集団的自衛権*説得力ない身内の議論
31日の「北海道新聞」の社説である。
日本の各マスメディアもジャーナリズムとして、せめてこの程度の批判精神を発揮できないものか。(高田)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/46582.html?_nva=28
集団的自衛権*説得力ない身内の議論(8月31日)
やはり、はじめに結論ありきだったようだ。
集団的自衛権の憲法解釈見直しを検討する政府の有識者会議が、安倍晋三首相が示した四つの類型について、ひと通りの議論を終えた。
《1》近くにいる米国艦船が攻撃された場合の応戦《2》米国に向けて発射されたミサイルの迎撃《3》他国の軍隊が攻撃されたときの駆けつけ警護《4》戦闘地域での後方支援の拡大ーである。
会議ではいずれについても、現行の憲法解釈を改めるなどして認めるべきだという意見が大勢だった。
メンバーは、集団的自衛権の行使や自衛隊の海外での武力行使を認めようという人ばかりだ。多様な観点から是非を論じる場とは思えない。
専門家による検討という看板を掲げて権威づけしても、これでは説得力はない。会議は十一月にも最終報告書をまとめる予定だというが、こんな会議の議論を、憲法解釈見直しのよりどころにされては困る。
ただ当面、政府の解釈見直しは棚上げせざるを得なくなっている。先の参院選で自民党が惨敗したうえ、連立を組む公明党も反対しているためだ。各種世論調査でも、見直し不要派が多数を占めている。
国民の声をないがしろにして、結論を急ぐ必要はない。
日本は国際法上、集団的自衛権を有しているが、憲法九条が許容する必要最小限度の自衛権の範囲を超えるため行使できない、というのが政府の一貫した立場だ。
ところが首相は、この憲法解釈はおかしいと考えている。念頭にあるのは日米同盟だ。
日米の軍事一体化が進めば進むほど、集団的自衛権の不行使原則は邪魔になる。米国も行使容認を求めて首相を後押ししている。
これまでの政府見解は、内閣法制局が理論的裏づけを担ってきた。政府・自民党内には、役人がとりまとめた見解に政治がしばられる必要はないといった主張もある。
だが政府見解には、国会でいく度となく議論を重ね、練り上げてきた歴史的経緯がある。国民的合意を得た見解だといっていい。その重みを無視することはできない。
インド洋やイラクへの自衛隊派遣も、米国と共同で導入を進めるミサイル防衛システムも、すでに集団的自衛権の行使につながりかねない危うさをはらんでいる。
陸上自衛隊のイラク派遣先遣隊長が、現地で駆けつけ警護を検討していた事実は、その懸念が決して非現実的なものではないことを示している。
自衛隊のきわどい活動を既成事実として積み上げ、憲法解釈を現実に合わせてねじ曲げる。それは無理、乱暴というものだ。

