朝日、琉球新報、沖縄タイムス、北海道新聞、各紙社説
各紙の社説を紹介します。
朝日新聞社説
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#syasetu2
国民投票法案―廃案にして出直せ
憲法を改正すべきかどうかを問う国民投票法案が、与党の自民、公明両党の賛成多数で衆院で可決された。憲法という国の大本を定める議論が、対決路線の中で打ち切られたのは不幸なことだ。
長年にわたる護憲と改憲の原理的対立を経て、国会は具体的な論点にそって憲法論議ができる土台作りを進めてきた。
そして一昨年来、改正論議に入る前段階として、自民・民主・公明の3党が主導して、憲法改正の是非を問う手続きである国民投票法の仕組みを審議してきた。法案に反対の立場の共産、社民両党も、審議には加わってきた。
憲法改正の仕組みを決める今回の法案づくりは、できるだけ幅広い政党のコンセンサスをつくって進めるべきだ、と私たちは主張してきた。
憲法改正には、衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が発議する必要がある。さらに国民投票で過半数の賛成が得られなければ、憲法は変えられない。高いハードルを設定したのは、憲法とは国のかたちにかかわる基本法であり、改正すれば、その後数十年にわたり国の政治を大きく規定するからだ。
こんどの国民投票法は、そうした憲法論議に深くかかわる重要な法案である。憲法改正と同様に幅広い合意があってしかるべきだ。ある特定の時点での多数派の思惑や、単なる選挙目当てで進めてもらっては困る。少なくとも野党第1党の賛成を得ることがのぞましかった。
2000年に国会に憲法調査会が設置されて以来、自民、公明、民主3党の議論は、政局をからめないように注意しつつ、公正中立なルールづくりをする路線を大切にしてきた。だが、7年の協調がこれで崩れてしまった。
その責任はまず、選挙の思惑を持ち込んだ安倍首相にある。「憲法改正を参院選でも訴えたい」と争点化したからだ。戦後レジームからの脱却を図る安倍カラーを発揮する作戦だろう。一方、民主党側も、与党だけの可決という展開によって、参院選での攻撃材料を得た。
ここで採決に踏み切った与党側にすれば、もう十分審議は尽くしたし、譲るべきものは譲ったということなのだろう。
しかし、今回の可決は野党を硬化させ、実際の憲法改正の可能性はむしろ遠のいたとさえ言われているのは、皮肉なことである。
法案には、メディア規制の問題、公務員の政治的行為の制限、最低投票率の設定など、審議を深めてほしい点がある。
参院では夏に半数の議員が改選されるので、法案を継続審議にはできない。成立か廃案しかない。
世論を見渡すと、憲法についてどうしても改正すべきだと多くの人が考えている論点は、いまのところない。
時間は十分にあるのだ。参院は法案を廃案にしたうえで、参院選のあとの静かな環境のなかで、与野党の合意を得られるよう仕切り直すべきである。
琉球新報社説
http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html
国民投票法案・与党強行採決でいいのか
この国はどこへ向かおうとしているのか。やはり、「戦争のできる普通の国」なのだろうか。憲法の改正手続きを定める国民投票法案の与党修正案が、衆院憲法調査特別委に続き、衆院本会議でも自民、公明両党の賛成多数で可決された。来週にも参院に送付される。今国会での成立は確実とみられる。
日本国憲法第96条は「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と定めている。今回の国民投票法案は、この規定に従って提案、成立されようとしている。
法案に重大な欠陥
憲法で明記されている国民投票の方法を定める法律は必要だ。単なる手続き法とはいえ、憲法改正に密接に絡む重要法案。その法案について、与党と民主党との修正協議が決裂した。だからといって、与党が採決を強行していいものではない。
何せ、憲法改正には衆参両院の3分の2以上の賛成が必要だ。
野党の協力なくしては、改正の発議もできない。そのため衆参両院では2000年1月に憲法調査会を設置して協議を続けてきた。
ところが、今年の1月4日、安倍晋三首相が「憲法改正を目指すと参院でも訴える」と述べたことから状況が変わってきた。
今年最大の政治決戦となる参院選挙への思惑から、与野党の対立が先鋭化、与党が強行採決に踏み切った。
一政権の政治的思惑で左右されてはならない重要な法案なのに、それを無視した自民、公明党の安倍政権と、それを許した野党の責任も問われる。
与党修正案は(1)国民投票の対象を憲法改正に限定(2)投票権者は18歳以上(当面は20歳以上)(3)賛成が投票総数の2分の1を超えた場合は承認(4)選管職員ら特定公務員の国民投票運動は禁止。公務員や教育者が地位などを利用し運動することはできない。罰則は設けない―などが柱となっている。
この内容には、生煮えの点が多々あり、十分審議を尽くしたとはとてもいえない。問題点の検討を先送りするような「付則」が何カ所もあることが、それを物語っている。
さらに、法案にはいくつかの重大な欠陥がある。まず、最低投票率の定めがない。最近の、各種選挙における投票率の低さを考えれば、例えば国民投票の投票率が40%台以下ということもあり得る。その過半数なら、なんと国民の2割以下の賛成で憲法が変えられることになる。憲法という国の最高法規を変えるのに、これでいいはずがない。
参院で十分な審議尽くせ
公務員や教育者の運動を制限するのも疑問だ。公職選挙法による議員を選ぶ場合と、憲法改正の場合で、運動規制を同じように考えていいのかどうか。むしろ、広く国民に投票の意義を周知徹底させる上でも、こうした人たちの広報活動は歓迎すべきではないのか。逆に、公務員らの運動に罰則がないのを批判する意見もある。
投票権者年齢や、テレビCMの規制期間をめぐっては、与党と民主党とで最終的な歩み寄りができず、平行線のままに終わっている。
