許すな!憲法改悪・市民連絡会

2008年5月14日 (水)

世論調査のひとつの見方

北海道新聞のコラム「卓上四季」に載っていた記事を見つけた。読売と北海道新聞(朝日も同類形)の一般的改憲についての数値の相違をどう読み解くかを筆者も考えていただけに参考になる文章であった。
9条についてはこの指摘で間違いないと思う。一般的改憲が多いことが、環境や貧困についての願いの表現だとすれば、これは9条護憲派の運動のあり方への問題提起として受け止めるべきであろうか。私たちは幸福追求権や25条の活用で現行憲法を生かして行こうという声をもっと9条との関係で強調して行かなくてはならないのではないか。
「護憲的改憲論」というのは東大の大沼教授の表現で手あかが付いてしまっているから、あまり頂けないが。(高田)

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/90700.html?_nva=13
改憲論(5月3日)

北海道新聞社が行った道民世論調査で、改憲を容認する人が71%を占めた。先月の読売新聞の全国調査では、改憲への賛成は43%だった。北海道はずいぶん高い。どう考えたらいいのだろう▼道内の数字を眺めると見当がつく。改憲を認める人の中でも九条への支持は多い。改憲して戦力保持を明記するべきだとする回答は31%にとどまった。改憲を認める七割のうちの三割だから、全体では二割余りになる▼「改憲容認」は七割。「戦力保持の明記へ改憲」は二割。同じ調査の表と裏だ。どちらを見るかで印象が変わる。ともあれ、戦力不保持の削除を含む自民党憲法草案などと共通の意味での「改憲派」は、多くはないことになる▼九条改憲に反対して、旧防衛庁の竹岡勝美・元官房長も書いていた。「(戦後)日本が一人の外国兵も殺さず、一人の自衛隊員も殺されなかった世界に誇る名誉の看板は、取り外すべきではない」(「我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る」かもがわ出版)▼一方で、憲法も時代と共に変化した方がいいと考える人は多かった。貧困が深刻になる。地球環境への貢献が問われる。こうした問題を解決するため憲法を生かしたい、といった願いが見て取れるようだ▼平和条項を前提にして、憲法の将来を考える。「護憲的改憲論」とでも呼ぶのだろうか。改憲を認める人の中にも、少なくない考えだと思う。

2008年5月12日 (月)

福田内閣の分析

毎日紙の分析である。参考までに掲載する。(高田)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080512ddm001010071000c.html
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080512ddm003010054000c.html
読む政治:内閣支持率低下(その1) かえって結束
 ◇首相「何があっても、解散も辞職もしない」
 ◇「みのさんに理解してもらわないと…」

 ガソリン(揮発油)税の暫定税率が復活した直後のマスコミ各社の世論調査で、内閣支持率はさらに下がり、毎日新聞では18%を記録した。極めて低い水準で政権に黄色信号がともった。支持率低下の動揺が解散回避の一点で、かえって自民党の結束を促している。

 衆院山口2区補選で自民党候補が敗れた4月27日夜、福田康夫首相はひそかに首相公邸に森喜朗元首相、青木幹雄前参院議員会長を呼んだ。

 首相は2人に「国内の政治状況で外交日程がなかなか決められない」とぼやいた。そして首相はこう続けた。「何があっても、衆院解散も内閣総辞職もしない」「支持率は気にせず、外交を粛々と進めていく」

 首相の弱気を心配していた森、青木両氏には安堵(あんど)のセリフで、いきおい話題は内閣改造に及んだ。3人は改造時期を巡り▽北海道洞爺湖サミットより前▽サミット直後▽党役員改選期の9月--の各案について意見交換したという。

 青木氏は「支持率なんて気にしたって仕方ないわね」と周囲に語る。青木氏の「100%理論」。世論調査の支持率が低くても、党内の支持率と合わせて100%になれば、政権は維持できるというものだ。人事で人心を掌握する改造がその決め手というわけだ。

 この会談は党内の動揺を先手を打って封じ込めようという、実力者の腹合わせだった。

 しかし、その翌28日、国会内で開かれた首相と公明党の太田昭宏代表らとの党首会談。公明党の出席者からこんな指摘が出された。

 「新聞の論説委員だけに理解してもらっても仕方がない。みのもんたさんに理解してもらわないといけない」

 日銀総裁人事での武藤敏郎副総裁の昇格提案などで、首相は新聞の社説から比較的、好意的な評価を受けた。しかし、テレビ番組の人気司会者から批判を受ければ、支持率上昇はないという懸念だ。

 特にガソリン価格や後期高齢者医療制度などの生活テーマでは、自民党もテレビに神経をとがらせる。党の部会などでは「朝の番組でみのさんが、民主党と同じ主張をした」などと話題になり、「テレビ出演する議員は、執行部が人選して弁の立つ人を送り込め」などの注文も出る。

 7日の津島派幹部会。津島雄二会長は「『次の選挙では自民党に入れない』という人が増えている。地殻変動が起きている」と語った。連休中に選挙区でベテラン議員が感じた支持率低下を裏付ける逆風。多くの自民党議員の共通認識だろう。

毎日新聞 2008年5月12日 東京朝刊
読む政治:内閣支持率低下(その2止) 反転なるか

 <1面からつづく>
 ◇森内閣は20%以下で持続/「外交カード」で上昇狙う

 解散回避で自民党内の結束を保っても、議員の動揺がいつマグマになって噴き出すかわからない。18%は歴代政権を見ても「政権末期」の数字だ。

 さらに「ねじれ国会」で野党の圧力が強く、今の通常国会を乗り切っても秋の臨時国会、来年の通常国会とハードルは高い。

 佐藤栄作、田中角栄、鈴木善幸各内閣は支持率20%を割って3カ月以内に退陣。竹下登、森喜朗両内閣は10%台からさらに9%まで下がり、宮沢喜一内閣の退陣直近の支持率は14、12、18%だった。

 福田内閣の今後を読む場合、森内閣が参考になるだろう。00年4月に支持率40%でスタートし「日本は神の国」という森氏の問題発言を受け、5月に20%に下落。その後20%を超えることはなかったが、1年間政権を維持した。00年11月に非主流派の加藤紘一元幹事長が森退陣を要求する「加藤の乱」を起こすが、主流派が数の力で抑え込んだ。

 その後、「ポスト森」の動きも、加藤氏の失敗にこりて「出ればつぶされる」と顕在化しなかった。この様子見の状況も、現在の「ポスト福田」候補の動きと似ている。しかし、年が明けると主流派は一転して「森おろし」に動き、01年4月に退陣に追い込んだ。7月に参院選を控え「森首相では勝てない」と判断したためだ。

 つまり、低支持率でも首相が「辞めない」と踏ん張れば政権維持は可能だが、選挙が近くなっても低いままでは「選挙の顔」にならないと、退陣包囲網を張られてしまう。森首相の退陣時の官房長官は福田首相だ。福田氏は、「支持率が1けたになった時に内閣は持たないと思った」と周囲に語ったことがある。

    ◆

 過去の例を見る限り支持率の反転は容易なことではないが、このまま回復しないとは言い切れない。

 「今回の外交成果が内閣支持率のアップにつながると思うか」

 中国の胡錦濤国家主席との首脳会談を終えた福田首相は7日夕、記者団から単刀直入にこう質問された。

 「あなたは自分のために仕事をしているわけではないでしょ?」

 首相は記者とのやりとりを切り上げてしまった。「支持率のために政治をしているのではない」という不快感だが、首相は「今の若い記者は」と、森氏らにも不満をぶちまけたという。実際、中国国家主席との会談が支持率上昇につながるか不明で、13日の道路整備財源特例法改正案の再可決に対する批判で、上昇分が吸収されてしまうかもしれない。

 ただ、北海道洞爺湖サミットは政権浮揚の有力カードであり、北朝鮮政策などで新たな外交カードを切る可能性も否定できない。

 歴代内閣で20%割れの逆境を一時的にせよはね返したのは、小渕恵三内閣だ。

 参院では過半数を割り、凡人、冷めたピザと酷評の中での支持率25%のスタートだった。16%、18%、16%と続くが、自由党との連立を機に30%に倍増。公明党との連立で48%にまで上昇したこともあった。小渕政権の番頭格だった野中広務元官房長官は「小渕さんの着実な姿勢が徐々に評価された。福田さんも仕事はきっちりやっており、日中首脳会談も評価すべきだ。もう少し何をしたいかはっきりさせるべきだ」と言う。

