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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2007年6月

2007年6月29日 (金)

絶句する安倍夫妻の「公私混同」

なかなか面白い記事です。
http://news.goo.ne.jp/article/facta/politics/20070628-02-00-facta.html

2007年6月26日 (火)

(雑記10)小田実さんの新著などのこと

4月27日、小田実さんを「九条の会」のKさんとともに西宮のご自宅に訪ねた。そのときに小田さんから、今度、6月にNHK出版から新書を出すよと聞いていた本が、このほど本屋に出た。
「中流の復興」という「NHK生活人新書」というシリーズの本である。帯には「日本の『中流』が世界を変える」とある。もうこれだけで物議を醸すかも知れない。しかし、とにかく読んでみて頂きたい。私も読み始めている。
出だしが面白い。小田さんはアレン・ネルソンが「実戦の中では音楽がない」といった話を紹介しながら、戦争をドラマやドキュメンタリーで見る場合、「臭いが伝わってこない」「実際の戦争には音楽はないが(鉄と死体の)臭いがある」という。なるほどと思った。これは本当の戦争を知った者が言える言葉だ。私は戦争末期に生まれ、この臭いを知らない。
友人の内田雅敏弁護士が「靖国問題Q&A」(出版・スペース伽耶)という本を出して、そのサブタイトルが「『特攻記念館』で涙を流すだけでよいのでしょうか」とある。これも特攻の実態を知らないままに、特攻を礼賛する安倍晋三首相のような考えへの痛烈な批判である。じつはこれも読み始めたばかりだ。
そしてもう一冊、読み始めているのが若い友人、ジャーナリストの志葉玲クンが書いた「たたかう!ジャーナリスト宣言~ボクの観た本当の戦争」(社会批評社)だ。最近のイラク戦争、レバノン戦争に取材して書きあげた本だ。
この3冊を同時に読みながら、これからの九条をめぐる攻防に思いをめぐらしている。
小田さんは、「あとがき」にかえて~友人への手紙から、の最後で、「できるかぎり、書きつづけていこうと思っています……ではおたがい、奇妙な言い方かも知れませんが、生きているかぎり、お元気で」と書いている。この小田さんの手紙を見て、西宮に駆けつけたのがこの小文の冒頭のところにつながる。(高田)

2007年6月25日 (月)

沖縄の九条の碑

6月23日、沖縄県の南風原町と宮古市で、同時に「憲法九条の碑」の除幕式があった。これで県内の九条の碑は6箇所になったという。那覇市が戦後40年を記念し1985年に建立したのをはじめに、読谷村、西原町、石垣市に立っている。南風原では町民からの募金、250万円が集まった。九条の条文を日本語だけでなく、英語、中国語、韓国語で刻んであるという。
私はこの準備の話を2月に沖縄県下九条の会の交流集会に参加した時に聞いた。うろ覚えだが、たしか石垣市の碑は、わざわざ中国大陸から運んできた石に九条を刻んでいるはずだ。石垣の九条の会の方が、日中戦争の反省も含めて、碑は中国の石に刻みたかったのだと話をしてくれた。
安倍政権と文科省は高校の歴史教科書から「集団自決への日本軍の関与」の記述を削らせた。22日の沖縄県議会での全会一致の「検定の撤回と記述の復活を要請する決議」の採択と、九条の碑の建立は、沖縄の人びとの平和への強い意志を示したものだ。(高田)

2007年6月18日 (月)

自衛隊情報保全隊への抗議集会での発言

共産党が開いた自衛隊情報保全隊による市民運動の監視活動に抗議する集会に出てきました。以下はジャンジャンの報道です。
http://www.janjan.jp/living/0706/0706157368/1.php
私の発言と写真も載っています。記者さんが要約したものですが。(高田)
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2007年6月16日 (土)

毎日新聞の特集「平和と自衛」

毎日新聞6月16日の特集「平和と自衛」が資料として面白い。
ぜひご覧下さい。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20070616ddm010010172000c.html
平和と自衛:安倍人脈・勉強会に結集
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20070616ddm010010173000c.html
護憲保守から改憲保守へ
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20070616ddm010010175000c.html
座談会・安倍改憲と保守政治(その1) 註(その2)がサイトで見あたらないのが残念。どなたか、サイトから見つけたら教えて下さい。(高田)

2007年6月14日 (木)

安倍内閣の暴走を許さない集会に連帯挨拶

昨日(13日)、全労連などの「」安倍内閣の豪壮を許さない中央総決起集会があり、日比谷野音に1700人ほどの人々が集まった。そこで、市民連絡会からの連帯挨拶をした。
以下、発言メモ。(高田)

