無料ブログはココログ

許すな!憲法改悪・市民連絡会

« 政府危機の進行と各勢力の合従連衡 | トップページ | 内閣支持率28%に »

2008年4月 2日 (水)

神奈川新聞社説「九条の会」施設利用

神奈川新聞の3月3日の記事は本ブログでも紹介したが、5日に同紙に以下の社説が載ったのを見落としていた。神奈川新聞の良識に敬意を表する次第である。(高田)
http://www.kanaloco.jp/editorial/entry/entryxiiimar08033/
「九条の会」施設利用

    * 2008/03/05
   中立であるべきは行政だ

 平和憲法を守ろうと箱根町で結成された市民団体が、町立公民館を借りる際に「九条堅持に偏って主張することは避ける」などと町教育委員会から条件を付けられ活動の制約を受けているという。

 公務員は「全体の奉仕者」(憲法一五条)であり、行政こそが政治的に中立でなければならず、勝手な判断はできないはずだ。ところが町教委は個人的な見解を振りかざして、町民の集会の自由、表現の自由を損なった。憲法、地方自治法、地方公務員法などに反した行為だと言わざるを得ない。

 町教委は団体に対し「一方的な考えを強く主張するのはやめてほしい」と伝えたり、施設に掲示されたポスターの「憲法九条が危ない情勢」との表現について、「内容が中立的でない」として紙で覆い隠したりしたという。一体何を根拠に「一方的」「中立でない」と判断し、そのような行為に及ぶのか。権限も必要もないはずだ。集会の自由、表現の自由に対する明らかな侵害である。

 そもそも世論調査では「九条堅持」は多数派である。ならば「九条改定」を訴える団体は、より「一方的な主張」として厳重な制約を受けるのだろうか。また「九条が危ない」が隠されるのならば「年金が危ない」「環境が危ない」「日本映画が危ない」などの表現も隠されるのだろうか。まるで、戦前の出来事のようである。

 町教委は公の施設の運営を基本から取り違えているようだ。民主主義社会では、国民はそれぞれ独自の意見を持ち、集会を行い、表現する自由を持つ。また思想信条などで差別されてはならない。教育文化行政を担当する教育委員会はなおさら、そうした国民の精神的自由を尊重しなければならないはずだ。多様な施設利用者を公平・平等に扱うため、施設運営者側にこそ中立性が求められるのだ。個々の利用者に中立を求めるなど見当違いである。

 公の施設について地方自治法は、「正当な理由がない限り」住民の利用を拒否できないとし、「差別的取扱いをしてはならない」と明記している。大阪・泉佐野市民会館の使用不許可をめぐる国家賠償請求事件で最高裁判決(一九九五年)は、「明らかな差し迫った危険が具体的に予見される」ような場合を除き、市は使用申請を拒否できないとした。集会の自由を最大限に保障するためである。

 問題視されがちな政治関係の利用についても、全国の公民館でつくる公民館連合会は、政党の講演会などでさえ、「全く問題はない」と明確に説明する。各政党・政治団体が公平・平等に利用できれば何の問題もないのだ。

 九条問題は国政の争点の一つだ。箱根町の施設で、護憲、改憲、加憲など、さまざまな立場の町民がそれぞれに集い、議論するのはごく当たり前のことである。

« 政府危機の進行と各勢力の合従連衡 | トップページ | 内閣支持率28%に »

改憲動向」カテゴリの記事