 政策研究大学院大の竹中治堅(はるかた)准教授は、支持率上昇の可能性にも言及する。

 「福田首相は世論の声に応えていない。世論に応えるということは迎合とは違う。小泉純一郎元首相の場合、郵政民営化を打ち出した結果、世論が歓迎した。迎合するための郵政民営化ではなかった。首相は道路特定財源の一般財源化を打ち出したが、やる気があるなら、政権発足当初から言わないといけない。世論に動かされるのでは駄目だ。首相が『これを頑張る』と言って実際に頑張れば、世論は支持すると思う」<読む政治は、政治部・犬飼直幸 世論調査室・中山裕司、田村佳子が担当しました>
 ◇世論調査 小選挙区導入で重み

 自民党も民主党も独自に世論調査を実施して政策判断や候補者選びに利用している。背景には96年衆院選から始まった小選挙区制の導入と政党の組織力低下がある。中選挙区時代は、同じ選挙区で自民党が複数候補を擁立。派閥単位の争いという性格が強く、有権者は人物本位で投票する傾向があった。小選挙区では候補は各党1人で、投票は政党単位の選択となる。党首の魅力に選挙結果が大きく左右される。

 小泉氏が郵政民営化を争点に解散に踏み切り、自民党が圧勝した05年衆院選がその典型だ。国民の人気を知る手段として、世論調査に頼らざるを得なくなった。その傾向に、政党支持組織の衰退が拍車をかけた。

 早稲田大学政治経済学部の谷藤悦史教授は「社員の組織化の難しい第3次産業が盛んとなり、政党の系列団体や労働組合が衰退した。政党も『個人』を相手にした世論調査をするようになった」と指摘する。

 「自民党をぶっ壊す」と宣言した小泉氏の5年半で、業界団体の自民党離れは進み、「風」に頼らざるを得なくなっている。野中元官房長官も「世論調査を気にしているのは小泉・安倍(晋三)政権以後のことだ」と言う。

 世論調査が本格的に広まったのは戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が普及を指導してからだ。調査の持つ意味は時代とともに変わっている。谷藤教授は「かつては政策の成果を問うものだったが、今は世論調査の結果を受けてから政策が選択される。時代の流れが速くなり、短い期間で成果が出ないと、国民も満足しない」と話す。

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 ◆暫定税率再可決後の各社内閣支持率(%)◆

     支持   不支持

毎日新聞 18   61

朝日新聞 20   59

日経新聞 21   68

共同通信 19.8 66.6

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◆毎日新聞調査による歴代内閣の発足時と退陣前の支持率(%)◆

      支持      不支持

内閣    発足時 退陣前 発足時 退陣前

吉田茂   55  38  14  35

鳩山一郎  35  34  14  33

石橋湛山   -   -   -   -

岸信介   46  28  24  34

池田勇人  40  33  26  36

佐藤栄作  46  19  18  46

田中角栄  53  18  13  48

三木武夫  47  32  12  30

福田赳夫  27  25  38  29

大平正芳  27  21  24  46

鈴木善幸  38  16  21  35

中曽根康弘 39  30  31  30

竹下登   30   9  20  63

宇野宗佑  22   -  40   -

海部俊樹  31  36  27  24

宮沢喜一  31  18  22  49

細川護熙  75  74   9  12

羽田孜   43   -  23   -

村山富市  40  24  31  37

橋本龍太郎 59  27  16  41

小渕恵三  25  28  48  43

森喜朗   40   9  24  75

小泉純一郎 85  45   5  37

安倍晋三  67  29  16  58

 (注)宇野、羽田の両内閣は在任中1回しか調査がなく、石橋内閣は在任中の調査がなかった。吉田内閣の発足時の数字は、第3次内閣のもの。支持20%未満は太字にした。

毎日新聞 2008年5月12日 東京朝刊

派兵恒久法へあせる読売社説

本日の読売の社説である。突然のように「許されない」などと大上段から公明党、民主党を批判し、若手議員の会を持ち上げ、死に体になった安倍「安保法制懇」答申への期待を表明した。秋の臨時国会に向けて、何とか動きを作り出したいとの読売の焦燥感が露出している。
先の名古屋高裁判決などの流れを受けて、こうした動きを許さない運動を強めよう。(高田)

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080511-OYT1T00725.htm
自衛隊恒久法 「泥縄」の対応は許されない(5月12日付・読売社説)

 「テロとの戦い」を着実に継続するためにも、泥縄式の対応を繰り返すことは許されない。

 自衛隊の海外派遣に関する恒久法の検討作業が大幅に遅れている。

 インド洋での海自の給油活動の根拠である新テロ対策特別措置法は、来年1月に期限が切れる。今秋の臨時国会で、新テロ特措法に代えて恒久法を整備するには、残された時間は決して長くない。

 早急に与党のプロジェクトチーム(PT)を設置し、具体的な検討を開始すべきだ。

 与党は当初、2月末にPTを設置する予定だった。ところが、海上自衛隊イージス艦の漁船衝突事故を受けて、公明党がPT設置に「今は、その環境にない」などと難色を示した。いまだにPTは発足していない。

 今国会中に法案の要綱ないし骨子を策定しなければ、秋の臨時国会前の法案化は困難になる。その場合、政府の対応は新テロ特措法延長などに限定されてしまう。

 イージス艦事故などは、恒久法とは全く別の問題だ。公明党は与党PT設置に前向きに対応してもらいたい。

 民主党も、恒久法論議に積極的に加わるべきである。

 民主党は、自衛隊の国際平和協力活動の本来任務化に賛成した。新テロ特措法の対案には恒久法整備の方針も盛り込んだ。対案は参院で可決され、衆院で継続審議となっている。党派を超えて、国際協力のあり方を考える時だ。

 どんな場合に自衛隊を海外に派遣するのか。どんな任務を担わせるのか。大いに議論すべきだ。

 4月下旬には、自民、民主、公明など超党派の議員連盟「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」が3年ぶりに活動を再開した。約110人が名を連ね、週1回、恒久法や集団的自衛権の問題などの勉強会を開くという。

 恒久法論議の活性化に、側面から貢献してほしい。

 忘れてならないのは、政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の作業だ。柳井俊二・元駐米大使が座長を務めている。

 安倍政権時に発足し、昨年8月以降は会合を開いていないが、いずれ懇談会の報告書を福田首相に提出することが決まっている。

 報告書は、自衛隊の国際平和協力活動に関して、自衛官の武器使用基準を国際標準に緩和することなどを提言する見通しだ。提言は当然、今後の恒久法論議にきちんと反映させるべきだろう。
(2008年5月12日01時49分  読売新聞)

2008年5月11日 (日)

社説ウオッチング:憲法記念日 「9条改正」主張なし

毎日の社説ウォッチングである。
商業紙のプロ記者が折角書くのなら地方紙の動向にも注意を払ってもらいたかったところだが。本ブログでもすでに紹介したが、この特徴の指摘はだいたい妥当であろう。(高田)

http://mainichi.jp/select/opinion/watching/
社説ウオッチング:憲法記念日 「9条改正」主張なし
 ◇「9条改正」主張なし--各紙
 ◇生存権の侵害に警鐘--毎日

 61回目の憲法記念日の3日、各紙は社説で一斉に憲法を取り上げた。昨年の60回目の記念日は「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍晋三首相が憲法改正を7月の参院選の争点にする、と意気込み、憲法改正の手続き法である国民投票法案が成立直前だったため、各社とも戦争放棄と軍隊不保持をうたった9条問題への言及が中心だったが、今年は福田康夫首相が改憲路線とは一線を画し、各社世論調査でも改憲反対が増えた中で、改憲を主張する読売、日経、産経が正面切っての9条改正論を打ち出さず、衆参ねじれ国会打開のための2院制改革などに焦点を移したのが特徴だ。一方、ワーキングプアや非正規労働者の激増という新しい貧困がクローズアップされる中、毎日、朝日、東京は憲法前文や25条が定める生存権をいかに生かすか、という新たな視点で憲法の血肉化を求めた。また、3紙は表現の自由を守る大切さを訴え、毎日は「ことなかれ」世論に警鐘を鳴らした。
 ◇2院制のあり方焦点

 94年に憲法改正試案を発表後、一貫して改憲を訴える読売は、昨年5月の国民投票法成立で衆参両院に設置された憲法審査会がまったく動いていない、と批判。2010年に憲法改正発議が可能になるが「これ以上、遅延させては、国会議員としての職務放棄に等しい」と断じた。また「ねじれ国会」打破のために2院制のあり方を「大いに論議してもらいたい」と注文した。しかし、あれほど熱心だった「9条改正」「安全保障」の文言は見当たらない。新聞社は重要な節目には通常2本で構成する社説を長文の1本社説にするが、この日の読売は2本社説で、風向きの変化を印象付けた。

 日経も「ねじれ国会の迷走を貴重な教訓」に衆院再可決の要件を3分の2から過半数に緩和する59条改正を改めて主張。1本社説の大半を2院制改革論にあてた。
 ◇産経「9条解釈変更を」

