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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2008年3月18日 (火)

イラク戦争5年―大失敗をどう克服するか-各新聞はどう総括したか

この20日でイラク戦争まる5年である。米国ブッシュ政権による開戦の理由がウソで塗り固められていたことは米国自身が認めている。反テロ戦争を呼号して、ブッシュ大統領はこの21世紀初頭を取り返しの付かない「戦争の時代」にたたき込んだ。全世界2000万の人々の怒濤のように広がった反戦デモを無視してである。憲法9条を持つにもかかわらず、わが国の小泉純一郎政権とその後継政権も問答無用でこれに付き従い、英国のブレア政権とくつわを並べた責任は重大である。この結果、数十万人、あるいは100万人になんなんとする人々が殺され、傷ついて倒れた。そして今なお戦火は止まない。
この死者たちをはじめとする悲惨な事実をまえに、今を生きるすべての人々がその姿勢を厳粛に問われざるをえない。メディアも例外ではない。それどころか、第4権力と呼ばれるメディアの責任は重大である。この問題での朝日、毎日、読売の社説を掲げる。読売がいまなお「フセインが招いた戦争」「米国の力の低下が心配だ」などというのを見るとき、この連中はどうしようもない戦争共犯者であると断ぜざるをえない。こお酔筆さながらの文章を見て、死者たちは怒っているに違いない、読売の社説子よ、怖れるがよい。
あのとき5万人の米大使館包囲デモを組織したWORLD PEACE NOWは、この22日も同じ芝公園23号地から米国大使館にむけて抗議のデモを組織する。我々はあきらめていない。ひとときもあきらめることがなかった。憲法9条を持つ国である日本でのイラク反戦の火はこの5年間、止むことがなかったことにささやかな誇りを持って、仲間たちと共に私は22日の会場に行く。(高田)

http://www.asahi.com/paper/editorial.html
イラク戦争5年―大失敗をどう克服するか

 イラク戦争が始まって5年がたとうというのに、この歴史的な大失敗をまだ正当化しようとする人々がいる。

 ブッシュ米大統領は1月の一般教書演説でこう述べた。

 「大規模なテロは減った。イラクにはまだ多くの課題があるが、和解が始まっている。イラク人の未来は彼ら自身の手中にある」

 昨春以降、約3万人の米軍部隊が増派されて、イラク国内でのテロ事件などが減少している。そんな統計が米政府から明らかにされている。

 ●イラクの死者15万人

 だが、それをもってこの戦争が好転してきた、やはり米国のイラク攻撃は誤りではなかった、と言うのは無理がある。

 米軍兵士の死者は約4千人。イラク市民の死者は昨年6月までに15万人に達したはず、と世界保健機関(WHO)が推計結果を発表した。いま、それが何人に増えていることだろう。

 「家を出発して1時間後には涙が止まった。ビルや家々は崩れ、煙が立ちこめている。……そんな光景を見て、自分はまだ運が良かったと気づいた」

 イラク人少女の英文ブログ「バグダッド・バーニング(燃えるバグダッド)」にこんな一節がある。彼女は昨年、家族とともにシリアに避難した。首都を脱出した時の思いをつづったものだ。

 命からがらイラクを後にした難民は200万人を超える。国内の避難民がさらに200万人いる。

 こうした人々にとって、ブッシュ大統領の演説は、まるで違う惑星の出来事に聞こえたのではないか。

 米軍は治安回復のために危険なかけに出た。反米的な地域のスンニ派に武器と資金を与え、国際テロ組織のアルカイダ系勢力と戦わせる方式を編み出したのだ。米軍の犠牲は最小限にできるし、事情に通じた地元の住民なら攻撃も効果的だろう。

 ●「敵」を間違えた

 しかし、それで一時的に治安が回復したとしても、その武器は将来の宗派対立に使われ、犠牲者を生んでいくのではないか。現地事情に詳しい専門家の間ではそう懸念する声が高まっている。

 失敗はイラク国内だけではない。9・11同時テロ直後にイスラム原理主義のタリバーン政権を倒したアフガニスタン。イラクに足をとられているうちにタリバーンが勢いを取り戻し、治安情勢が逆戻りしつつある。

 それと連動するように隣のパキスタンの政情がおかしくなり、ブット元首相の暗殺まで起きた。米国の「テロとの戦い」を支えたムシャラフ大統領は、退陣寸前の窮地に立たされている。

