうか。

 民主党は、政権をとれば密約を含めて徹底的に情報公開をするといっている。総選挙を前に噴き出したこの問題は、日本の民主主義の成熟度を根底から問いかけている。
ラクイラG8―世界の変化まざまざと

 米欧日が合意すれば世界がついてくる時代ではない。イタリア・ラクイラでの主要国首脳会議(G8サミット)は、そんな多極化時代のG8の限界をまざまざと示した。

 大恐慌以来の世界経済危機に対処しようと、昨秋から2度にわたるG20金融サミットが開かれ、地球規模の政策協調の場として定着しつつある。9月に米ピッツバーグで3度目のG20が予定され、今回はG8が初めて「準備会合」の性格を帯びた。

 経済金融問題に関する首脳宣言は、景気安定化の兆しを踏まえて4月のロンドンG20宣言を焼き直したような内容になった。財政出動や金融面の危機対策を終わらせる「出口戦略」に言及したのが目立つ程度だ。危機防止のための金融規制など肝心のところはピッツバーグG20へ持ち越した。

 温暖化問題はG8と並行して開いた主要経済国フォーラム(MEF)が注目された。「先進国が50年までに温暖化ガスを80%以上削減する」とのG8合意をもとに、中国やインドなどに「50年までに全世界で半減」への同意を求めた。だが、反発されて「相当量削減する」との表現にとどまり、この点でも今後に宿題を残した。

 新興・途上国のまとめ役としても期待された中国の胡錦濤国家主席の突然の帰国も響いたのだろう。

 東西冷戦下の75年に仏ランブイエ城で初のサミットが開かれて34年。グローバル化と米国の地位の相対的低下が進んだ時代にふさわしい国際協調のあり方が模索されている。

 G8は当面、新興5カ国を加えた拡大会合を継続する。今回はこの会合で、世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンドの閣僚会合の9月開催と来年中の妥結を目指す首脳宣言をまとめた。これはひとつの成果だ。

 G20を温暖化や安全保障など幅広いテーマを話し合う場にする道も模索されてよい。その一方、オバマ米大統領が打ち出した「核安全保障サミット」のように課題別の拡大サミットが増える可能性もある。

 いくつもの枠組みが並行しながら世界的な合意を形成する過渡期が続くのかもしれない。

 もともとG20やMEFは米欧が提唱してできた。為替や金利などの政策協調で実績を上げてきたG8の指導的役割はなくならない。G20はきめ細かい合意を目指すには所帯が大きい。機動的対応や合意づくりの仕組みの点でも不安がつきまとう。G20を機能させるためにも、準備会合にはとどまらないG8の力量が問われそうだ。

 日本は安閑としていられない。重層化した協調システムに積極的に加わり、構想力を磨いて存在感を示していかなければならない。

 そういう時代に私たちはいる。

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