安倍内閣の暴走を許すな!6・13中央総決起集会に参加された皆さんに、連帯のご挨拶を申し上げます。

さきに安倍自民党は155項目の参院選重点政策を発表しました。その第1項目が新憲法を制定するというものであり、2010年の国会で改憲案の発議をめざすというものでした。約50年ぶりに公然と改憲を政策に掲げて選挙に臨もうと言うわけです。

しかしこの主張は極めて重大な問題があります。第一に、政権政党が新憲法制定という、日本国憲法が想定していない全面改憲を掲げて選挙をやるという憲法96条と99条違反を公然と主張している点でしょう。第2は2010年の改憲発議と言うことは、今回強行された改憲手続き法がその3年の凍結期間を終えて、僅か半年、半年で両院で改憲案の審議を終えてしまうという異常な暴走審議をやることをあらかじめ宣言していると言うことです。

改憲手続き法の審議をはじめ、この国会はかつてない暴走国会でした。それ以上のことを自民党は憲法改正問題でやると宣言しているわけです。

私は本日、会場にお集まりの皆さんと共に、5・3憲法集会実行委員会の一翼を担って「STOP!改憲手続き法」という課題で闘いました。今開かれている国会中だけでも14回の議面集会、5波にわたる国会前ヒューマンチェーン、5・3集会を含め3回の日比谷大集会などを開き、全力で運動をつくってきました。かつてなく結束した共同の闘いでした。

その過程で実感したのは、安倍内閣がいかに民意と議会制民主主義を無視して、国会の多数のみに依拠して暴走したかです。

衆院での審議は最後は討議不充分であるにも関わらず、強行採決でしたが、それでも世論と闘いの中で法案提出後、約1年をかけました。参議院は大型連休を挟んで僅か1ヶ月です。これを自ら欠陥法案であることを認めたような18項目もの付帯決議をつけて強行した訳です。

安倍内閣は広範な世論の前で9条改憲が決して容易でないことから、仲間だけを集めた有識者懇談会をつくり、憲法違反の集団的自衛権行使の突破口を開こうとしています。明文改憲と、究極の解釈改憲の2段構えでやっていこうとしています。

このような無法・違憲の安倍内閣を絶対に許すことは出来ません。STOP!改憲手続き法を闘った私たちは、いま確信をもって今後のたたかいに立ち向かうことが出来ます。

9条改憲反対の世論に逆行しているのは安倍内閣です。

いっそう広範な共同行動を強め、来る参院選で安倍内閣に厳しい審判を下し、臨時国会以降の改憲阻止の闘いを準備しましょう。ともに闘いましょう。

2007年6月13日 (水)

(雑記9)安倍内閣の各種の諮問機関など

気のあった仲間だけを集めて、結論がさきにありきの諮問機関をつくり、議論させて、さも権威ある機関が議論しているかのようなペテンをやる安倍首相の政治手法は危険だ。
集団的自衛権行使の問題で安倍首相がつくった私的諮問機関「有識者懇談会=安全保障の法的基盤整備の再構築に関する懇談会」について考えているうちに気になったので調べてみた。安倍内閣の使っている私的諮問機関や各種の政策会議などの一覧をサイトでみると以下のようなものがある。ざっと見で、80~100ほどもあろうか。安倍政権になってからも20ほどの機関をつくっているようだ。
安倍首相がこの間、日本会議などの仲間と共におだをあげていたトンデモの議論をここで権威付け、マスコミを使って世論操作をやるのだ。これはファシズムの政治手法ではないか。(高田)

首相官邸のサイトから=政策会議等活動情報
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/index.html
内閣官房のサイトから=各種本部・連絡会議などの活動情報
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/katudou.html

2007年6月12日 (火)

有識者懇などに本来何の権威もないのだ

安倍首相が集団的自衛権問題で暴走中だ。「有識者懇談会」などという口にするのもいやになる名称をつけたお友達だけの「私的サロン」で話し合っている内容を、マスコミを通じて垂れ流し、あたかもそれが権威を持った解釈であるかの如きキャンペーンをしている。
本日(6月12日)の東京新聞でインタビューを受けている阪田雅裕・前内閣法制局長官の話は、私とは考えの違うところもあるがそれなりにひとつの見識だ。
とくにこの点は重要だ。

質問・集団的自衛権という権利はあるが、行使できない政府解釈がわかりにくいとの批判がある。
阪田・法律のイロハを知らない人の議論だ。国際法は国家にあらゆる権利を認めている。国際法上権利があるというなら戦力を持つことも出来る。国民の意思で国家の権利を制限しているのが九条だ。