 パレスチナ和平はさらに混迷を深め、トルコ軍はイラク北部のクルド人地域を攻撃した。イランの議会選挙では反米保守強硬派のアフマディネジャド大統領系が圧勝した。

 もともと危機の種の多い地域ではあった。だからこそ慎重に対応しなければならなかったのに、イラク攻撃以来の5年間でいまや手におえなくなっているのが実情ではないのか。反米機運は中東全域で勢いを増している。

 かつてブッシュ氏が掲げた開戦理由はすでに幻だ。「大量破壊兵器」は偽りだったし、「中東の民主化」のお題目は色あせ、ほとんど語られなくなった。

 米国でブッシュ氏の人気はさんざんだ。戦争に部隊を派遣した国々でも、総選挙や支持率の低下で政権から追われた首脳は少なくない。

 ここまで傷口を広げてしまった最大の理由は、米国が「敵」を間違えたことではなかったか。本来ならアラブ・イスラム世界の支持を得つつ、国際テロ組織アルカイダを孤立させ、追いつめなければならなかった。

 なのに、アルカイダとは関係のなかった旧フセイン体制を相手に、説得力を欠く戦争を起こしたことで、国際社会を分裂させ、穏健なイスラム教徒まで敵に回してしまった。

 ●米国の消耗が心配だ

 イラク戦争に反対した独仏も含め、国際社会には苦い思いが残る。部隊は送らなくても、米国との同盟重視でブッシュ流「テロとの戦い」にさまざまな形で参画した国は少なくない。戦線は際限なく広がり、国連も力を発揮できなかった。戦争を支持した日本にもその責任の一端があるはずだ。

 この混迷をただすのに特効薬はありそうにない。米軍の大部隊が駐留したままでは反米テロはおさまらない。だが、現地が安定しないままでの撤退は、内戦の引き金になりかねない。文字通りのジレンマである。

 心配なのは、イラクの収拾が長引くほどに米国自身が消耗していくことだ。軍事力だけではない。経済力や外交力、ソフトパワーを含めて、世界を引っ張る米国の指導力が失われていく。北朝鮮の核問題を抱える日本にとっても、唯一の同盟国である米国の衰えは好ましくない。

 米国は、この大失敗から立ち直り、抜け出す道を見つけなければならない。今秋の大統領選挙での論戦がそのきっかけになることを期待したい。それには「敵」を間違えた誤りを直視し、何を本当の標的とすべきなのか、もう一度とらえ直すことから始めるべきだ。

 国際社会も、国際テロを封じ込めるために各国が協調できる仕組みを再構築しなければならない。容易なことではないが、アラブ・イスラム世界に広がる米国や西側世界への敵意と不信を解く努力が必要だ。日本もそのために何が貢献できるか、真剣に考えたい。

http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080317ddm005070032000c.html

社説:イラク開戦5年 不安定さを増した世界 米軍の早期撤退がカギに

 これほど救いのない戦いもないだろう。イラク戦争の開始(03年3月20日)から5年。フセイン政権は崩壊し元大統領は処刑された。それでも安定にはほど遠いまま米兵の死者は4000人に迫っているが、彼らは何のために死に、彼らの同僚が何のために戦っているのか、という問いに答えるのは容易ではない。

 しかも、時がたつにつれて米ブッシュ政権の「浅慮」が浮き彫りにされ、この戦争を支持した日本も苦い思いをかみ締めてきた。日常化するテロと殺りく、米軍による拷問や虐待などが世界中の人々の心をすさませる。見えない火の粉がイラクから日本へ、世界へ降り注いでいるようだ。

 原点は01年9月11日の米同時多発テロだった。

 「イラクは大量破壊兵器をテロ組織に流すかもしれない」「同時テロにイラクが関与したのでは?」。9・11後の米国では、ある種の興奮状態も手伝って、そんな理屈がまかり通った。

 だが、米国がイラクに攻め込み、国内をくまなく探しても大量破壊兵器はなかった。9・11とフセイン・イラク政権の関連を示す「スモーキング・ガン(煙の出ている銃=動かぬ証拠)」も見つからなかった。

