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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2009年6月 1日 (月)

60年安保『核持ち込み』 密約、外務官僚が管理 伝達する首相を選別

「密約」があるのは想像に難くなかった。そして、歴代の首相はみな知っていたであろうと考えていた。知らされていない者がいたというのは、やはり驚きを禁じ得ない。さしずめ、池田、鈴木、田中、三木、宮沢、細川、村山などなどか。怒りを通り越して、冷静に国家というものはなんなのかを考えさせてくれる事件である。(高田)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009060102000068.html
60年安保『核持ち込み』 密約、外務官僚が管理 伝達する首相を選別

2009年6月1日 朝刊

 一九六〇年の日米安全保障条約改定に際し、核兵器を積んだ米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りを黙認することで合意した「核持ち込み」に関する密約は、外務事務次官ら外務省の中枢官僚が引き継いで管理し、官僚側の判断で橋本龍太郎氏、小渕恵三氏ら一部の首相、外相だけに伝えていたことが三十一日分かった。四人の次官経験者が共同通信に明らかにした。

 政府は一貫して「密約はない」と主張しており、密約が組織的に管理され、一部の首相、外相も認識していたと当事者の次官経験者が認めたのは初めて。政府の長年の説明を覆す事実で、真相の説明が迫られそうだ。

 次官経験者によると、核の「持ち込み(イントロダクション)」について、米側は安保改定時、陸上配備のみに該当し、核を積んだ艦船や航空機が日本の港や飛行場に入る場合は、日米間の「事前協議」が必要な「持ち込み」に相当しないとの解釈を採用。当時の岸信介政権中枢も黙認した。

 しかし改定後に登場した池田勇人内閣は核搭載艦船の寄港も「持ち込み」に当たり、条約で定めた「事前協議」の対象になると国会で答弁した。

 密約がほごになると懸念した当時のライシャワー駐日大使は六三年四月、大平正芳外相(後に首相)と会談し「核を積んだ艦船と飛行機の立ち寄りは『持ち込み』でない」との解釈の確認を要求。大平氏は初めて密約の存在を知り、了承した。こうした経緯や解釈は日本語の内部文書に明記され、外務省の北米局と条約局(現国際法局)で管理されてきたという。

 文書を見たという次官経験者は「次官引き継ぎ時に『核に関しては日米間で(非公開の)了解がある』と前任者から聞いて、次の次官に引き継いでいた。これは大秘密だった」と述べた。

 別の経験者は橋本、小渕両氏ら外務省が信用した政治家だけに密約内容を知らせていたと語った。さらに別の経験者は「(密約内容を話していい首相、外相かどうか)役人が選別していた」と述べ、国家機密の取り扱いを大臣でなく官僚が決めていた実態を明かした。

 米軍は五三年以降、空母などに戦術核を搭載し日本近海に展開。冷戦終結後は、こうした海上配備の戦術核を米本土に引き揚げた。密約に関しては九〇年代末、その内容を記した米公文書が開示されている。 (共同)

 <核の持ち込み> 米軍による核兵器の持ち込みは、1960年改定の日米安全保障条約第6条(米軍による施設・区域使用)に関して両国政府が交わした交換公文で「装備の重要な変更」に該当し、同条約で定めた「事前協議」の対象になるとされた。日本側に事実上の拒否権を付与する事前協議は一度も行われておらず、日本政府は「事前協議がない限り、寄港も含め持ち込みはない」との見解を堅持。しかし核艦船などの通過・寄港を事実上、事前協議の対象としない秘密合意内容を記した「秘密議事録」(密約)が安保改定時に交わされた。63年には大平正芳外相とライシャワー駐日大使がその内容を確認した。 (共同)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009060202000094.html

『密約存在しない』 外務次官 次官経験者証言を否定

2009年6月2日 朝刊

 外務省の藪中三十二事務次官は一日の記者会見で、核持ち込みに関する日米の「密約」を外務省中枢が管理し、信用した歴代の首相や外相だけに伝えていたとの次官経験者証言について「そういう密約は存在しない。私自身、それ以外一切承知していない」と否定した。

 証言した次官経験者に事実関係を確認することについても「われわれの説明は一貫している。それ以上のことは必要ない」と述べた。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-145402-storytopic-11.html
琉球新報社説:日米核密約証言 もはや言い逃れはできない2009年6月2日

 1960年に日米安全保障条約(安保条約)が改定された際、米艦船や航空機に搭載された核兵器の持ち込みを、日本は黙認するという密約が日米間で交わされていたことが一段と鮮明になった。今回は外務官僚機構トップにいた人たちの証言だけに、政府も言い逃れはできまい。全容を国民に開示し、うそをついてきたことを率直に謝罪すべきだ。
 政府は、核兵器の持ち込みに関する事前協議制度について、日米間の合意は安保条約第6条の実施に関する交換公文と「核持ち込み」を事前協議の対象にするとの藤山・マッカーサー口頭了解以外にないとし、密約を否定。米政府から事前協議の申し入れがない以上、「核兵器の持ち込みはない」と答弁してきた。
 ところが、密約は外務省の歴代事務次官が管理、一部の首相や外相に伝えてきたと4人の次官経験者が証言した。
 密約の存在を裏付ける資料は米国の公文書公開に伴い、2000年ごろから報道されてきた。今回の証言を受け、政府はあらためて密約を否定しているが、事務方のトップを務めた次官の証言は重い。
 現在の日米安保条約は、51年のサンフランシスコ平和条約と同時に締結された安保条約を失効させた上で新たに成立した。
 旧安保条約に基づく米軍の駐留を引き続き認め、実態は改定とみなされ、「60年安保」ともいわれる。密約はその際、「秘密議事録」の形で文書化された。
 事前協議制度を設け、その運用として「現行の手続き」が盛り込まれたとされる。つまりは「旧安保の慣行でよい」との合意である。
 米政府戦略は「核兵器の存在は肯定も否定もしない」態度で一貫している。今後も米側から事前協議の申し入れがあり得ないのは明らかだ。
 日本は世界で唯一の被爆国であり、「核兵器は持たず、作らず、持ち込ませず」の三原則を唱えている。
 沖縄返還前の67年12月、沖縄を含む日本全体への「核兵器持ち込み反対」の世論に押され、当時の佐藤栄作首相が国会で表明、歴代政府もこれを国是として認めてきた。非核三原則の国是に反する密約を認めるわけにはいかない。政府は真相を明らかにし、改めるべきは改めるべきだ。

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