その通りだ。改憲派はこうした姑息な論理のすり替えをやっている。そこで後ろめたいから有識者懇談会などで、権威づけようとしている。有識者懇談会に答申を出させて国家安全基本法などを制定して、例の「4類型」を合憲だと強弁するつもりか、あるいは基本法すら作らないでやってしまうか。
東京新聞の同じ欄で柳井俊二有識者懇座長(元駐米大使)が「(解釈変更するなら、改憲すべきとの意見があるが、と問われて)4類型は解釈の余地が相当あると思う。改憲には何年かかるかわからない。その間、国際環境は待っていない。出来ることはやらないといけない。どこまでやれて、どういう歯止めをかけるか。これからの議論に期待されるところだ」と本音を言っている。そうだ、米国が「待っていられない」といっているのだ。こんな法のなんたるかもまともに知らない人物が、日本から出た国際海洋法裁判所判事だというから恥じ入るばかりだ。(高田)

2007年6月 7日 (木)

雑記(8)自衛隊情報保全隊、人権を無視して系統的に市民情報を収集

共産党が内部情報資料を暴露

(これはあるメディアに依頼されて書いた原稿を若干手直しして掲載するもの)

イラクへの自衛隊派遣に関する市民の監視活動などについて調査した陸上自衛隊東北方面情報保全隊作成による内部文書が、6月6日、日本共産党の志位和夫委員長の記者会見で暴露された。文書は2種類、A4版で166枚におよぶ。ひとつは2004年1月7日から2月25日までの期間のうちの5週間分の収集情報の資料、もうひとつは2003年11月24日から2004年2月29日までの家、6週間分の「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」と題する文書。イラク反戦関係だけでも監視対象とされた団体・個人は41都道府県293団体・個人であり、さらにイラク派兵反対の活動の他、医療費負担増に反対する運動、年金改悪反対運動、消費税増税反対運動など、直接自衛隊とは関係のない各種の運動にまで監視対象を拡げていることがわかる。また報告書はこれらの監視対象を記号で区分しており、共産党(系)、社民党(系)、民主党(系)、連合、新左翼、これら以外の市民運動などの表示がある。報告には集会やデモの写真まで貼付されている。

例えば、「許すな!憲法改悪・市民連絡会」も構成団体になっている「WORLD PEACE NOW」は「反戦市民」という分類だ。2004年2月の報告では「World Peace Now(ママ)を代表とする各地の反戦市民団体は、インターネットなどを通じ、連携を呼びかけ、各地の団体が同一日同一時刻に呼応する抗議行動を行うなどの全国的な連携が認められたが……」などとして、活動を監視していることが明らかにされた。資料が短期間に限定されているのでWPNに関する記述はあまり多くないが、それでも報告では、「イラク入りしたフリージャーナリストのC」「反戦市民団体代表、画家の(a)」など、WPN関係者の特定の人物をあらわす表現もある。WPNの活動の中で、集会の周辺でうろつき写真を撮る不審な数人のグループに抗議して逃げ去られ、この件で付近にいた公安刑事を追及すると「あれはわれわれの関係者ではない」などと弁明するので、「ではあれは何者か、自衛隊か」と追及したことが一再ならずあったのも事実だ。確かにこの連中は公安とは異なった雰囲気を持つ者たちで、私たちは当時、活動の中で自衛隊調査隊の影を実感していた。今回の文書はこれを裏付けた形だ。

一方、04年1月の記述では、民主党の増子輝彦衆院議員(当時)が隊友会の新年会の祝辞でイラク派兵反対の言及したことについて、「反自衛隊活動」に分類し、隊友会幹事長が「今後、同議員を隊友会名誉会員から外し、隊友会の公式行事には招待しない」ことを示唆したなどと記録している。監視は市民団体、労働団体だけでなく、民主党の国会議員にまで及んでいた。

今回、暴露された文書は東北方面隊の作成による短期間のものだけで、まさに氷山の一角にすぎない。各方面隊などの機関がひきつづき市民運動や労働運動、宗教団体、政党などの活動を監視し、スパイ・調査活動に従事していることは疑いない。久間防衛相は「自衛隊の写真撮影なども差し支えない」と居直り、さらに、「年金改悪反対」や「消費税増税反対」など自衛隊の活動とは無関係な分野の情報を集めていた点についても「公開の場に出かけて、事実として把握するだけの話。踏み込んだということにならない」との考えを示し、塩崎官房長官も「法令の範囲内なら問題なし」と強弁している。