 ◇大統領は真意語れ

 05年、米国の独立調査委員会は結論付けた。イラクに関する米情報機関の判断は「ほとんどすべてが完全に間違っていた」と。

 開戦直前、パウエル米国務長官(当時)は国連安保理で得意げに「イラクの移動式生物兵器関連施設」の存在を証言した。その「施設」も後に、アルコール依存症とされるイラク人の作り話と判明した。

 曲折を経て「常識」に返ったのである。イラクは91年から98年まで国連の大量破壊兵器査察を受けた。そんな国が恐ろしい兵器を大量に隠し持てるはずがない、という冷静な指摘は戦争前からあった。

 暗殺を恐れイスラム原理主義者を警戒していたフセイン元大統領が、9・11テロではウサマ・ビンラディン容疑者に協力した、というのも、最初からうさんくさい情報だった。

 だが、単純な「間違い」や「浅慮」の集積が米国を先制攻撃に導いたのか。戦争の背景には、ブッシュ大統領の宗教的信念などがあったのではないか。この戦争は動機について未解明の部分が多い。改めて大統領の真意を聞きたい。

 「中東民主化」についても、ブッシュ大統領はあまり語らなくなった。かつてのイスラム王朝の都(バグダッド)に星条旗を立てて、周辺諸国の民主化も促すというのはネオコン(新保守主義派)などの発想だ。

 だが、考えてみよう。民主的ではないが親米のアラブ国家で完全な自由選挙を行えば、政府に抑え込まれているイスラム勢力が台頭する。それが中東の現実だ。東欧民主化とは訳が違うことに大統領は遅まきながら気付いたのだろうか。

 中東の現実を直視すべきである。91年の湾岸戦争時、父親のブッシュ元大統領は敗走するイラク軍を深追いせず、戦後の内乱でも反フセイン派への支援に慎重だった。民族・宗派の「モザイク国家」イラクの分裂を恐れたのだろう。息子の大統領はその点を意に介さずにイラクに侵攻し、案の定、手のつけられない状況を招いてしまった。

 こんな状況を後任に託すのは本意ではあるまい。ブッシュ大統領は任期内のイラク安定化に全力を挙げ、米軍の早期撤退を図るべきだ。米軍のイラク駐留が世界を安全にしているかといえば、むしろ逆だろう。反米イスラム勢力の犯行とみられるテロは、イラクから世界各地に飛び火している。開戦時より世界は不安定になっている。

 ◇日本も出口戦略を

 米・イラク関係も順調ではない。米国が支援するマリキ政権はイランやシリアとの縁が深い。他方、米国は両国を「テロ支援国家」として嫌っている。この「ねじれ」を解消しないとイラク情勢も安定しない。米国はイラン空爆をちらつかせるだけが能ではない。

 開戦直後、当時の小泉純一郎首相はいち早く米国への支持を表明し、04年2月から陸上自衛隊をイラクのサマワに送って「人道復興支援」に従事させた。航空自衛隊もクウェートを拠点に、イラク国内への物資輸送業務を開始した。

 陸自は06年に撤収を完了したが、空自は隊員210人、C130輸送機3機の態勢で、イラク国内3カ所への輸送を続けている。これまでの輸送回数は670回余り、派遣隊員は延べ約2800人に達する。何を輸送しているのか、実態は必ずしも明らかでない。

 派遣の根拠となるイラク特措法は07年7月に2年間延長されたが、米国に追随して際限もなく延長するのは論外だ。インド洋で補給活動を続ける海上自衛隊も含めて、日本は主体的に出口戦略を考えるべきだ。

 そして、イラクとアフガニスタンの「二正面」を抱える米国は、どんな目標に向かってどう戦うのかという青写真を明確に示す必要がある。「戦いのための戦い」になっていないか。それでは、米国も国際社会も疲れ果てるだけである。

毎日新聞 2008年3月17日 東京朝刊

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080316-OYT1T00517.htm
イラク戦争5年 米国の力の低下が心配だ(3月17日付・読売社説)

 開戦から5年。混迷が続くイラク情勢は、米国の重荷となっている。

 こうした状況が東アジアの安全保障に対する米国の役割、責任の低下につながってはいないか。日本にとっても重要な問題だ。

 米英が開戦の理由とした大量破壊兵器は、結局存在しなかった。米軍の死者数は約4000人にのぼる。イラク人の死者は、推計で10万人とも15万人とも言われる。それでもまだ、イラクで平和定着の確かな光明は見えない。