 産経は4月に中東イエメン沖で日本郵船の大型タンカーが海賊に襲われ被弾したのに、周辺海域で多国籍軍への給油活動を行っていた海上自衛隊の補給艦と護衛艦が憲法の制約で撃退できなかったことを取り上げ、「憲法守って国滅ぶである」「海賊も撃退できない憲法解釈がいかにおかしなものか」と悲憤慷慨(こうがい)したが、解釈改憲で対応可能とし、正面切っては9条改正を主張しなかった。

 読売、産経の社説に世論の変化の影響が読み取れる。各社世論調査を見てみよう。読売調査(3月15、16日)は改憲賛成が42・5%、改正反対が43・1%と93年以来では初めて非改正派が改正派を上回った。日経調査(4月18~20日)は「改正すべき」が48%、「現在のままでよい」43%だが、前回(07年4月)比で改正支持は3ポイント低下、現状維持支持は8ポイント上昇した。朝日も改憲派が07年の58%から56%へ、護憲派が27%から31%。同様の傾向を見せた。特徴的なのは朝日調査で9条改正反対が昨年の49%から66%に激増し、改正賛成が33%から23%に減ったことだ。毎日は「あれほど盛んだった改憲論議が、今年はすっかりカゲをひそめてしまった。国民の関心は憲法よりも、暮らしに向かっている」と解説する。

 毎日、朝日、東京は生存権にスポットライトを当てた。

 毎日はイラクの航空自衛隊の活動に対する名古屋高裁の違憲判決が憲法前文の「平和のうちに生存する権利」を法的権利と認めたことに触れ「ダイナミックにとらえ直された『生存権』。その視点から現状を見れば、違憲状態が疑われることばかりではないか」と指摘。後期高齢者医療制度、ワーキングプア、消えた年金などを例示して「『生存権』の侵害に監視を強める地道な努力」を訴えた。

 東京は憲法25条が「すべて国民は、健康で文化的な生活を営む権利を有する」とあるのに、生活保護辞退の強制などが相次ぐ現状を「弱者に対する視線の変化」として「行き過ぎた市場主義、能力主義が『富める者はますます富み、貧しい者はなかなか浮かび上がれない』社会を到来させ」たと分析した。

 朝日も雇用、社会保険、公的扶助の3段階のセーフティーネットの脆弱(ぜいじゃく)さを問題にした。年収200万円に満たずワーキングプアとされる労働者が1000万人を超え、非正規労働者が働く人の3分の1を占める中、「憲法と現実との間にできてしまった深い溝」を埋める必要性を訴えた。
 ◇表現の自由の危機

 右翼のいやがらせへの懸念を理由に、裁判所決定を無視し、日教組の集会を拒んだ東京のホテル。国会議員の介入を機に映画館の上映中止が相次いだ映画「靖国」。毎日は「『面倒は避けたい』と思うのは人情だ。しかし、このとめどもない『ことなかれ』の連鎖はいったいどうしたことか。意識して抵抗しないと基本的人権は守れない。私たちの現状は、やや無自覚に過ぎるように見える」と、集会の自由、表現の自由が脅かされている問題を「『ことなかれ』に決別を」のメーン見出しで取り上げた。【紙面研究本部・長田達治】

2008年5月 9日 (金)

9条に世界からエール 初の世界会議に2万人

本日の朝日の記事である。5/4~6の熱気が冷めやらぬ記事。しっかりとした立場で書かれている良い記事である。(高田)
http://www.asahi.com/national/update/0509/TKY200805080312.html

9条に世界からエール 初の世界会議に2万人
2008年05月09日03時01分

 戦争の放棄をうたう憲法9条に、世界で平和運動に取り組む人たちがエールを送っている。千葉市の幕張メッセで6日まで開かれた初の「9条世界会議」は約2万2千人が訪れた。なぜ9条なのか。海外から来たゲストは「支持するのは、あなたたちだけじゃない」と日本の参加者を勇気づけた。

 会議初日の4日。予想以上の人出で会場に入れなかった人々のもとに、基調講演を終えたアメリカの平和運動家が駆けつけた。

 「9条を広めるために私は来た。日本はひとりぼっちではない。世界から支持されているのです」

 99年にハーグ平和市民会議を開いたコーラ・ワイスさん。21世紀の世界のあり方を模索した同会議には、100カ国以上のNGOが参加し、「9条を見習うべきだ」と宣言した。そのワイスさんの励ましに何度も拍手がわいた。

 9条世界会議は、「世界がもし100人の村だったら」の著者池田香代子さんらが中心となり、井上ひさしさん、ピーコさんら約90人が呼びかけ人に名を連ねた。

 国際貢献のためには日本も血を流す必要がある――そんな改憲派の主張は本当なのか。「それを確かめたかった」と、実行委員でピースボート共同代表の吉岡達也さんは趣旨を語る。海外のゲストは31の国と地域からノーベル平和賞受賞者や大学教授ら150人余りがやってきた。

 答えの一つはイラクから寄せられた。

 イラクで人道支援をしているカーシム・トゥルキさんは「戦争のない世界をつくる」と題された全体会で体験を語った。03年の開戦時、共和国防衛隊として米軍と戦った。兄もいとこも友人も失った。「軍は国民を守ると教えられたが、そうではなかった。非暴力こそ人々を守る最善の方法だ」

 そのイラクに派遣された元米兵のエイダン・デルガドさん。アブグレイブ刑務所での虐待を見て、兵役を拒否した。「9条は国際的な問題だ。同じ道を歩いていこうと決意した」

 中国・韓国・台湾などからは、9条は戦後日本の対外公約だ、というメッセージが異口同音に語られた。

 現実として世界有数の「軍事力」を持っている日本。台湾で憲法に平和条項を入れる運動をしているピースタイム財団理事の徐斯倹さんは「もし日本が9条を放棄すれば、周辺に悪いシグナルを送ることになる」と語った。「アジアのなかの9条」という分科会で韓国の聖公会大教授・権赫泰さんはこう発言した。「9条は日本だけのものではないのです」。(谷津憲郎)

5月3日、新聞各紙社説紹介

この間、運動の多忙さの故に手抜きになっていたが、遅ればせながら5月3日の各紙社説を拾った。読売、日経、産経、朝日、毎日、東京、北海道、神奈川各紙である。
特徴は改憲派の読売、日経が9条改憲論を正面から展開できずに、衆参ねじれ国会状況に引っかけて二院制のあり方を論じて改憲へと誘導しようとしていること(産経は海賊事件に例を借りて、自衛隊派兵改憲を主張したが)、朝日や各地方紙が、この1年で憲法状況が大きく変化したことを指摘し、9条護憲の意見が国民の間で急増していることや、貧困と深刻な格差社会、名古屋高裁判決、立川反戦ビラ判決、プリンスホテル問題などに触れ、「憲法と現実の乖離」を指摘し、9条だけでなく、21条や25条の問題でも、憲法の理念を実現することを主張していることである。
この間、9条改憲論の根拠として強大な自衛隊保持などの現実と憲法の乖離が主張され、憲法を現実にあわせるための改憲が語られてきた。ではお聞きしたい、21条や、25条での現実との乖離も改憲派の諸君は憲法を現実にあわせろと主張するのだろうか。これらの深刻な乖離は名古屋高裁判決を受けての福田首相の発言や海上幕僚長の「関係ねえ」発言にみられるように、憲法無視、立憲主義の否定の態度と共通する問題である。各紙社説氏は、こうした指摘を5月3日の一時の憲法論に終わらせるのではなく、ジャーナリズムの使命としての恒常的な権力批判として展開しなければならない。この社会の現状にはマスマディアにもまた重大な責任があるからだ。
地方紙各紙の社説を集めたNPJの資料は迫力がある。
http://www.news-pj.net/siryou/shasetsu/2008.html#anchor-kenpou(高田)


http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080502-OYT1T00753.htm

憲法記念日 論議を休止してはならない(5月3日付・読売社説)

 この国はこれで大丈夫なのか――日本政治が混迷し機能不全に陥っている今こそ、活発な憲法論議を通じ、国家の骨組みを再点検したい。

 昨年5月、憲法改正手続きを定めた国民投票法が成立し、新しい憲法制定への基盤が整った。

 ところが、同法に基づいて衆参両院に設置された憲法審査会は、衆参ねじれ国会の下、民主党の消極的姿勢もあって、まったく動いていない。

 超党派の「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根元首相)が1日主催した大会に、顧問の鳩山民主党幹事長らが欠席したのも、対決型国会の余波だろう。

 大会では、憲法改正発議に向けて憲法問題を議論する憲法審査会を、一日も早く始動させるよう求める決議を採択した。これ以上、遅延させては、国会議員としての職務放棄に等しい。

