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許すな!憲法改悪・市民連絡会

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2007年1月17日 (水)

雑記(1)福島県の自由民権運動のことなど

雑記(1)

福島県の南相馬市に住む友人のつてで、同市内の「はらまち九条の会」で講演をすることになった。講演依頼の手紙の中に、話の内容についての希望があって、私の通常のテーマである①改憲問題の現状、②改憲を阻止するために私たちができること、と合わせて、③ふるさとの憲法学者鈴木安蔵について、と書いてあった。

「ふるさとの憲法学者」、鈴木安蔵というのだ。

私も福島県の生まれだが、中通り地方の三春町の在だ。今は私の村は郡山市に組み込まれている。南相馬市は浜通り地方で、合併前は相馬原町や小高町などであり、鈴木安蔵は1904年にこの小高町に生まれた。その後、京大に入り、治安維持法違反第一号事件の「学連事件」で検挙された。以降、憲法学などを研究し、敗戦を経て、1945年に「憲法研究会」案の憲法草案要綱を起草。これがGHQに注目され、日本国憲法の制定に大きな影響を与えた。今、この鈴木安蔵を主人公にした下映画「日本の青い空」がクランクインしており、3月には完成するということで、全国で自主上映運動が始まっており、私もささやかな協力をしている。

鈴木は釈放後、憲法学、とくに明治期の私擬憲法草案運動などを本格的に研究した。彼は特高の監視下の暗黒の時代に、必ず役立つ日が来ることを信じて、黙々とこれらを研究していた。明治10年代に全国に何百もの民権結社が生まれ、それらの中から、民主主義、人権などを主張する私擬憲法草案運動が生まれた。植木枝盛の「日本国国憲案」や、のちに色川大吉さんらが発掘した「五日市憲法草案」はそれらの中での代表的なものだ。古関彰一さんらの研究で広く知られるようになったが、日本国憲法には鈴木等の努力によって、この明治期の私擬憲法草案運動の成果が引き継がれている。いわゆる「押しつけ憲法」論者は、これらの歴史の事実を認めない。

現行憲法の主権在民の思想は1945年の敗戦から突然に生まれたものではないし、米国の思想の直輸入によるだけというものでもない。それより60~70年前の明治期、すでにこの思想は日本の民衆運動の中で花開いていた。明治10年代の前半には全国各地に澎湃として生まれていた民権結社は憲法準備のための学習・研究に全力を傾けていた。

自由民権運動の最終段階、1884年には秩父蜂起があった。1914年から1925年までは大正デモクラシーの運動があり、「普通選挙運動」があった。民主主義の発展とは連続的、累積的なものだ。それがときおり、光を浴びたり、陰にかくれたりしただけだ。日本の人権思想はその過程で豊かになってきた。

福島県は高知・土佐などに次いで自由民権運動の盛んなところで、のちに歴史に残る福島事件なども起こった。土佐に立志社がはじめて創立された明治8年、早くも中通りの県南の石川町には石陽社が生まれている。これをつくった河野広中は出張の帰り道、馬上でJ・S・ミルの「自由の理」を」読んだと言われ、石陽社の学塾規則第一条では、ベンサム、スペンサー、ルソー、ミル、ブルンチュリー、リーバーらの著作がテキストに指定されていたという。当時の青年たちの熱情の一端がわかる。私の育った三春地方でも河野広中らに代表される「三師社」などがあったし、相馬には「北辰社」があった。鈴木も地元にこのような運動があったことから何らかの影響を受けたに違いないが、私はそれを確かめてはいない。しかし、今、この相馬においては「北辰社」から「鈴木安蔵」、そして「はらまち九条の会」と歴史の糸がつながった。

頃は60年安保闘争の終盤期、私が通学していた郡山の安積高校に、高橋哲夫という名物教師がいた。極度の会津なまりで歴史の授業をする先生で、授業には政府批判がポンポンと飛び出し、学生の興味を惹きつけていた。私はあとで知るのだが、高橋先生はこの福島における自由民権運動の研究の第一人者だった。「福島事件」(三一書房)、「福島自由民権運動史」(理論社)、「加波山事件と青年群像」(図書刊行会)など多数の著作がある。私の歴史好きはこの先生の影響かも知れない。

80年代の後半、私は友人たちと「幕末明治民衆運動史研究会」を立ち上げた。文久3年、千葉で起こった「九十九里叛乱」への関心がきっかけだが、フィールドワークや定例研究会などを積み重ねて、この会は10年ほど続いた。相楽の赤報隊事件、私擬憲法草案運動、秩父困民党なども研究の対象にしていた。当時、カネもなかったが、古本屋を漁り回って、高橋先生の本なども手に入れた。私はこの研究会と同時期に憲法改悪反対の運動にも取り組むことになり、いつしかそちらの多忙さで、「幕明研」は閉じることになってしまった。残念ではある。(高田健)

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