しかし「自衛隊の情報を守る」ことを口実にして設置された軍事組織の機関が、民間の運動を監視すること自体が自衛隊法にすら定められていない違法な活動であり、憲法に定められた基本的人権を侵害する重大な違法行為で、決して許されるものではない。先の海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」の辺野古派遣といい、今回の情報保全隊の報告書といい、事態はここまで来たかという思いを強くする。
なお、この「情報保全隊」とは2003年3月以前は「調査隊」と呼ばれていたもので、陸海空3自衛隊に設けられているもので、中央直轄の本部のもとに5つの方面隊ごと(今回の文書は東北方面隊のもの)に置かれ、隊員総数約900人という。(高田)

2007年6月 4日 (月)

雑記(7)聖徳太子非実在説について

 大山誠一氏の聖徳太子非実在説はひそかに私も注目してきたもので、本日の毎日紙の夕刊に記事が載っているので、紹介しておきます。憲法調査会などでの改憲派の国会議員が「十七条憲法=日本最古の憲法」とか、「以和為貴(和をもって貴しとなす)=これぞ日本精神の神髄」などという愚かな議論を聞いていると、その憲法論の水準の低さにあきれるのだが、そうした面々には、こういう説もあることを知ってもらいたいと思う。「十七条の憲法」は憲法という用語こそ同じではあるが、近代憲法などとは目的も意味もまったく異なるのであって、いまさら「わが国最古の憲法」もないものだ。厩戸さんは実在したが、太子さんは作り上げられた偶像だとする大山説は注目に値すると思う。
 わが友人の皆さんにもこの毎日の記事は読んで頂きたいと思うので、紹介しておきます。(高田)


http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20070604dde014040021000c.html

聖徳太子非実在説:発表10年 進む大山誠一教授の研究

 ◇万世一系への疑問も--見えてくる意外な天皇制像

 「聖徳太子はいなかった」とする大胆な学説を大山誠一・中部大教授(日本古代史)が発表して10年。美術史や仏教史も含めた広い範囲で通説の根本的見直しを迫り、学界の衝撃や反発も強かった。正統アカデミズム発の説としては抜群の話題性を持つ非実在説の現況や今後の構想について、大山氏に聞いた。【伊藤和史】

 高校の日本史教科書の一つ、『詳説日本史』(山川出版社)最新版(02年度検定)では、「厩戸(うまやと)王(聖徳太子)」と太子がカッコ内に入っている。一つ前の97年度検定版では「聖徳太子(厩戸皇子)」と逆だった。聖徳太子は主から従に転落したわけだ。

 「歴史学の世界では、聖徳太子が実在の人物ではないという理解が定着したのではないか。もちろん、実在を守りたい人は次々現れたが、『いないとは言えない』といった反論だけで、実在の根拠を示す研究は皆無だった」

 自信を深める背景には、論拠の個別研究の進展がある。最大の成果の一つが刺しゅうの入った帳(とばり)「天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)」(国宝、中宮寺蔵)の年代論という。622年の太子の死の直後、悲しむ妻の一人によってつくられたとされてきた。ところが、銘文に7世紀末に使用が始まる暦の儀鳳暦(ぎほうれき)が使われていることが判明し、推古朝製作説が明確に否定された。

 「根拠を示せない実在論が消えるのは時間の問題です。そろそろ次の段階に進む時」と、今はより壮大な課題に取り組んでいる。聖徳太子を創作した『日本書紀』全体への疑問である。この課題は万世一系や高天原(たかまのはら)神話がいつ、どのように生まれたかなど、天皇制の解明に直結する。

 「高天原の概念は持統天皇が孫の文武天皇に譲位する際に創出されたと考えられる。まず持統→文武の関係からアマテラス→ニニギノミコトの関係がつくられ、ニニギを高天原から天孫として降臨させた。さらに、高天原と文武を直結させる必要から、途中の天皇も一系でなければならず、高天原・天孫降臨・万世一系の神話が成立した」

 こうした見解は、従来の神話観に重大な再考を迫るものだ。神話が太古にさかのぼるものではなく、全く新たにつくられたというのである。

 日本と朝鮮の関係の見直しも迫る。一例として、ニニギが降臨した先の「クジフルタケ」と同音の山が釜山近くに実在し、朝鮮で王が天から下ったとする神話に注目する。朝鮮神話を日本が模倣したのではないかというわけだ。

 「記紀には日本の古いものが集められ、文字化されたと思われているが、実際には朝鮮語が多く含まれている。滅亡した百済や高句麗人がどっと入ってきた時期だから、影響が大きいのは当然です」