 与野党は、審査会の運営方法などを定める規程の策定を急ぎ、審議を早期に開始すべきだ。

 憲法審査会で論じ合わねばならぬテーマは、山ほどある。二院制のあり方も、その一つだ。

 現行憲法は、衆参ねじれ国会を想定してはいた。例えば、憲法59条。衆院で可決した法案を参院で否決、または60日以内に議決しない場合、衆院は3分の2以上の賛成多数で法案を再可決し、成立させることができる。

 政府・与党は、これに基づき、インド洋での海上自衛隊の給油活動再開のための新テロ対策特別措置法と、ガソリン税の暫定税率を復活させるための税制関連法をそれぞれ再可決、成立させた。

 この再可決は、憲法の規定上、何の問題もない。

 かつて、参院議長の私的諮問機関は、参院改革の一環として、衆院の再可決要件を、「3分の2以上」から「過半数」に緩和することを提言した。自民党が新憲法草案を作成する過程でも、同様の案が一時、浮上した。

 もちろん、こうした改革には憲法改正が必要で、直ちに実現できることではない。

 ただ、参院の機能は、衆院に比べてあまりに強すぎないか。衆参両院の役割分担を見直す必要はないか。与野党には、こうした憲法改正にかかわる問題を大いに論議してもらいたい。

 衆参ねじれ国会は、国として迅速にしなければならぬ意思決定を困難にしている。こうした国会機能をめぐる議論を積み重ねることが、新しい国会ルールの形成にもつながるのではないか。
(2008年5月3日01時45分  読売新聞)

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20080502AS1K3000302052008.html
日経新聞 社説 憲法改正で二院制を抜本的に見直そう(5/3)

 衆参両院の多数派が異なるねじれ国会で政局が迷走する中で、61回目の憲法記念日を迎えた。現行の二院制度は日本国憲法の最大の欠陥である。議院内閣制がきちんと機能するように憲法を改正し、よりよい二院制度をめざしたい。ねじれ国会の迷走を貴重な教訓として憲法改正論議に生かすべきである。

 私たちはかねて、参院が大きな権限を持つ現行制度の下では議院内閣制が立ち往生しかねないと指摘してきた。そうした懸念が現実となったのがねじれ国会の迷走である。

衆院の優越より明確に

 テロ防止のための国際協力に4カ月近くの空白が生じた。日銀総裁の決定も混迷に混迷を重ねた。予算を執行するための関連法案の成立も容易でない状況が続いている。

 現在は与党が衆院で3分の2以上の多数を握っており、参院で法案が否決されるか、2カ月以内に議決しない場合に衆院で再可決できるので国政の混乱もまだこの程度で収まっている。しかし、与党が衆院で3分の2以上の勢力を持つのは極めてまれである。与党が衆院で単なる過半数しか持っていない場合、政治はたちまち行き詰まってしまう。

 議院内閣制は衆院多数派が内閣を組織し、国会と国民に責任を負う仕組みだ。参院はこれに対する「チェック機関」「再考の府」であり、参院が強大な権限を持つと議院内閣制の趣旨は貫徹できなくなる。現行憲法は首相指名、予算、条約承認で衆院の優越を明確に認めているが、普通の法案については衆院の3分の2の再可決規定があるだけである。

 衆院の優越規定がそれだけでは明らかに不十分である。予算が成立しても歳入などの裏付けとなる関連法案が成立しなければ予算執行に支障が出る。条約が承認されても関連の国内法が成立しなければ実際の効力が発生しないケースも出てくる。国会同意人事も最終的には内閣の責任になるのだから衆院の優越を認めないのは不自然である。

 英国の上院は貴族院であり、ドイツの連邦参議院は州政府の代表で構成されている。いずれも国民の直接選挙ではなく、その分、権限は制約されている。一方、イタリアの上院は国民の直接選挙で下院と完全に同等の権限を持っており、解散の場合は常に上下両院同時である。解散がないのに大きな権限を持つ日本の参院は世界的に見ても異様である。

 私たちは衆院の優越をより明確にするため憲法59条を改正し、衆院の再可決の要件を3分の2から過半数に緩和すべきだと主張してきた。参院に従来通り2カ月の審議期間を保証すれば、チェック機関、再考の府としての機能は十分に果たせるはずである。道路特定財源問題では参院が2カ月間審議を引き延ばした結果、内閣は再可決の条件整備のために一般財源化方針に踏み切らざるを得なくなったのが一例である。

 現行の二院制度を前提とする限り、ねじれを解消する手段は最終的に衆院第一党と参院第一党の大連立しかないだろう。衆院選の民意を踏まえた結果なら大連立もやむを得ないと考えるが、大連立が常態化するのは好ましくない。議院内閣制はやはり二大政党による政権交代可能な政治体制が基本である。

 憲法を改正して参院の権限を縮小し、衆院の優越をより明確にするのに合わせて、参院の選挙制度も抜本的に見直すべきである。現行の3年ごとの半数改選は米国上院をまねたものでほとんど無意味だ。6年の任期も長すぎる。全国単位の比例代表制は廃止した方がいい。

参院は地方代表で構成

 衆院議員が全国民の代表とするなら、参院議員はドイツのように地方の代表として位置づける。将来の道州制導入をにらんでブロックごとの比例代表選挙か、あるいは直接選挙をやめて間接選挙とし、総定数は100人程度とする。このような案も一考に値しよう。

 自民党は2005年に新憲法草案を公表したが、参院の改革には全く触れていない。民主党も憲法に関する基本的な考え方をまとめているが、参院のあり方への言及がない。両党ともこれまで参院をタブー視して党内議論を封じ込めてきた。ねじれ国会の迷走はそうした両党の姿勢に反省を迫っているともいえよう。民主党も将来政権を担うときに参院が足かせになる可能性があることをもっと真剣に考えた方がいい。

 昨年5月に成立した国民投票法で衆参両院に憲法審査会を設置することが決まった。だが、同審査会の組織や運営ルールを定める審査会規程の協議を民主党が拒否し続け、いまだに憲法審査会が活動できずにいる。議論すべきテーマは二院制度見直しだけにとどまらない。自衛隊の国際貢献などの安全保障、抜本的な地方分権、環境や生命倫理などいくらでもある。一刻も早く憲法審査会を始動させるべきである。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080503/plc0805030149000-n1.htm
憲法施行61年を迎えた。施行された昭和22年当時には想定できなかった事態が続発している。

 サブプライム問題に伴う金融危機、資源争奪に加え、中国の軍事力強大化や北朝鮮の核の脅威にさらされている。この国際環境の激変とパワーゲームを前に日本は日銀総裁を空席にしたように国家意思を決められなくなっている。

 より深刻なのは、日本が国家として当たり前のことを実行できなくなっていることだ。4月21日、中東イエメン沖で日本郵船の大型タンカー「高山」が海賊に襲われ、被弾した事件は、日本が公海上で海賊を撃退することに無力なことをみせつけた。憲法解釈によりがんじがらめだからである。

 これでは日本は国際社会の平和と安定に寄与することはむろん、国の安全を保っていくことも難しい。憲法守って国滅ぶである。

 高山が被弾した海域の周辺では海上自衛隊の補給艦と護衛艦が多国籍海軍へ給油支援を行っている。普通の国の海軍なら、自国船舶が海賊に襲撃されたら、自衛権によって不法な暴力を撃退するが、海自はそうした行動を取れない。

 それは、新テロ特別措置法が給油支援に限定しているだけでなく、不法な暴力を抑止する国内法規定がないうえ、普通の軍隊に付与される「平時の自衛権」が認められていないためだ。

 日本は自衛権の発動に急迫不正の侵害などの厳格な要件を課している。このため海賊の攻撃に自衛権は適用されず、撃退は憲法解釈で禁止されている「武力行使との一体化」行為とみなされる。

 ≪自衛権がなぜ使えない≫

 国連安保理は現在、海賊を領海内まで追跡、逮捕できる権限を付与する決議を準備しているが、日本はパトロールすら実施できないと弁明するのだろうか。

 問題海域は日本の海上交通路(シーレーン)と重なる。日本の国益にかなう国際共同行動に日本がもし憲法を理由に参加しないなら、国際社会はどう受け止めるだろうか。国際社会との連携こそ、貿易立国・日本の基軸であり、その実現に総力を挙げるべきだ。

 この国際社会の行動を国会はどの程度直視しているのだろう。政争に明け暮れているのが実態ではないか。憲法問題の調査、研究を行うために昨年8月、衆参両院に設置された憲法審査会がいまだに、定員や審議方法などを定める規程を決められないまま、開店休業なのは、その一例である。

