無料ブログはココログ

許すな!憲法改悪・市民連絡会

« 昨日の憲法審査会規程をめぐる攻防について | トップページ | 28日の衆院議院運営委員会 »

2009年4月29日 (水)

【正論】平和・安全保障研究所理事長 西原正 日米の「共同対処」が試された

集団的自衛権行使へ産経のキャンペーンである。
今回の北朝鮮のロケット発射に際して現れたような日米間の矛盾への対応は保守派(右派)のなかでも対応は二つに分かれる。主流はこの西原のように、「だからもっと米国の要求する集団的自衛権について日本が行使できるようにすべきだ。そうしないと日米同盟が壊れてしまう。たいへんだ~」と主張する。一方、そんなに多くはないが、田母神俊雄前空幕長のように「だから、次第に日本独自の防衛力を強化すべきだ」という者もいる。今回出てきた「核保有論」者はそうした傾向にある。
いわば対米従属派と対米自立志向派だ。米国にはこの自立志向を警戒して「安保ビンのふた論」がある。
あえて言うが、日米安保体制は日本の平和を守るためにあるのではなく、あくまで米国の世界戦略の一環として存在する。このもとで、日本は米国の世界戦略に限りなく奉仕させられる。今回のグアム移転協定が端的にそれを示している。来年は日米安保50周年。これを機に西原氏の言うような日米軍事同盟ではなく、朝鮮問題での6カ国協議のような、日本国憲法第9条を生かした北東アジアの平和共生体制が目指されるべきだ。日米軍事同盟を破棄して、日米平和友好条約を結ぶことだ。(高田)

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090429/plc0904290333002-n1.htm
【正論】平和・安全保障研究所理事長 西原正 日米の「共同対処」が試された
≪日米安保5条想定の事態≫

 去る4月5日、北朝鮮が発射した「人工衛星」という名目のテポドン2号(改良型)ミサイルは大気圏外で軌道に乗ることなく、太平洋に落下したようだ。この予告された発射は日本への直接的脅威となる可能性があったため、日米両国はこれに備えたわけだが、幸い大事には至らなかった。

 今回のミサイル発射は、日米安全保障条約第5条の定めた事態、つまり「共同対処」の最初のケースになりえたのである
。果たして日米同盟は期待通りに機能したのだろうか。両国はどうすべきだったのか。

 まず、日米両国は安保条約第5条の「共同対処」をどこまで行ったのかという点である。

 第5条には「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」とある。今回の発射は名目上は「人工衛星」の打ち上げで、初めから日本への武力攻撃を表明したものではなかった。しかし、日本の「平和及び安全を危うくするもの」であることは明白だった。だからこそ日米はイージス艦やパトリオットを要所に配備して、「共通の危険に対処」する準備をしたのである。

 ミサイル発射後の情報伝達および日米間の連携に関しては、同盟は見事に機能した。発射後、直ちに米国の早期警戒衛星が認知し、1分後には日本側に連絡があった。政府の地方への連絡も極めて迅速に行われた。

 ≪北の核威嚇抑止するには≫

 

しかし問題は、ミサイル発射に関して日米が異なる対処方針を示していたことであった。日本はミサイル、あるいはその一部が日本の領土に落下するようであれば破壊する(3月27日安全保障会議)が、米国に向かって飛んでいく場合には迎撃しないとした。いわゆる個別的自衛権の行使であって、集団的自衛権の行使を拒否したものであった。

 

だが米国も、「米国に落下するのでなければ迎撃しない」(3月29日ゲーツ国防長官)としていた。つまり日本に落下する場合には迎撃しないということであった。これは米国が集団的自衛権行使を否定したことになる。

 日米安保条約にあるように「共通の危険に対処する」行動が情報収集および伝達に限られたのは、将来に問題を残す。

 米軍は自衛隊の対処で十分と考えたのか、あるいは北朝鮮を必要以上に刺激したくなかったのか。それとも日本側の集団的自衛権の行使否認の姿勢への不満の表明だったのか。理由は不明であるが、条約第5条に沿った「共同対処」とは言えなかった。米国の方針は安保条約第5条下の義務違反ではなかったとしても、将来日本への核の威嚇があった際にも、同じような方針をとることはあるのだろうかという不安が残る。

 次に気になったのは、日米を含む国際社会が再三北朝鮮に対して「人工衛星」の発射を国連安保理決議違反とし、さらに日本は飛んでくるミサイルは破壊すると表明したにもかかわらず、北朝鮮がそれを無視してしまった点である。このことが将来も起こるとすれば、深刻だ。将来、北朝鮮が日本に対して核による脅しをした時に、米国がこれに核報復の可能性を表明しても、核抑止の効果が働くだろうか、という疑問が生じる。