 過去の万世一系が虚構ならば、古代王権の実態もまるで変わってくる。現在のような一貫して男系でつながるようなものではなく、さまざまな勢力の寄せ集まりの中から有力者が即位する--これが大化の改新以前の王権の姿だとみる。そうすると、蘇我(そがの)馬子なども即位していた可能性が高くなる。定説とは全く異なる歴史像が見えてくる。

 「大化の改新後、中央集権化が進み、一応、中国的な皇帝権力が生まれた。それを日本の文化の中にどう表現し、誰に皇位を継がせるかというのが『日本書紀』の構想。その際、事実と異なる妙な男系の万世一系の論理で編さんしたため、非常に大きな無理が生まれた。神話をつくり、聖徳太子をつくったのも、その無理を隠すためでしょう」

 ◇「捏造」表現に抵抗ある--近著『聖徳太子と飛鳥仏教』で、大山説に批判的検討を加えた曽根正人・就実大大学院教授(日本仏教思想史)の話

 後世に造形され、肥大化した聖徳太子がいなかったという点では大山説に反対しない。厩戸王の実像をどう考えるかでは見解が違う。歴史物語の研究によれば、全くのゼロから記事がつくられた例がない。素材となった記録・記事が何であるかは今後の課題だが、皆無とは考えにくい。例えば、十七条憲法が捏造されたという表現には抵抗がある。従来、飛鳥時代の仏教理解を余りに高く考えすぎた。厩戸も周囲から抜きんでてはいても、まだ世俗的な理解であり、仏教の本質までは理解してはいなかった。十七条憲法も官人心得として一般的な内容であり、厩戸がつくったとしても不自然ではない。

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 ◇聖徳太子非実在説

 通説によれば、聖徳太子(本名・厩戸王)は飛鳥時代、推古女帝の摂政として冠位十二階や十七条憲法の制定、小野妹子の隋派遣などの優れた政治的業績を上げた。また仏教のハイレベルな理解者であり、仏教興隆にも貢献した。

 ところが1996年末、大山氏が「聖徳太子に関する確実な史料は皆無。厩戸王は実在したが、太子としての数々の偉大な業績は『日本書紀』編さん時に捏造(ねつぞう)された」とする論文を発表。律令制が確立され、藤原氏が政治的実権を握りつつあった持統~奈良朝の時代状況を背景に、藤原不比等らが「天皇制の中に中国的な聖天子像を取り入れる必要があったから」と捏造が行われた理由を説明した。

毎日新聞 2007年6月4日 東京夕刊

2007年6月 1日 (金)

集団的自衛権問題に関する有識者懇談会第1回議事要旨

以下は有識者懇(安保法制懇と呼ぶそうだ)の議事録だ。PDFファイルなので多少面倒だが、興味のある方はぜひ読んでおいて頂きたい。次回は6月11日。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou/dai1/1gijiyousi.pdf

6・22院内集会へ

憲法9条改悪反対、集団的自衛権の行使反対
安倍内閣の改憲の企てに反対する6・22院内集会
日時・6月22日(金)16:00~17:00
場所・衆議院第2議員会館第1会議室
呼びかけ・5・3憲法集会実行委員会

5月31日、5・3憲法集会の実行委員会が有り、この間の活動の総括と今後の運動について議論した。その結果、上記、6・22院内集会の開催と、特別国会冒頭の院内集会開催(8月か?)、および従来からとり組んできた「憲法改悪に反対し、9条を守り、平和のために生かす署名運動」の再開などを決めた。
なお、166通常国会期間における5・3憲法集会実行委員会がとり組んだ諸行動は以下のとおり。

5・3実行委員会  166国会 STOP改憲手続き法行動

1/25  院内集会①

2/ 8  議面集会①

2/22  議面集会②

2/24  上野駅公園口の統一街頭宣伝①

3/ 2  3・2日比谷大集会①

3/ 8  議面集会③

3/12  国会へ行こうアクション第1波

3/15  議面集会④

3/22  議面集会⑤

3/26  国会へ行こうアクション2波

3/29  議面集会⑥

4/ 5  議面集会⑦

4/12  議面集会⑧  4・12日比谷大集会②

4/13  議面集会⑨

4/17  国会へ行こうアクション第3波

4/19  議面集会⑩

4/23  新宿西口統一街頭宣伝②

4/25  議面集会⑪

4・26  国会へ行こうアクション第4波

5/ 3  5・3憲法集会③

5/ 8  国会へ行こうアクション第5波

5/ 9  議面集会⑫

5/11  議面集会⑬  国会前座り込み

5/14  国会前座り込み  議面集会⑭

6/22  院内集会②

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