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2009年5月25日 (月)

【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 集団的自衛権の保有確認求む

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090525/plc0905250316000-n1.htm
【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 集団的自衛権の保有確認求む

 ≪鳩山代表も制限行使に関心≫

 何回目のことだろうか。政治家の間に集団的自衛権への関心が戻ってきたらしい。安倍政権当時にこの問題で安保法制懇座長を務めた柳井元駐米大使が先般、麻生首相に1年前の懇談会報告書の内容を説明した。安倍元首相も総選挙用マニフェストに集団的自衛権行使不可なる現行憲法解釈の変更を謳うよう、首相に進言したようだ。首相自身は就任時に、解釈変更への賛意を語っていた。

 21世紀に入ってから小泉、安倍、福田、麻生の4代の自民党首相中、この問題に無関心だったのは懇談会報告書をお蔵に入れた福田氏だけ。この人は自衛隊最高指揮官意識までもが不足していたのだから、例外なのだろう。他方、ことと次第で次期首相の可能性がある鳩山民主党新代表も先日、集団的自衛権の制限的行使についての関心を語った。因みに、小沢前民主党代表が現行政府解釈を正解視していないことも周知だ。

 昭和56年に出た現行の政府見解のままでいいと考えているリーダー格の政治家は、探しても見つけるのが困難だ。この事実があるのに集団的自衛権問題が現実には一歩も動いていないことは、不思議千万。が、不思議がっていても始まらない。観察が必要である。

 ≪現行では日米安保ももたぬ≫

 右の政治家や関係諸家の議論におおむね共通するのは、現行解釈のままでは日米安保体制がもたなくなるとの危惧である。日米安保体制がもたなければ日本の防衛も危うくなる。この危惧は正しい。そこで、日米安保体制が危うくなる事態とは何かが洗い出され、せめてその種の事態だけでも回避するための方策が探られる。「四類型」への対応を検討した安倍政権時代の安保法制懇の報告書は、その意味では画期的であった。

 因みに「四類型」とは(1)公海上での米艦の防護(2)米国に向かう弾道ミサイルの迎撃(3)国際的平和活動での武器使用(4)国際的平和活動での「後方支援」における武器使用、である。報告趣旨が活かされるならば、米国側の対日不満は大幅に解消されよう。

 ただ、同懇談会に加わった私は検討が四類型に絞られ、集団的自衛権に関する政府見解そのものの欠陥性が議論されなかったことに、当初から疑問を感じた。

 政府見解は、わが国は集団的自衛権を「国際法上は保有するが、憲法上その行使は不可」というものである。その際、「憲法上は保有か、非保有か」は全然吟味されていない。過去に法制局長官は「結局は行使は違憲なのだから、その吟味は無意味」との趣旨を述べた。シニカルな議論であり、ここに政府見解の最大の欠陥がある。分かりやすい例で考えてみよう。

 被選挙権なる権利がある。公職選挙法第11条、同11条の2の該当者以外、法定年齢以上の日本国民は誰もがそれを有するし、理論上はそれを行使できる。が現実には「地盤、看板、鞄」の3バンなき人間はその行使を考えまいし、その行使は茶番だろう。落選確実だからだ。ただ重要なのは、誰もが被選挙権を有するという確認が先行していることだ。

 個別的、集団的自衛権は国連憲章がすべての国家に認めている権利である。政府見解が日本は憲法上その行使は不可と言うのなら、まずその前提、つまり集団的自衛権の憲法上の保有、非保有の確認から始めるべきなのだ。後述するように、私は保有確認が可能と考える。ところが現実の政府解釈はそこのところを逃げてしまった。

 ≪原則解釈の確立が先決だ≫

 被選挙権論を3バン論から始めるのは順序が狂っている。同じように、集団的自衛権論議を「憲法上行使不可」論から始め、「保有・非保有」確認を飛ばしてしまうのもおかしい。今日出回っている集団的自衛権行使制限論ないし限定的行使論は、言ってみれば「3バン」論で被選挙権を論じるのに似ている。ボタンは上から掛けるべきで、「急がば回れ」なのだ。さもないと将来、「四類型」以上の新しい事態が予測されると、またもや議論が一から始まる。現に類型(2)、(3)、(4)などは十数年前には論議する人とてなかった。他方、「集団的自衛権を保有、その行使は合憲」の原則解釈を確立すれば、行使の範囲、態様などは爾後の政策マターとなる。

 鳩山民主党新代表の祖父鳩山一郎首相は就任早々の昭和29年12月、自衛権の保有に関する政府統一見解を出した。いわく、「憲法は、自衛権を否定していない。自衛権は国が独立国である以上、その国が当然に保有する権利である。憲法はこれを否定していない。従って現行憲法のもとで、わが国が自衛権を持っていることはきわめて明白である」。

 立派な解釈であり、以後、自衛権存否論争は止んだ。今日、右の文中の自衛権の語にそのつど「個別的および集団的」という言葉を冠すればよい。現行憲法中に集団的自衛権保有を否定する文言はないからだ。これで保有を確認し、しかるのち、保有する権利の行使の範囲、態様などにつき、国益の観点から活発に議論すべきなのだ。(させ まさもり)

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