 今回の発射後、国連安保理で採択された議長声明を受けて、北朝鮮は非難声明を発し、「6カ国協議を悪辣(あくらつ)に妨害してきた」と日本を名指しで非難した。北朝鮮の敵意に満ちた言辞や挑発は自らの脆弱(ぜいじゃく)性を隠す「空威張り」のことが多いし、また譲歩を引き出すための常套(じょうとう)手段でもある。とはいえ、北朝鮮がどんな挑発行為に出てくるか分からないのであるから、当方は冷静さを失わずに警戒を強めておく必要がある。

 日米は北朝鮮に対しては何が抑止効果になるのかを真剣に検討すべきである。

 ≪グアム防衛と集団的自衛権≫

 最後に、今度のミサイル発射は失敗したとはいえ、北朝鮮は3800キロを飛ばしたことで、1998年の発射(これも失敗している)よりも技術を向上させた点である。これで重要なのは、北朝鮮が、太平洋で米軍の一大戦略基地になろうとしているグアム基地を間もなく射程圏に入れることができることである。

 グアムは今後、数隻の空母用の埠頭(ふとう)、戦略潜水艦基地、戦略爆撃機基地、海兵隊司令部などを擁する重要な基地になると言われる。そしてなによりも米軍が有事の際の日本防衛のために作戦を展開する基地となる。

 日本は自国の安全のために、グアムを狙うミサイルを迎撃できる法的、政治的態勢を整えるのが急務である。日米同盟の最大の弱点は日本が集団的自衛権の行使を拒否していることである。

 日米双方とも、同盟の機能を高めるためにすべきことは多い。(にしはら まさし)

http://www.nikkei.co.jp/neteye5/sunohara/index.html
シリーズ:米大統領選と日米関係・オバマ政権下の日米関係を考える(最終回) 対日厚遇と同盟再漂流(2009/3/27)

クリントン米国務長官との会談に臨む麻生首相(2月17日午後、首相官邸)
 対中重視と思われていたヒラリー・クリントン米国務長官は就任後、最初の訪問国として中国ではなく、日本を選んだ。バラク・オバマ大統領は外国要人としては初めて、日本の麻生太郎首相をホワイトハウスに招き入れ、日米連携の姿勢を強調した。

 連続して起こった2つの外交事例によって、導き出される結論は1つ。「過去の民主党政権と違い、オバマ政権は日米関係を極めて重視している」――。

 ある種の陶酔感に浸りながら、日本では今、そんな感覚が水面下で広がっているように見える。だが、本当にそれでいいのだろうか。事はそれほど単純なのだろうか。日米関係にありがちな日本側による勝手な「独りよがり」ではないだろうか。そんな問題意識を抱えながら、3月24日から久しぶりに米国の首都、ワシントンDCを訪ね、旧知の米外交専門家やオバマ政権の現役高官、ブッシュ前政権の高官らと意見交換を重ねてみた。

 彼らの声を通じて見えてきたものは懸念した通り、日本で聞かされていた「風景」とは全く異なるものだった。

日本の対米離反を懸念

 もちろん、国務長官と大統領による異例とまでいえる対日厚遇の背景には「それなりの意味」(ハムレ米戦略国際問題研究所所長)がある。第1に日本に強い「民主党アレルギー」を踏まえ、オバマ政権がブッシュ前政権と同じぐらい日本との関係を重く見ているというメッセージを伝えること。第2に、日本に対して「責任ある大国」としての自覚を促し、政治・経済をはじめとする、あらゆる側面で日本に応分の負担を求める狙いもある。

 だが、そうした表向きの理由をはるかにしのぐ懸念材料が今、オバマ政権の中枢には渦巻いている。すなわち、「日本が対米離反を加速させるのではないか」という不安感である。

 クリントン長官が来日した際、日本側は再三にわたって、北朝鮮による拉致被害家族との面談を求めていた。最終的にクリントン長官は自らの「政治決断」で面会に応じることを決めたが、当初、国務省を中心とするアジア政策グループは面会に否定的だった。ブッシュ前大統領がホワイトハウスで拉致被害家族と会ったように国務長官が会談に応じれば、日本では「オバマ政権も拉致問題の解決に最高レベルでコミットした」と解釈されかねない、と懸念したからである。ある国務省関係者は当時、「(日本の)外務省はとても危険なゲームを演じている」とあからさまに不平を漏らしていた。

 だが、そうした政府内の反対論をクリントン長官は一蹴した。「自分の政治家としての判断を踏まえれば、彼らには会うべきだ。同時に1人の人間として、また母親として愛する家族を拉致された人たちの思いはよく理解できる」。複数の米政府関係者によれば、事前に行われた部内会合でクリントン長官はそう述べたという。

 その判断の背景にはブッシュ前政権の末期、あまりにも米朝合意を急いだ結果、日本との十分な対話や根回し、また拉致問題への目配りをなおざりにしたライス前国務長官による対日外交での「減点」を何とか取り戻したいという動機があったのは明白だ。

