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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2008年11月 2日 (日)

田母神論文問題で各紙社説

各紙社説の多くは田母神論文の危険性と水準の低さを指摘しているが、産経は擁護した。この問題では読売と産経の立場が分かれた。朝日、東京、読売、産経のみを紹介する。東京が首相の認識を問うているのは正解だ。読売の集団的自衛権にふれた箇所が、苦しくて、面白い。(高田)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
空幕長更迭―ぞっとする自衛官の暴走

 こんなゆがんだ考えの持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは。驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である。

 田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長が日本の植民地支配や侵略行為を正当化し、旧軍を美化する趣旨の論文を書き、民間企業の懸賞に応募していた。

 論文はこんな内容だ。

 「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」「我が国は極めて穏当な植民地統治をした」「日本はルーズベルト(米大統領)の仕掛けた罠(わな)にはまり、真珠湾攻撃を決行した」「我が国が侵略国家だったというのはまさに濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)である」――。

 一部の右派言論人らが好んで使う、実証的データの乏しい歴史解釈や身勝手な主張がこれでもかと並ぶ。

 空幕長は5万人の航空自衛隊のトップである。陸上、海上の幕僚長とともに制服の自衛官を統括し、防衛相を補佐する。軍事専門家としての能力はむろんのこと、高い人格や識見、バランスのとれた判断力が求められる。

 その立場で懸賞論文に応募すること自体、職務に対する自覚の欠如を物語っているが、田母神氏の奇矯な言動は今回に限ったことではない。

 4月には航空自衛隊のイラクでの輸送活動を違憲だとした名古屋高裁の判決について「そんなの関係ねえ」と記者会見でちゃかして問題になった。自衛隊の部隊や教育組織での発言で、田母神氏の歴史認識などが偏っていることは以前から知られていた。

 防衛省内では要注意人物だと広く認識されていたのだ。なのに歴代の防衛首脳は田母神氏の言動を放置し、トップにまで上り詰めさせた。その人物が政府の基本方針を堂々と無視して振る舞い、それをだれも止められない。

 これはもう「文民統制」の危機というべきだ。浜田防衛相は田母神氏を更迭したが、この過ちの重大さはそれですまされるものではない。

 制服組の人事については、政治家や内局の背広組幹部も関与しないのが慣習だった。この仕組みを抜本的に改めない限り、組織の健全さは保てないことを、今回の事件ははっきり示している。防衛大学校での教育や幹部養成課程なども見直す必要がある。

 国際関係への影響も深刻だ。自衛隊には、中国や韓国など近隣国が神経をとがらせてきた。長年の努力で少しずつ信頼を積み重ねてきたのに、その成果が大きく損なわれかねない。米国も開いた口がふさがるまい。

 多くの自衛官もとんだ迷惑だろう。日本の国益は深く傷ついた。

 麻生首相は今回の論文を「不適切」と語ったが、そんな認識ではまったく不十分だ。まず、この事態を生んだ組織や制度の欠陥を徹底的に調べ、その結果と改善策を国会に報告すべきだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008110202000086.html
空幕長更迭 首相の認識も聞きたい

2008年11月2日

 侵略を正当化する偏った歴史観を持つ人物が空自トップを務めていた。論文にまでしたのは確信的な行為だ。更迭は当然だが内外の信頼を損ねた。最高指揮権を持つ首相の歴史認識を聞いておきたい。

 防衛省の綱紀の緩みを象徴する事件が起きた。航空自衛隊トップの肩書を持つ田母神俊雄航空幕僚長が政府見解を真っ向否定する論文を世に問うた。

 「わが国が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」「日本政府と日本軍の努力で現地の人々は圧政から解放された」などと、侵略や植民地支配を正当化した。一方で「自衛隊は領域の警備もできない、集団的自衛権も行使できない、がんじがらめで身動きできないようになっている」と、暗に集団的自衛権行使を求める主張もした。

 政府は一九九五年の村山首相談話で「植民地支配と侵略でアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と、侵略を明確に認めて謝罪、歴代政権も踏襲している。

 個人がどのような歴史認識を持とうが自由である。しかし、武装実力組織を指揮し、その発言が対外的にも責任を伴う立場にある自衛隊首脳が、政府見解に反する主張を論文という形で勝手に訴えるのは不見識極まりない。

 集団的自衛権行使に関しても、政府の憲法解釈で禁止されていることへの不満がうかがえる。制服組が軽々しく言及すべきことではない。文民統制を逸脱しているのは明らかだ。

 浜田靖一防衛相は即座に更迭を決めた。今のところ中国、韓国側の反応は冷静なようだが、この問題が蒸し返されることがあれば、良好になりつつある関係もおかしくなるだろう。アジアの人々から日本人の歴史観に疑念を抱かれることがあっては、先人たちの苦労が水の泡になる。

 麻生太郎首相は先の訪中で中国メディアに村山談話踏襲の意向を説明している。田母神論文は「適切でない」と語ったが、適切でないのはその中身かどうか、ぜひ確認しておきたい。麻生内閣には、歴史問題に絡んだ発言で過去に物議を醸した中川昭一財務相もいる。