 この怠慢に民主党の責任は大きい。同党は国民投票法採決を与党が強引に進めたと批判、昨秋の執行部人事でも憲法調査会長を置くことなく、憲法問題に背を向けている。憲法審査会での憲法改正原案の起草・審査は現在凍結されているが、平成22年5月に解除される。それまでに国民の平和と安全をきちんと守れる国のありようを与野党で論じ合うのが、立法府の最低限の責務だろう。

 ≪タブーなく参院見直せ≫

 衆参両院の意思が異なる「ねじれ」が日本を停滞させてもいる。この問題では国民の利益や国益を守るため、与野党の歩み寄りが必要不可欠だが、参院のあり方もタブーなく見直すべきである。

 自民党が平成17年10月にまとめた新憲法草案や参院憲法調査会の報告書でも、参院は現状維持にとどまっている。参院見直しに参院側が反発したためである。

 フランス革命の理論的指導者だったシェイエスは「第二院は何の役に立つのか。第一院と一致するなら無用、異なれば有害」と語ったが、日本における二院制のあるべき姿を憲法改正を含めて明確にしなくてはなるまい。

 これまでの日本は憲法解釈に基づき、できることとできないことを仕分けしてきた。できることは超安全な地域での給油支援などだった。武力行使との一体化を避けるためだが、憲法第9条の「国際紛争を解決する手段としての武力行使」は2国間の戦い、いわば侵略戦争のための武力行使を意味している。国際的な警察行動や制裁はそこに含まれないと考える有力説もある。

 海賊も撃退できない憲法解釈がいかにおかしなものか。自民党の新憲法草案で自衛軍保持と集団的自衛権の行使容認をまとめた福田康夫首相は熟知していよう。小沢一郎民主党代表も「普通の国」が持論だったはずだ。国民の常識が通用する憲法体制の構築に与野党は競い合ってほしい。

http://www.asahi.com/paper/editorial20080503.html
朝日新聞社説 日本国憲法―現実を変える手段として

 たった1年での、この変わりようはどうだろう。61回目の誕生日を迎えた日本国憲法をめぐる景色である。

 昨年の憲法記念日のころを思い出してみる。安倍首相は、夏の参院選に向けて憲法改正を争点に掲げ、そのための手続き法である国民投票法を成立させた。集団的自衛権の政府解釈を見直す方向で、諮問機関も発足させた。

 ところがいま、そうした前のめりとでも言うべき改憲気分は、すっかり鳴りを潜めている。福田首相は安倍時代の改憲路線とは一線を画し、集団的自衛権の見直しも棚上げにした。

 世論も冷えている。改憲の旗振り役をつとめてきた読売新聞の調査では今年、93年以降の構図が逆転し、改憲反対が賛成を上回った。朝日新聞の調査でも、9条については改正賛成が23%に対して、反対は3倍近い66%だ。

 90年代から政治やメディアが主導する形で改憲論が盛り上がった。だが、そもそも政治が取り組むべき課題を世論調査で聞くと、景気や年金など暮らしに直結する問題が上位に並び、改憲の優先順位は高くはなかった。イラクでの米国の失敗なども背景に、政治の熱が冷めれば、自然と関心も下がるということなのだろう。

 むろん、政界再編などを通じて、9条改憲が再浮上する可能性は否定できない。ただ、今の世の中の流れをみる限りでは、一本調子の改憲論、とりわけ自衛隊を軍にすべきだといった主張が訴求力を失うのはあたり前なのかもしれない。

■豊かさの中の新貧困

 9条をめぐってかまびすしい議論が交わされる陰で、実は憲法をめぐってもっと深刻な事態が進行していたことは見過ごされがちだった。

 すさまじい勢いで進む経済のグローバル化や、インターネット、携帯電話の広がりは、日本の社会を大きく変容させた。従来の憲法論議が想像もしなかった新しい現実が、挑戦状を突きつけているのだ。

 たとえば「ワーキングプア(働く貧困層)」という言葉に象徴される、新しい貧困の問題。

 国境を超えた競争の激化で、企業は人件費の削減に走る。パートや派遣の非正規労働者が飛躍的に増え、いまや働く人の3分の1を占める。仕事があったりなかったりの不安定さと低賃金で、生活保護の対象になるような水準の収入しかない人たちが出てきた。

 本人に問題があるケースもあろう。だが、人と人とのつながりが希薄になった現代社会では、個人は砂粒のようにバラバラになり、ふとしたはずみで貧困にすべり落ちると、はい上がるすべがない。

 戦後の日本人は、豊かな社会をめざして懸命に働いてきた。ようやくその目標を達したかに思えたところで、実は袋の底に新しい穴が開いていた。そんな状況ではあるまいか。

 東京でこの春、「反貧困フェスタ」という催しがあり、そこで貧困の実態を伝えるミュージカルが上演された。

 狭苦しいインターネットカフェの場面から物語は始まる。カフェを寝場所にする若者たちが、かたかたとキーボードをたたきながらネットを通じて不安や体験を語り合う。

 長時間労働で倒れた人、勤め先の倒産で給料未払いのまま職がなくなってしまった若者、日雇い派遣の暮らしから抜け出せない青年……。

 最後に出演者たちが朗唱する。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。生存権をうたった憲法25条の条文だ。

 憲法と現実との間にできてしまった深い溝を、彼らは体で感じているように見えた。

■「自由」は実現したか

 民主主義の社会では、だれもが自分の思うことを言えなければならない。憲法はその自由を保障している。軍国主義の過去を持つ国として、ここはゆるがせにできないと、だれもが思っていることだろう。だが、この袋にも実は穴が開いているのではないか。そう感じさせる事件が続く。

 名門ホテルが右翼団体からの妨害を恐れ、教職員組合への会場貸し出しをキャンセルした。それを違法とする裁判所の命令にも従わない。

 中国人監督によるドキュメンタリー映画「靖国」は、政府が関与する団体が助成金を出したのを疑問視する国会議員の動きなどもあって、上映を取りやめる映画館が相次いだ。

 インターネット社会が持つ匿名性は「両刃の剣」だ。多数の人々に個人が自由に発信できる世界を広げる一方で、無責任な書き込みによる中傷やいじめ、プライバシーの暴露が、逆に個人の自由と人権を抑圧する。

 こうした新しい現実の中で、私たちは自由と権利を守る知恵や手段をまだ見いだしていない。

 憲法で「全体の奉仕者」と位置づけられている公務員が、その通りに仕事をしているか。社会保険庁や防衛省で起きたことは何なのか。憲法の精神への裏切りではないのか。

 憲法は国民の権利を定めた基本法だ。その重みをいま一度かみしめたい。人々の暮らしをどう守るのか。みなが縮こまらない社会にするにはどうしたらいいか。現実と憲法の溝の深さにたじろいではいけない。

 憲法は現実を改革し、すみよい社会をつくる手段なのだ。その視点があってこそ、本物の憲法論議が生まれる。

http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20080503ddm005070099000c.html
毎日新聞 社説:憲法記念日 「ことなかれ」に決別を 生存権の侵害が進んでいる

 あれほど盛んだった改憲論議が、今年はすっかりカゲをひそめてしまった。国民の関心は憲法よりも、暮らしに向かっている。

 戦後最長の大型景気も天井を打って下り坂に転じた気配が濃厚である。ガソリンだけでなく、食品も値上げラッシュだ。

 ところが、所得は一向に伸びない。老後を支える年金や医療保険改革は前進しない。暮らしの悪化の実感の前に、憲法問題は背後に追いやられてしまった。

 しかしながら、実は今年ほど、憲法が切実な年もないのではないか。

 右翼のいやがらせへの懸念を理由に、裁判所の決定を無視してかたくなに日教組の集会を拒んだ東京のホテル。国会議員の介入を機に映画館の上映中止が相次いだ映画「靖国」。

 憲法の保障する集会の自由、表現の自由が脅かされている。「面倒は避けたい」と思うのは人情だ。しかし、このとめどもない「ことなかれ」の連鎖はいったいどうしたことか。意識して抵抗しないと基本的人権は守れない。私たちの現状は、やや無自覚に過ぎるように見える。

◇感度が鈍っている

 NHKが5年ごとに「憲法上の権利だと思うもの」を調査している。驚いたことに「思っていることを世間に発表する」こと(表現の自由)を権利と認識するひとの割合が調査ごとに下がっている。73年は49%だったのが、03年は36%まで落ち込んだ。表現の自由に対する感度が鈍っているのが心配だ。

 その意味で注目されるのが、イラクでの航空自衛隊の活動に対する名古屋高裁の違憲判決だ。

 高裁は「バグダッドは戦闘地域」と認定し、空輸の法的根拠を否定した。対米協力を優先させ、憲法の制約をかいくぐり、曲芸のような論理で海外派遣を強行するやり方は限界に達している。そのことを明快に示す判決だった。

