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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2007年7月17日 (火)

雑記(13)「私の内閣」

本日(17日)の毎日新聞の「新聞時評」で静岡県立大学の小針進教授が、同紙6日の夕刊のコラム「近事片々」を引用している。私はこのコラムを見落としていたので紹介しておく。いわく「安倍さんが連発する『私の内閣』という言葉には、内閣が私有物のような語感が付きまとう」と。

実は私は「全く同感」と拍手したくなるのだ。

日ごろ、この「私の内閣」という安倍首相特有のフレーズを聞く度にヤーな感じがしていたのだ。幼児性のようなものを感じてならないのだ。普通だったら、例えば「安倍内閣では」とか表現することで多少なりとも、相対化するところなのではないか。特に安倍首相がいうからよけいと、お坊ちゃんが自己の所有物だと言いはっているような感じがするのかもしれない。すこぶる危なっかしい。

そしてその「私の内閣」が立法府である国会の運営に口を突っ込み、強権的に強行採決を乱発した。あるいは「私の内閣」に幾多の諮問機関をつくり、あたかもそれを公的機関のように偽装する。そうやって「私の内閣」が従来の内閣の憲法解釈すら「私の解釈」に置き換えようとする。あるいは「私の内閣」の間に「憲法を変える」ということで、憲法まで私物化する。

安倍内閣の下では立憲主義が逆立ちさせられている。なにくわぬ顔で「公僕」が「主人公」になっている。今、これに「ガツン」とやらないと、かつてのワイマール憲法の下でナチスが権力を私物化した二の舞になるのではないか。そのように、病床で「九条の会」の小田実さんがくり返しくり返し警告している。我らは小田さんの警鐘をしかりと受け止めなくてはなるまい。(高田)

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