このように、この法案は改憲派、護憲派の双方から問題点の指摘が相次いでいる。今回の採決は時期尚早の「見切り発車」との批判を免れないだろう。
さらに疑問なのは、なぜ今、憲法改正の手続きを定める国民投票法案なのか。野党の賛同も得られないままに。自民党は結党50年の05年に「新憲法草案」を決定している。その中で自衛隊を「自衛軍」と明記している。同党の狙いが第9条の改正にあるのは明らかだろう。
22日は参院補選の投開票日だ。この件に関し、有権者が意思表示できる数少ない場となる。各立候補者も、国民投票法案への賛否、問題点をもっと選挙戦で取り上げてほしい。法案審議はこれから、参院に舞台を移す。衆院審議で積み残された課題についてさらに十分な論議を重ね、良識の府である参院が独自性を発揮することを期待したい。
沖縄タイムス社説
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070413.html#no_1
社説(2007年4月13日朝刊)
[国民投票法案採決]
論議尽くしたとは言えぬ
自民、公明両党は、衆院憲法調査特別委員会で審議していた国民投票法案の与党修正案を採決し可決した。
十三日の衆院本会議でも可決する方針を打ち出しており、同法案は今国会中に成立する見通しだ。
特別委における自民党理事と民主党理事の修正協議が決裂した結果だが、国民にとっては「双方の修正案そのものに十分な説明がない」のは言うまでもない。
つまり、与党案も民主党案も国民の間に浸透していないのである。なぜもっと時間をかけて理解を得ようとしないのか、疑問と言うしかない。
採決は、安倍晋三首相が強調した「憲法記念日(五月三日)までの成立」を目指す動きと軌を一にしている。
だが、共同通信社やNHKが行った世論調査では「今国会での成立にこだわる必要はない」「今国会にこだわらずに時間をかけて議論すべき」という声が七割を超えている。
であれば、修正案を双方がきちんと詰め、国民に説明していくことだ。
手続き法とはいえ、憲法改正にかかわる法案は国民への周知徹底が大前提になる。国民の理解を得ぬまま単独採決したのでは、将来に禍根を残す。
衆院を通過し成立しても、与党への不信が募れば議会制民主主義の理念を損ねる恐れも懸念される。
ここはいま一度原点に立ち返り、審議に時間をかける必要があろう。
与党修正案は(1)国民投票の対象は憲法改正に限定(2)投票年齢を「二十歳以上」から「原則十八歳以上(当面は二十歳)」に変更(3)公務員や教育者の、便益を利用した運動禁止(4)改憲案審議は三年間凍結―などが主な内容だ。
民主党案の一部もこれまでの協議で盛り込んでいる。
だが、憲法第九六条は「この憲法の改正は、各議員の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」と記している。
そして「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」とある。
自公案、民主党案には憲法改正手続き法案の成立に必要な最低投票率の制度が記されていない。憲法学者が懸念する理由の一つであり、論議を深めていく必要がある。
憲法にかかわる問題である。審議し過ぎるということはない。会期中の成立にこだわらず、徹底的に論議し国民の疑問を払拭することだ。それが国会の責務だということを肝に銘じてもらいたい。
北海道新聞社説
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/19873.html?_nva=26
国民投票法案*欠陥は解消されてない(4月11日)
「単に手続きを定める中立的な法案」という言い方は、もう通用しなくなっているのではないか。
自民、公明両党は先月末に、改憲への民意を問うための国民投票法案の与党修正案を提出した。それから半月ばかりで、十三日には修正案の衆院通過を与党単独でも図る構えだ。
民主党も独自修正案を提出したが、与党修正案は、民主党の主張を大幅に取り込む形で強引に決着を狙う。
議論を尽くすより、とにかく成立させステップを次に進めようとする、本末転倒の展開と言わざるを得ない。
これだけ性急に事を運ぶのは、安倍晋三首相が自衛隊を「自衛軍」として明確に位置づける自民党の新憲法草案を念頭に、夏の参院選の争点に改憲を据えているからだろう。
そのための一歩として、法案はすでに具体的改憲日程と結びついている。
世論が今国会で優先課題としているのは、年金、医療、福祉などであり、それを後回しにした「安倍カラー」の改憲手続き法案ではない。首相の選択は、国民から遊離した唯我独尊とも言える。
法案をめぐってはこれまで、与党案と民主党案の調整の行方ばかりが取りざたされてきたが、問題は駆け引きや妥協の成否ではない。
肝心なのは中身だ。基本に立ち戻って、あらためて考えたい。
例えば極めて大きな問題として、両案とも一定の投票率に達しない場合に投票を無効とする「最低投票率」を定めようとしていない点がある。
改憲という、国の形を変える大切な決定は、国民的な関心の高まりがあって初めて実現されるべきことだ。
だから、改憲の発議にも衆参各議院の総議員の三分の二以上の賛成を必要とし、さらに国民の直接の承認を得るという厳しい要件が定められている。
しかし両案は、いくら投票率が低くてもいい。仮に投票率50%なら、その過半数である投票権者の四人に一人の賛成で、いとも簡単に改憲が実現する仕組みだ。決して公正な手続きと言えず、国民意思の軽視にほかならない。
それは、自由な国民投票運動を教員や一般公務員に対しても制限しようとする与党案の発想にも表れている。
まして国会は説明努力を十分果たしてきたとは言い難い。このため法案への国民理解は現段階でまだまだ低いとみられるのに、それに構わず政党間の議論だけで突き進もうとしている。
公正性を疑わせる規定はこれだけではない。このまま採決を強行しても、国民の納得は得られず、国会と世論との意識のずれはさらに広がることになるだろう。
国の基本である憲法の改定が、欠陥をはらむ手続き法に左右されることがあってはならない。