 しかし、この判決の意義はそれにとどまらない。憲法の前文は「平和のうちに生存する権利」をうたっているが、それは単なる理念の表明ではない。侵害された場合は裁判所に救済を求める根拠になる法的な権利である。そのような憲法判断を司法として初めて示したのである。

 ダイナミックにとらえ直された「生存権」。その視点から現状を見れば、違憲状態が疑われることばかりではないか。

 4月から始まった「後期高齢者医療制度」は高齢の年金生活者に不評の極みである。無神経な「後期高齢者」という名称。保険料を年金から一方的に天引きされ、従来の保険料より高い人も多い。「平和のうちに生存する権利」の侵害と感じる人が少なくあるまい。

 「憲法」と「現実」の懸隔が広がっている。働いても生活保護以下の所得しか得られないワーキングプアの問題など典型だ。年金を払い込みながら記録されていない「消えた年金」もそうであろう。「生存権」の侵害に監視を強める地道な努力が必要である。

 その努力の中心になるべきは、言うまでもなく国会だが、野党はもとより、与党もひたすら「生活重視」を唱えている。むしろ「内向き」過ぎると心配したくなる。ところが「生活重視」で一致するのに、スムーズに動かない。いわゆる「ねじれ国会」の弊害である。

 しかし、「ねじれ国会」の非効率性だけを言うのは一方的だ。「ねじれ」になる前の自民党はどうだったのか。強行採決を連発する多数の横暴そのものだったと言えるだろう。

 「ねじれ」以降、自民党は話し合い路線の模索に転じ、福田康夫首相は道路特定財源の一般財源化を約束するに至った。「ねじれ」なしでは起こりえなかったことである。カラオケ機を買うなど、年金や道路財源のデタラメな運営も「ねじれ国会」の圧力があって明らかになったことだ。
 ◇ルールの整備急げ

 私たちは「ねじれ国会」は、選挙で打開を図るのが基本だと主張している。選挙のマニフェストを発表する際、喫緊の重要課題について選挙結果に従うことを約束しておくのも一案だろう。こうしたルールの整備によって「ねじれ」を消化していくことが、民主政治を成熟させることにほかなるまい。

 憲法が両院不一致の場合の打開策としている両院協議会は、いま、ほとんど機能していない。両院それぞれ議決した側から10人ずつ委員を選ぶ仕組みだから、打開案がまとまりにくい。委員選出の弾力化など、その活性化に早急に取り組んでもらいたい。

 ただ「ねじれ」の有無にかかわらず、参院は「ミニ衆院」という批判を払拭(ふっしょく)する必要がある。明治から約120年の歴史を有する衆院と違い、参院は戦後改革で生まれた。憲法の精神の体現といってよい。参院はその自覚に立って独自性の確立を急ぐべきである。

 憲法で保障された国民の権利は、沈黙では守れない。暮らしの劣化は生存権の侵害が進んでいるということだ。憲法記念日に当たって、読者とともに政治に行動を迫っていく決意を新たにしたい。

毎日新聞 2008年5月3日 東京朝刊

東京新聞 http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008050302008501.html
憲法記念日に考える 『なぜ?』を大切に

2008年5月3日

 日本国憲法の規範としての力が弱まっています。現実を前に思考停止に陥ることなく、六十年前、廃虚の中で先人が掲げた高い志を再確認しましょう。

 昨年七月、北九州市で独り暮らしの男性が孤独死しているのが発見されました。部屋にあった日記に生活の苦しさがつづられ、最後のページには「おにぎりが食べたい」と書いてありました。

 男性はタクシー運転手をしていましたが肝臓の病気で働けなくなり、四月まで生活保護を受けていました。病気が少しよくなり、福祉事務所の強い指導で保護を辞退したものの働けず、にぎり飯を買うカネさえなかったようです。
 忘れられた公平、平等

 全国各地から生活に困っていても保護を受けられない、保護辞退を強要された、などの知らせが後を絶ちません。憲法第二五条には「すべて国民は、健康で文化的な生活を営む権利を有する」とあるのにどうしたことでしょう。

 国が抱える膨大な借金、将来の社会を支える若者の減少など、日本は難局に直面しています。しかし、最大の要因は弱者に対する視線の変化でしょう。

 行き過ぎた市場主義、能力主義が「富める者はますます富み、貧しい者はなかなか浮かび上がれない」社会を到来させました。小泉政権以来の諸改革がそれを助長し、「公平」「平等」「相互扶助」という憲法の精神を忘れさせ、第二五条は規範としての意味が薄れました。

 リストラでよみがえった会社の陰には職を失った労働者がたくさんいます。「現代の奴隷労働」とさえ言われる悪条件で働くことを余儀なくされた非正規雇用の労働者が、企業に大きな利益をもたらしています。

 年収二百万円に満たず、ワーキングプアと称される労働者は一千万人を超えると言われます。
 黙殺された違憲判決

 安い賃金、不安定な雇用で住居費が払えず、インターネットカフェや漫画喫茶に寝泊まりしている人が、昨年夏の厚生労働省調査で五千四百人もいました。これは推計で実際はもっと多そうです。

 憲法には第二五条のほかに「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」(第二七条)という規定もあります。

 「なのになぜ?」-ここにもそう問いたい現実があります。

 「戦力は持たない」(第九条第二項)はずの国で、ミサイルを装備した巨船に漁船が衝突されて沈没しました。乗組員二人はいまだに行方が分かりません。「戦争はしない」(同条第一項)はずだった国の航空機がイラクに行き、武装した多国籍兵などを空輸しています。

 市民の異議申し立てに対して、名古屋高裁は先月十七日の判決で「自衛隊のイラクでの活動は憲法違反」と断言しました。「国民には平和に生きる権利がある」との判断も示しました。

 しかし、政府は判決を黙殺する構えで、自衛隊幹部の一人は人気お笑い芸人のセリフをまね「そんなのかんけえねえ」と言ってのけました。「判決は自衛隊の活動に影響を及ぼさない」と言いたかったのでしょうが、「憲法なんて関係ねえ」と聞こえました。

 イラク派遣反対のビラを自衛隊官舎に配った東京都立川市の市民は住居侵入容疑で逮捕され、七十五日間も拘置されたすえに有罪とされました。団地の新聞受けにビラを静かに入れて回っただけなのに「他人の住居を侵し、私生活の平穏を害した」というのです。

 ビラ配布は、組織、資力がなくても自分の見解を広く伝えることができる簡便な手段です。読みたくなければ捨てればいいだけでしょう。それが犯罪になるのなら憲法第二一条が保障する「表現の自由」は絵に描いたモチです。

 これでは、民主主義にとって欠かせない自由な意見表明や討論が十分できません。

 国民から集めた税金で職場にマッサージチェアを設置したり豪華旅行をするなど、「全体の奉仕者」(第一五条第二項)である公務員による私益優先のあれこれが次々明るみに出ました。

 長い間に「主権在民」(前文)が無視されて、主権在官僚のようなシステムを組み上げられてしまったのです。

 憲法は政府・公権力の勝手な振る舞いを抑え、私たちの自由と権利を守り幸福を実現する砦(とりで)です。
 国民に砦を守る責任

 憲法を尊重し擁護するのは公務員の義務(第九九条)です。国民には「自由と権利を不断の努力で保持する」責任(第一二条)、いわば砦を守る責任があります。

 その責任を果たすために、一人ひとりが憲法と現実との関係に厳しく目を光らせ、「なぜ?」と問い続けたいものです。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/90699.html?_nva=24
北海道新聞 憲法記念日 平和に生きる権利 今こそ(5月3日)

 昨年のいまごろは、安倍晋三政権下で改憲の手続きを定める国民投票法案が大きな議論になっていた。

 いま、福田康夫首相が憲法に言及する場面はほとんど見られない。

 ねじれ国会の下、年金や道路財源問題など早急に取り組まねばならない課題が山積しており、それどころではないというのが本音だろう。

 衆参両院に設けられた憲法審査会は運営規定もまだ決まっていない。二〇一〇年に改憲発議は可能になるが、改憲の動きは表面的にはやや勢いが落ちてきたようにも見える。

 日本国憲法が施行されてきょうで六十一年となる。憲法とは何か、私たちの暮らしにどうかかわるのか。この機に思いをめぐらせてみたい。

*軽視された違憲判断

 国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本原理とする現憲法には人々の「戦争は二度といやだ」という強い願いが込められている。

