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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2007年12月14日 (金)

ビラ配り有罪―常識を欠いた逆転判決

この東京高裁判決については多くのメディアからも批判や疑問が相次いだ。日本国憲法21条などにかかわる重大な問題があるからだ。
最近の風潮として、管理組合などが、立ち入り禁止や、ビラ配布禁止の張り紙をする場合が目立つ。しかし、実際には警察の要請(指導)で、ろくに話し合いすらしないままにこうした禁止の張り紙をしている場合が多い。嘆かわしいことだ。
こうしたことで、どれだけビラ配りがしにくくなるか。この高裁判決は許せない。ここでへこむわけにはいかない。せめて私たちは萎縮傾向をはねかえし、知恵を絞って、てビラ配布を続けたいものだ。(高田)

http://www.asahi.com/paper/editorial20071213.html#syasetu2
朝日新聞社説 ビラ配り有罪―常識を欠いた逆転判決

 40戸からなるマンションがある。玄関にオートロックは付いていないが、管理組合は部外者が廊下などの共用部分に立ち入ることを禁じ、その旨の張り紙をしていた。

 ここに無断で入り、最上階の7階から順番に各戸のドアポストに共産党のビラを入れていった男性の住職がいた。

 東京高裁は「住居侵入罪に当たる」と判断し、一審の無罪判決を破棄して罰金5万円を言い渡した。

 住職の行為は、刑罰を科すほどの犯罪なのか。罰することでビラを配る人の表現の自由を侵害することにならないか。裁判ではこうした点が争われた。

 東京高裁の理屈はこうだ。憲法は表現の自由を無制限に保障しておらず、公共の福祉のために制限することがある。たとえ、思想を発表するための手段であっても、他人の財産権を不当に侵害することは許されない。住民に無断で入ってビラを配ることは、罰するに値する。

 一方、無罪とした東京地裁はどう考えたか。マンションに入ったのはせいぜい7~8分間。40年以上政治ビラを配っている住職はそれまで立ち入りをとがめられたことがなかった。ピザのチラシなども投げ込まれていたが、業者が逮捕されたという報道はない。ビラ配りに住居侵入罪を適用することは、まだ社会的な合意になっていない。

 市民の常識からすると、一審判決の方がうなずけるのではないか。住職の行動が刑罰を科さなければならないほど悪質なものとはとても思えないからだ。

 もちろん、住民の不安は軽視できない。マンションの廊下に不審者が入り込んで犯罪に及ぶこともある。ビラを配る側は、腕章を着けて身分を明らかにしたり、場合によっては1階の集合ポストに入れたりすることを考えるべきだ。

 しかし、そうした配り方の問題と、逮捕、起訴して刑罰を科すかどうかというのはまったく別の話だ。

 今回、住職は住民の通報で逮捕された。検察官が勾留(こうりゅう)を求め、裁判官がそれを認めたため、住職は起訴されるまで23日間も身柄を拘束された。

 判決は、住職の勾留された日数を1日5000円に換算し、5万円の罰金から差し引くとした。だから、刑が確定しても住職は1円も払う必要はない。いったい、何のための逮捕、起訴だったのか。

 事実上、罰金を払わなくてもいいとはいえ、有罪判決という事実は残る。乱暴な捜査のやり方も追認されたことになる。それが怖いところだ。

 自衛隊のイラク派遣反対のビラを防衛庁官舎で配って住居侵入罪に問われた市民団体の3人に対しても、東京高裁は一審の無罪判決を取り消し、罰金刑を言い渡している。理屈は今回と同様だ。

 表現の自由への目配りを欠いた判決が高裁で相次いでいることは心配だ。いずれも被告側は上告した。市民の常識に立ち戻った判断を最高裁に求めたい。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/65806.html
北海道新聞社説 ビラ配り有罪 寛容さ欠くと息苦しい(12月14日)

 政党ビラを配るためマンションの廊下に立ち入った僧侶に対して、東京高裁が刑法の住居侵入の罪で罰金の有罪判決を言い渡した。

 公判では「表現の自由」と「住居の平穏」のどちらを重視するかが争われた。

 判決は住民の許可を受けないで立ち入った行為を処罰しても、表現の自由に反しないと判断した。一審の無罪から百八十度転換し、集合住宅への政治的なビラ配りを有罪にする最近の司法の流れに沿った判決である。

 このマンションに限らず、住宅には毎日のようにビラやチラシ類が投入されている。不要や不快と感じる住民がいるとしても、ドアポストに差し入れただけの人に刑事罰を科するのは行きすぎではないだろうか。寛容さのない社会を助長する判決は残念だ。

 発端は二○○四年、東京のマンションで僧侶が共産党のビラを各戸のドアポストに入れた。住民が110番通報し、駆けつけた警察官が逮捕した。僧侶は二十三日間も身体拘束された。

 判決は、管理組合の理事会がチラシ類の配布のための立ち入り禁止を決めていたことを重視した。たしかに、玄関には「敷地内に立ち入り、パンフレットの投函(とうかん)、物品販売などを行うことは厳禁」との張り紙があった。

 このマンションは、オートロックではなく、管理人も常駐していない。玄関と外階段の計三カ所から出入りできる。当時はピザ宅配などの商業ビラも入れられていた。

 こうした実態から一審は「立ち入り拒否の掲示は商業ビラの配布を禁止する趣旨」として被告を無罪とした。

 二審判決も、表現の自由は、民主的なプロセスの維持に欠かせない基本的人権であると認めている。ただ、公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を受け、他人の財産権などを不当に害することは許されないとした。

 そのうえで、許可を得ないビラ配りのための立ち入りに刑罰を科したわけだが、「必要かつ合理的」な制限としてはあまりに広範囲ではないか。

 ビラは意見や情報を多くの人に伝える簡単で効果的な手段である。自分と異なる意見のビラが入っていても、多様な情報を得る受忍の範囲内だろう。

 商業ビラ配布で罪に問われた例は聞いたことがない。どうして政治的意見を書いたビラだけ摘発されるのか。

 かつては過激派やオウム真理教に適用された微罪での逮捕・立件が、拡大されていく不安も感じる。

 東京高裁は二年前、自衛隊宿舎に反戦ビラを配った市民運動家に逆転有罪判決を言い渡した。東京地裁も昨年、マンションに共産党機関紙を配った社会保険庁職員に有罪判決を出した。

 反戦ビラと今回の事件を審理する最高裁は、もっと実態をふまえ、表現の自由を重視した判断を示してほしい。

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