 来日中、クリントン長官は民主党の小沢一郎代表とも面会した。時に日米関係軽視とも対米批判とも取れる言動を繰り返す小沢代表についても長官は「同じ政治家として、ああした言動を取る心情、立場はある程度理解できる」と語り、あえて問題視せずに小沢代表との面会に踏み切ったとされる。

 一連のクリントン長官による「高度な政治判断」の背景について、ある国務省OBはこう指摘する。

 「オバマ政権は日米関係が今、極めて難しい状態にあるという認識を持ちつつある」――。

関係悪化をいかに食い止めるか

 片や、与党・自民党に目をやれば、麻生内閣は史上まれにみる低い支持率から脱することもままならず、酩酊者のようなおぼつかない足取りでかろうじて政権運営を続けている。一方の民主党でも「次の総理」と呼ばれる人たちから次々と信じられないような言動が後を絶たない。小沢代表による「在日米軍は(横須賀を母港とする)第七艦隊だけいてくれればいい」といった趣旨の発言はその代表例だ。

 近い将来、確実に現実のものとなる総選挙はもちろん、いくつかの政治的ヤマ場を越えなければ日本の政局、ひいては政情、政権の安定は望めない。米国から見て深刻な問題はその「移行期」をいかにしのぎ、日米関係の悪化を最低限に食い止めるか、という点にある。

 アーミテージ元国務副長官をはじめとするワシントンの日本専門家が在日米軍・第七艦隊を巡る「小沢発言」について「意図的に相手にせず、無視することにしよう」というコンセンサスを作り上げた理由も同じところにある。つまり、「下手に反論すれば、日本のナショナリズムをいたずらに刺激し、かえって対米離反をあおりかねない」という政治的な判断が背景で働いているのである。

 加えて、野球でいえば守りの要とされるセンター・ラインに相当する駐日米大使、アジア担当国務次官補の2つの要職の人選も固まらず、オバマ政権のアジア政策もまだ、確固たる羅針盤を持つには至っていない。こうしたいくつかの要因が複雑に絡み合って、日米同盟は今、糸の切れかけた凧(たこ)のように逆風の中で揺らいでいるというのが偽らざる「実像」だといっても過言ではない。

 日米間に生じた空隙(くうげき)を最大限に利用し、自らの利益誘導を目指す者(国)は誰か。その筆頭はもちろん、弾道ミサイル「テポドン」の発射を予告し、またも国際社会に恫喝(どうかつ)外交を展開する北朝鮮である。さらに日本側の度重なる要請、警告にもかかわらず、東シナ海や尖閣諸島周辺で一定の軍事力を背景に威嚇行為を続ける中国の存在も見逃せない。

 にもかかわらず、日米両国には今、その同盟関係のタガを締め直し、力強く前進させるパワーもエネルギーもない。その深遠には日米双方の人脈パイプの枯渇や、ポスト冷戦後における同盟関係の在り方を十二分に位置付けられていない現状、日米双方の政策決定者による同盟の必要性に関する透明性・説明責任の欠如など様々な理由が山積している。

同盟関係は「酸素のようなもの」

 著名な日本研究家の1人、ケント・カルダー氏が「同盟の自己資本」と呼ぶ、種々の同盟支持基盤は一夜にしてできるものではない。それらを着実に強化していくためには忍耐強い愛情・尊敬の念や丹念な気配りなどが欠かせない。だが、相も変わらず、「拉致問題」を北朝鮮政策における最重要課題と位置づける政府・与党や、日米同盟の中核的存在である在日米軍を政争の具に仕立てようとしているような民主党にはそうした姿勢は垣間見えない。彼らに共通しているのは漂流寸前にある日米同盟に対する危機感の欠如である。

 「同盟関係は酸素のようなもの。日ごろはその存在の重要性に気付きもしないが、なくなって初めて、いかに大切なものであったのかが分かる」――。

 オバマ大統領によって次期駐日米大使就任を打診されているジョセフ・ナイ米ハーバード大学教授はかつて、日米同盟についてこう評したことがある。冷戦終結後の1990年代半ば、戦略的目標を喪失し、漂流し始めていた日米同盟はその後、ナイ教授らの努力もあって、何とか元の軌道へと回帰した。だが、日米両国は今、再びその軌道を見失いつつある。

 日米両国だけでなく、21世紀のアジア太平洋地域において平和と安定を維持するためには欠かせない「公共財」とまでいわれるようになった日米同盟。空気のような、その存在の意義を我々は改めて自らに問い直すべきではないだろうか……。

« 昨日の憲法審査会規程をめぐる攻防について | トップページ | 28日の衆院議院運営委員会 »

集団的自衛権」カテゴリの記事