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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2008年9月22日 (月)

雑記(46)歌壇・俳壇に見る伊藤和也さん

9月22日の朝日新聞の歌壇、俳壇には、過日、アフガンで武装グループに殺害されたペシャワール会の伊藤和也さんの死を悼む歌や句がいくつか載った。伊藤さんの仕事は多くの人々の胸をうったのだ。紹介したい。

なお、この日の歌壇には「九条守る歌人会が『憲法を詠う』発行」という記事もある。

 きみの手になりて美しアフガンの菜の花畑ほほ笑む少女(渡辺●)

 見えるもの見えないものも忘れまじ君残したる震える思ひ(柏原市)芦田恵美子

 ダラエ・ヌールに菜の花の咲く季節ごと思い出すらむ教えし人を(町田市)富山俊郎

 アフガンに芋蔓あおくのびゆくを空より見んや伊藤和也さん(鳥取県)中村麗子

 青年は荒れ地に種子(たね)を播きて果つアフガンの地よ光よ風よ(三島市)淺野和子

 

○アフガンに心高しや流れ星(青森市)山口彰


ペシャワール会のサイトには以下のような福元事務局長の伊藤さんへの追悼の言葉があります。

http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/tsuitou.html

 8月26日午後、アフガニスタンのダラエヌールで、農業支援に従事していた伊藤和也さんを、武装グループの凶弾によって失ってしまった。痛恨の極みと言おうと断腸の思いと言おうと、その悔しさは言葉にはなり得ない。享年31歳、あまりにも若すぎる非業の死である。

  彼は2003年6月、事務局を訪れ、その年の12月からアフガンで活動を始めることになった。面接の時はまだひ弱さの残るシャイな感じだったが、2004 年の春に会った時には、用水路工事護岸の植樹担当で、日に焼けて逞しくなっていた。静岡県の農業高校から農業専攻の短大を卒業した彼は、もともと農業志望 で、お母さんの話によると、小学2年の時「将来は食べ物を作る仕事をやりたい」と、作文に書いていたという。

 その彼がダラエヌールの農業支援に活動の場を移してからは水を得た魚で、相変わらず口数は少なかったが、肩の力が抜けて生き生きと仕事をしていた。

 今年の3月に会ったときには、農家の子どもたちにまとわりつかれ、なんだか土地に根を生やしつつあるのを感じた。冗談で「お前さん、嫁さんでももらうんじゃないか」と聞くと、「母親もそういうんですよ」とはにかんだ。

  私達は、未だに彼の死を受け入れられない。ご両親や妹さん弟さんにとっては、尚更のことである。今回の事件の背景については、さまざまな憶測が流れ定まらない。ただ、ペシャワール会の医と水と農に関わる長年の事業が現地に受け入れられ、伊藤君の日々の営みが村人に慕われていただけに、それを理解し得ない 「外部」の者の犯行や言動に、はらわたの煮えくり返る思いと情けなさを覚える。

 今は、伊藤和也君の魂が安らかであれと、祈ることしかできないのが無念である。

 伊藤君、私達は君の遺志を継ぎ、困難の中でも活動を続けて行きます。君の魂が、アフガンの大地と空を自在に飛翔し、アフガンの人々とその人々のための事業を見守ってくれるようお願いします。

                             (ペシャワール会事務局長 福元満治)

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