 ◆フセインが招いた戦争◆

 こうしたことから、イラク戦争を「大義なき戦争」とする批判がある。だが、開戦に至るまでの長い前段を忘れては、問題の本質を見誤る。

 2001年9月11日の米同時テロ後、米国は、大量破壊兵器の開発と拡散の疑惑がある「ならず者国家」への警戒を強めた。

 国連安全保障理事会の諸決議に違反し、湾岸戦争後10年以上も大量破壊兵器の廃棄検証義務を果たさないイラクのフセイン政権に疑いの目を向けたのは当然だ。

 国連査察の拒否という義務違反をこれ以上続ければ「深刻な結果に直面する」とした安保理決議1441で、イラクはようやく受け入れに転じた。

 だが、その後も、査察には限定的な協力しかしなかった。米英の兵力増強という圧力がなければ、それすら実行しなかったろう。

 大量破壊兵器が存在しないのであれば、それを挙証して戦争を回避できたはずである。それをしなかったフセイン政権の側に、戦争を招いた非がある。

 世界中が、イラクは大量破壊兵器を保有していると考えていた。現に、イランや国内クルド人に化学兵器を使用した前歴があった。日本では、開戦後、イラクは化学兵器を使うな、といった社説を掲げた有力紙もあった。

 イラク戦争では、米英と仏露独との対立で、安保理が機能不全に陥った。当時の状況では、米英が武力行使に踏み切り、日本がそれを支持したのは、やむを得ない選択だったと言える。

 ブッシュ米大統領はイラクを攻撃する米国の目的について、「イラクの脅威を取り除き、統治を国民の手に戻す」ことをあげた。

 5年後の今、イラク民主化はもくろみ通りに進んでいない。戦後統治の準備が万全であれば、今日ほどの混迷はなかっただろう。

 ◆甘かった戦後の見通し◆

 ブッシュ米政権は、異なる宗派、民族によるイラク国内の歴史的な確執を軽視し、すべてを軍事力で解決できると過信していた。

 昨年の米軍増派によって、治安悪化にはひとまず歯止めがかかった形だ。だが、14万人の駐留米軍の存在が依然として治安の要である状況に変わりはない。米軍駐留は長期化する可能性が高い。

 問題は、イラクの混迷が、国際社会における米国の指導力低下を招き、世界の安定に影を落としている点にある。

 米国は、イラクの安定化へ、本格政権の自立支援だけでなく、中東全体の安定に向けた外交の成果をあげる必要がある。それが次期政権の最優先課題でもあろう。

 イラクの安定は、原油の9割を中東からの輸入に頼る日本にとっても重要だ。人的貢献と復興支援は続けねばならない。

 イラク特措法の延長で、航空自衛隊の輸送業務活動が続いている。その内容や意義への国民の理解を深めることも大切だ。

 イラク戦争の影響は、東アジアの安全保障にも及んでいる。日本にとっては深刻な問題だ。

 イラク戦争と並行して、北朝鮮は核兵器開発を公然と再開し、ミサイル発射や核実験を強行した。北朝鮮は、イラクは核兵器を持たなかったために攻撃された、と自らの核保有を正当化している。

 日本の安全保障環境は北朝鮮の核実験で劇的に悪化した。

 東アジアでは、台頭する中国の軍事的な膨張も目立つ。中国軍の幹部が、米軍幹部に太平洋を分割しようと提案したという。そんなことが現実になれば、日本は中国の軍事的圧力にさらされ、国家としての存立も危うくなる。

 ◆日米同盟強化が大事だ◆

 米国がイラク情勢に足をとられ、東アジアでの影響力が減退していく状況は、日本として看過できない。米国の軍事力を背景にした圧力が、北朝鮮に核廃棄の決断を迫る重要なテコとなる。米国の力が弱まれば、北朝鮮は核廃棄に動くわけがない。

 日本は、東アジアの安定と繁栄をどう確保していくのか。そのためには緊密な日米関係を維持すべきだ。この地域での米国の力の弱体化は、日本の国益を損なう。

 東アジアの重要性について米国と認識を共有し、日米の連携が地域の発展に役立つことを確認していかなければならない。
(2008年3月17日01時30分  読売新聞)

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