 この問題に対する首相の処理が早かったのは、事態を重視した表れで妥当だった。しかし野党は政権の体質がにじみ出た事件だとして、国会で徹底追及する構えだ。首相は今後禍根を残さないよう、明確なメッセージを発信してけじめをつけるべきではないか。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20081101-OYT1T00763.htm
空幕長更迭 立場忘れた軽率な論文発表(11月2日付・読売社説)

 航空自衛隊のトップという立場を忘れた、極めて軽率な行為だ。

 政府は、「我が国が侵略国家だったというのは濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」などとする論文を発表した田母神俊雄・航空幕僚長を更迭した。

 麻生内閣も、「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」として反省と謝罪を表明した1995年の村山首相談話を踏襲している。

 浜田防衛相は、「政府見解と明らかに異なる意見を公にすることは、航空幕僚長として、大変不適切だ」と更迭の理由を述べた。当然だろう。

 論文の内容が判明した直後、迅速に人事を断行したのは、国会審議や近隣諸国との関係に及ぼす悪影響を最小限に抑える狙いもあったとみられる。

 論文は、民間企業の懸賞論文に応募したものだ。戦前の日本による植民地支配や昭和戦争について、一貫して日本の立場を正当化しようと試みている。

 日中戦争については、「我が国は蒋介石により引きずり込まれた被害者」と主張している。だが、戦争全体を見れば、日本の侵略だったことは否定できない。

 日米戦争の開戦も「アメリカによって慎重に仕掛けられた罠(わな)」と決めつける。

 論文は、事実誤認や、歴史家の多くが採用していない見方が目立っており、粗雑な内容だ。

 もとより、歴史認識というものは、思想・信条の自由と通底する面があり、昭和戦争に関して、個々人がそれぞれ歴史認識を持つことは自由である。

 しかし、田母神氏は自衛隊の最高幹部という要職にあった。政府見解と相いれない論文を発表すれば重大な事態を招く、という認識がなかったのなら、その資質に大いに疑問がある。

 論文には、集団的自衛権が行使できないとする政府の憲法解釈や自衛隊の武器使用の制約など、重要な問題提起も含まれている。だが、この論文の文脈の中で主張しても、説得力を持たない。

 こうした問題の多い論文の発表を、なぜ、だれもチェックできなかったのか。これでは、自衛隊に対する国民や諸外国の信頼が揺らぎかねない。

 防衛省は、今回のような事態の再発を防ぐには、制服組の自衛官の教育と人事管理を強化する必要がある。政治の文民統制(シビリアンコントロール)のあり方も問われかねない。
(2008年11月2日02時16分  読売新聞)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081102/crm0811020318002-n1.htm

産経【主張】空自トップ更迭 歴史観封じてはならない
2008.11.2 03:17

 航空自衛隊の田母神俊雄幕僚長が、先の大戦を日本の侵略とする見方に疑問を示す論文を公表したとして更迭された。異例のことである。

 田母神氏の論文には、日本を「蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者だ」とするなど、かなり独断的な表現も多い。

 さらにそうした論文を公表すれば、インド洋での給油支援を継続するための新テロ対策特措法の国会審議などに影響が出るのは明らかである。政府の一員としてそうしたことに配慮が足りなかったことは反省すべきだろう。

 だが第一線で国の防衛の指揮に当たる空自トップを一編の論文やその歴史観を理由に、何の弁明の機会も与えぬまま更迭した政府の姿勢も極めて異常である。疑問だと言わざるを得ない。

 浜田靖一防衛相は、田母神氏の論文が平成7年、村山富市内閣の「村山談話」以来引き継がれている政府見解と異なることを更迭の理由に挙げた。確かに「村山談話」は先の大戦の要因を「植民地支配と侵略」と断じており、閣議決定されている。

 だが、談話はあくまで政府の歴史への「見解」であって「政策」ではない。しかも、侵略か否かなどをめぐってさまざまな対立意見がある中で、綿密な史実の検証や論議を経たものではなく、近隣諸国へ配慮を優先した極めて政治的なものだった。

 その後、談話を引き継いだ内閣でも新たな議論はしていない。このため、与党内には今も「村山談話」の中身の再検討や見直しを求める声が強い。田母神氏の論文がそうした政府見解による呪縛(じゅばく)について、内部から疑問を呈したものであるなら、そのこと自体は非難されることではないはずだ。

 政府としては、参院での採決の時期が微妙な段階を迎えているテロ特措法や、来月に予定されている日中韓首脳会談への影響を最小限に抑えるため、処分を急いだとしか思えない。

 テロ特措法の早期成立も中国や韓国との関係も重要である。しかし、そのために個人の自由な歴史観まで抹殺するのであれば、「言論封じ」として、将来に禍根を残すことになる。

 むしろ今、政府がやるべきことは「村山談話」の中身を含め、歴史についての自由闊達(かったつ)な議論を行い、必要があれば見解を見直すということである。

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