 なかでも前文と九条は世界に向けた平和と不戦の表明でもある。

 その誓いを戦後、政府はないがしろにしてきたのではないか。そう問いかける司法判断が四月十七日、名古屋高裁で示された。

 イラクに派遣された航空自衛隊の活動は武装兵士を戦闘地域に輸送するものであり、憲法九条が禁じる武力行使にあたると指摘したのだ。

 自衛隊を海外に送り出すために憲法を拡大解釈してきた政府の姿勢を厳しく戒めるものとなった。

 政府は、判決をことさら軽視しようとしている。隊員の心境について航空幕僚長はお笑いタレントのせりふを引用し、「そんなの関係ねぇという状況だ」と言った。

 憲法は国の最高法規だ。九九条は大臣や国会議員、公務員らに憲法の尊重と擁護義務を負わせている。

 にもかかわらず政府が違憲判断を真摯(しんし)に受け止めず、文民統制を崩しかねない制服組の発言を放置する。法治国家としてどうなのだろう。

 政府はイラク派遣を人道支援、国際貢献と言ってきた。しかし、政府がいまなすべきことははっきりしている。イラクから撤退し、憲法にのっとって武力に頼らない国際貢献のあり方を考え直すことではないか。

*生存権が脅かされる

 憲法の前文に「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免(まぬ)かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とある。

 その「平和に生きる権利」がいま脅かされ、侵害されてはいまいか。

 三十一歳のフリーターが月刊誌に発表した「希望は戦争」という論文が昨年、反響を呼んだ。

 戦争は社会の閉塞(へいそく)状態を打破してくれる。生活苦の窮状から脱し、一人前の人間としての尊厳を得られる可能性をもたらしてくれる。戦争は悲惨でもなくむしろチャンスだ-。

 慄然(りつぜん)とさせられる物言いだが、こうした発言が出てきた社会のあり様(よう)を深刻に考えなければなるまい。

 米国では実際に、貧しい若者たちが生活の保障を求めて軍に志願し、イラクへと送られている。

 憲法二五条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたっている。

 しかし、ワーキングプアと呼ばれる新たな貧困層が増え続けている。年収二百四十万円以下が一千万人を超え、百万円以下も珍しくない。

 後期高齢者医療制度にお年寄りから悲鳴が上がっている。社会保険庁のずさんな管理で、わずかな年金さえ受け取れない人がいる。生活保護世帯は全国で百万を超えた。

 二五条は二項で「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めている。それを実践し、憲法を暮らしに定着させるのは国の責務なのだ。

*軍事に頼らぬ平和を

 北海道新聞社が四月に行った世論調査によると、七割の人たちが憲法を改めるべきだと答えている。

 「時代の変化に応じた方がよい」との理由がもっとも多かった。環境権やプライバシー権、知る権利といった、新たな権利の保障などが念頭にあるのだろうか。

 ただ、これらの人権は現憲法でも保障されているとする憲法学者は多い。確かに憲法は「不磨の大典」ではない。国民的論議を広げていくことは必要だろう。

 九条については改憲容認の人たちでも、六割近くが変更しなくていいと答えた。逆に変更して戦力保持を明記するべきだとした人は大幅に減って、三割にとどまった。

 自民党の新憲法草案は、現憲法前文の「平和のうちに生存する国民の権利」を捨て、戦力不保持と、交戦権の否認を定めた九条二項を削除し自衛軍の創設を盛り込んでいる。

 戦後、海外で一度も武力行使をせず、血を流さなかった日本の姿を大きく変えることになる。

 イラクの惨状は、武力で平和はつくれないという当たり前のことを見せつけた。軍事力に頼らず平和を目指そうとの流れが世界で生まれつつある。平和憲法を持つ日本がその先頭に立ってもいいのではないか。

http://www.kanaloco.jp/editorial/entry/entryxiiimay08051/
神奈川新聞 人権擁護し理想の追求を

 「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」-。前文で国際社会にこう誓った日本国憲法が、きょう施行六十一年を迎えた。

 焦土から復興に立ち上がった先達の努力によって、現在の日本は自由な民主主義諸国の一角を占めるに至った。先輩たちへの感謝を忘れてはなるまい。ところが、最近、この成果を土台から腐食させるような問題が続いている。

 第一が、ドキュメンタリー映画「靖国」の上映中止、日教組集会の会場使用拒否などで表面化した表現の自由、集会の自由の危機である。一部の映画館、ホテルが右翼団体の街頭宣伝活動などに萎(い)縮(しゅく)した結果、自由が封じられた。嫌がらせや不法行為には警察を含めて行政、社会が毅(き)然(ぜん)とした態度を取るべきだ。ところが「靖国」の例では、騒ぎの発端をつくったのは与党の国会議員だった。

 そこで思い出されるのが、反戦ビラ配布が狙い撃ち同然に検挙された立川反戦ビラ事件だ。政府に批判的な表現を抑圧し、萎縮させるような権力の動きがあった。

 表現の自由は民主主義の土台である。もし萎縮の連鎖や権力の暴走が続くようなら、日本は戦前のような「物言えぬ社会」「専制と隷従、圧迫と偏狭」の社会に戻ってしまうだろう。国民一人一人が、表現の自由を守り抜く決意を持たなければならない。

 第二は、貧困、格差の問題だ。憲法二五条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と、生存権を定めた。高齢者や障害者の福祉が切り捨てられ、汗水流して働いても生活保護水準、貧困ラインを抜け出せない人々がいるのは、大きな人権侵害であると指摘したい。
 世界を見渡せば、医療福祉が整備され、格差の小さな国は、社会経済も安定し、国民の幸福度も高い。日本がこのまま福祉や年金、医療を崩壊させ、働く貧困層を拡大させたらどうなるか。社会はすさみ、経済の底力も失われるだろう。選ぶべき道は明らかだ。

 最後に、平和主義の問題だ。名古屋高裁は先月、航空自衛隊によるバグダッドへの多国籍軍武装兵員輸送を憲法九条違反とした。しかし、政府は判決を無視したままだ。なし崩し的な自衛隊の運用、平和主義からの逸脱をこのまま進めていいのだろうか。あすから三日間、千葉市で「9条世界会議」が開催される。憲法九条の世界史的な意義を再確認したい。

 日本人は今、目先の利益や安心に汲々(きゅうきゅう)としているように見える。果敢に難問に挑み、世界に理想や模範を示すという気概を失ってはいないか。日本国憲法は人類の経験と知恵、理想の集積である。この憲法から勇気を得て「名誉ある地位」への努力を進めたい。

2008年5月 7日 (水)

中曽根康弘元首相インタビュー 早期に憲法審査会を始動せよ

5月3日、産経紙は中曽根康弘にインタビューした。安倍内閣が倒れてから後の改憲派の焦りと、飽くなき改憲への動機が読み取れる。安倍の退陣がいかに彼らにとって痛手であったか、がよくわかると同時に、決してあきらめていないことが読み取れる。興味深い記事である。心しておこうではないか。(高田)

中曽根康弘元首相インタビュー 早期に憲法審査会を始動せよ

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080502/plc0805022104011-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080502/plc0805022104011-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080502/plc0805022104011-n3.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080502/plc0805022104011-n4.htm

 超党派の国会議員らでつくる「新憲法制定議員同盟」の会長を務める中曽根康弘元首相(89)に、始動の見通しが立っていない憲法審査会やねじれ国会など憲法問題についてインタビューした。(聞き手 榊原智)

 -昨年の今ごろは国民投票法の制定が大詰めを迎え憲法問題が盛んに議論されていたが、今は政治の争点から外れている。憲法論議をどう展望するか

 「安倍晋三君が首相になって憲法改正と教育改革という保守本流の主義主張を表に出したが、彼は昨年7月の参院選で挫折し、心の傷を負った。福田康夫首相は施政方針演説で憲法審査会に触れたが、現実問題の処理に忙しい。安倍内閣が続いていれば憲法論議の方へ動いたろうが、福田君の時代は国会対策と外交問題で余裕がない。福田君の次だね。特に次の解散総選挙で当選する新しい議員たちは、憲法問題を国家構造の問題として真剣に考え、取り上げるだろう」

 -民主党の小沢一郎代表は福田首相と同様、憲法問題に優先順位を与えていないようだ

 「小沢君は以前は、憲法改正にはっきりした考えを持ち熱心だった。だが、民主党の内部は旧社会党系の人もいて複雑だから、党の代表として慎重になっている。憲法改正の風が強く吹いているなら彼もその方向に党を引っ張っていけるが、今は解散総選挙の対策が第一になっている」
 -国民投票法によつて昨年8月に衆参両院の「憲法審査会」が法的に設置されたが、「審査会規程」の制定が見送られていることから実際には始動していない

 「国民投票法の成立は画期的で、憲法改正への基礎工事ができたと思った。だが、審査会規程の制定が政局の具合で、今にいたるまで放棄されているのは残念だ」

 -国会が法律を無視している。審査会は動き出す気配がない

 「早くても7月の北海道洞爺湖サミット以降だろう。衆院議員の残り任期が約1年になる。来年の9月までが衆院議員の任期だが、それまでには与野党の関係や政局に変化もあり得る。そういう変化の時に政界の指導者たちがどんな政治見識を持つかにかかってくる。民主党の諸君と話してみると、審査会規程は早晩作る用意があるという心境にあるようだ。多少時間を待てば審査会規程(の制定)には乗ってくると期待している」

 -与野党の激しい政争が続いている

 「政党間の交渉で憲法問題をどう国会で審議するか、具体的には憲法審査会の早期開会の合意を作るのが賢明だろう。憲法問題が本格的に動くのは解散総選挙後になるのではないか。民主党にも憲法問題を重視する人はかなり多い。憲法問題の結論を作っていく段階に必ず入っていける。解散総選挙後の新しい政局のもと、戦後日本の政治の歩み、国家構造あるいは国家機能を再点検する観点から、(政界で)憲法改正作業が出てくる」
 -衆参で与野党がそれぞれ多数を占める「ねじれ国会」をどうみる

 「不便を感じるが、世界各国の議会政治全般からみれば、与党がいつも多数を占め法案がスムーズに成立するわけではないということだ。今まで自民党は安心しすぎていた。昨年の参院選後、与野党の首脳部間で話し合いの体系、原則を話し合っておくべきだった。今はノールールの乱戦になっている。これは失敗だ」

 -「大連立」や「政界再編」はあるだろうか

 「当面はないだろう。小沢君も野党の諸君もそういう選択はしにくい。衆院選が遅くとも1年数カ月後にあるのだから。解散総選挙後は状況次第だ」

 -平成17年の自民党新憲法草案は、当時の参院自民党の反発から現憲法の国会条項の改正に踏み込まなかった。ねじれ国会を踏まえ、国会や衆参両院の関係を見直すべきか

 「当然、議論しなくてはならない。ねじれの問題と絡んでいる。自民党の新憲法草案は立党50年のお祝いを前に急いで作り上げた第1次草案だ。第2次草案作りにいよいよ取りかかるべきだ。そこでは、参院の権能が現状でいいのかどうかが非常に大きな課題となる」

 -2院制がいいか、1院制がいいか

 「衆院議員と同じような方法で参院議員が選ばれ、参院は衆院と同格で肩を張って対抗する存在になっている。このような第2院は世界でも非常に少ない。これは見直すべきだ。その代わり、新しい参院は選出方法を変え、人事や決算、会計検査などで衆院にない特別な権限が与えられるべきだ」

 -そもそもなぜ憲法改正が必要か

 「現憲法は占領下に作られたが、自由、民主主義、平和の面で特段の長所をもつ。だが戦後60年の経験からみても重大な欠陥がある。憲法9条はもちろん、前文、教育、新しい人権概念、議会や内閣制度、環境などといった点の改正を検討すべきだろう」

 -憲法改正を訴える政治家の声が小さい

 「欠陥のある憲法を改めるのは国民と政治家の当然の責任だ。そのことを政治家は国民によく説明しなければいけない。一般国民は憲法をじっくり読む暇はない。政治指導者は国のあり方についての自己の信念を国民に訴え、国の歩みを正しい方向へ持っていく責任を負っている。だから憲法の長所と同時に欠陥を国民に指摘して、是正しようと説得すべきだ。あるいは政治勢力を形成して運動を起こすべきだ。だから私は議員同盟の会長になった」

 -韓国の李明博大統領が、日本に永住外国人への地方参政権付与を求めている

 「付与の必要はないと思う。憲法上の日本国民という概念には過去、現在、そして将来生まれてくる国民が含まれる。(地方選挙権も含む参政権付与の条件であるべき)国籍は非常に貴重なポジションだ。帰化すれば選挙権は即座に得られる」

九条世界会議

画期的な九条世界会議を報道した各メディアの記事です。のべ2万人以上の参加でした。各紙の写真は野外の特設会場でのが多かったです。(高田)

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/chiba/news/20080504-OYT8T00628.htm
「9条会議」1万人殺到

 憲法9条と、武力によらない世界平和について考える「9条世界会議」が4日、千葉市美浜区の幕張メッセで開幕。北アイルランド問題の平和的解決に取り組み、1976年にノーベル平和賞を受賞したマイリード・マグワイア氏らの基調講演が行われた。夜には、趣旨に賛同する加藤登紀子さんやUA(ウーア)さんらのコンサートも行われた。

 幕張メッセ前には1万人を超える来場者が殺到し、会場内に入りきれない人が続出。当日券の販売は中止となり、前売り券の払い戻しも行われた。このため、近くにある野外のメッセモールで入場待ちをしていた約1000人を前に、急きょ、マグワイア氏らが追加講演を行う一幕もあった。

 マグワイア氏は「9条は全世界にとって重要なもの。紛争などは話し合うことで解決できる」と訴え、「会場に人が入りきらなかったのは、世界中の人が平和を求めているからだ」と熱弁を振るった。会議は5日にシンポジウムなどが行われ、6日に閉幕する。
(2008年5月5日  読売新聞)


http://www.asahi.com/national/update/0504/TKY200805040139.html
「9条世界会議」開幕 市民続々、約3千人会場に入れず

2008年05月04日19時13分

 作家の井上ひさしさんらが呼びかけ人となった「9条世界会議」が4日、千葉市の幕張メッセで始まった。憲法9条の意義や核兵器撤廃などについて議論する。9条を守ろうという趣旨に賛同する市民らが主催者の予想を超えて各地から集まり、主催者によると、3千人以上が会場に入りきれない事態になった。

会場に入れなかった人たちを前にハンドマイクで話しかけるマグワイアさん(中央右)=4日午後2時59分、千葉市美浜区

広島・平和公園を2月に出発したピースウオークの一行も4日、会議場にゴールした

 この日は、9条にエールを送る海外ゲストの発言が相次いだ。76年にノーベル平和賞を受賞した北アイルランドのマイレッド・マグワイアさんは「9条を放棄しようとする動きが日本にあることを憂慮している」と述べた。

 約1万2千人が入れる会場からあふれた人たちは近くの広場で、講演を終えたアメリカの平和活動家コーラ・ワイスさんらを囲んで、集会を開いた。バス2台で福島県郡山市から来た星光行さん(57)は「会場に入れなかったのは残念だが、ゴールデンウイークのさなかに9条のためにこれだけ人が集まったことに感動した」と話していた。

 会議は5日に分科会などを開き、6日に閉会する。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200805030074.html

戦争出前噺の94歳男性、海外で憲法9条語る計画

2008年05月03日

 戦争体験を各地で語る「戦争出前噺(ばなし)」に1200回以上取り組んできた和歌山県みなべ町の本多立太郎さん(94)が、千葉市の幕張メッセで4日から開かれる「9条世界会議」に参加する。数え年95歳の本多さんは、5日の同会議のプログラムの中で「本多立太郎 95歳の決意表明」と題し、9条を外国語に翻訳したパンフレットを自ら海外で配る構想を披露する。

戦争体験を話す本多立太郎さん=和歌山市鷺ノ森の本願寺鷺森別院本堂

 本多さんは知り合いの研究者や外国人らに依頼し、9条を英語、フランス語、中国語など約10カ国語に翻訳してもらった。今後、パンフレットを作り、09年からヨーロッパ各国で配りたいという。「今までは、どのようにして9条を守っていくかということを考えてきた。これからは他国でも9条のような憲法があるのが普通の世の中になるように積極的に広めていきたい」と意気込んでいる。

 本多さんは、第2次世界大戦で中国大陸に従軍し、シベリアに抑留されて1947年に帰国。「再び同じ過ちを繰り返さないために、誰かが語らなければならない」と決心し、86年2月から「戦争出前噺」を始めた。47都道府県を回り、回数は計1222回になる。中国やシンガポールを訪問し、そこで戦争体験を語ったこともある。

 9条世界会議は、市民団体「ピースボート」など50近くの団体で組織する「9条世界会議日本実行委員会」が主催。6日まであり、北アイルランドの女性平和運動家で76年にノーベル平和賞を受賞したマイレッド・マグワイアさんが基調講演をする。(森本未紀)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008050490202002.html

「9条は希望与え続けた」 平和憲法を考える世界会議
2008年5月4日 20時20分

 戦争放棄をうたった日本の憲法9条の意義を話し合おうと、非政府組織(NGO)の「ピースボート」などが4日、「9条世界会議」を千葉市の幕張メッセで開き、主催者発表で約1万2000人が参加した。

 基調講演した英国北アイルランドの平和運動家で、1976年にノーベル平和賞を受賞したメイリアド・マクガイアさんは「9条は60年間にわたって世界の人々に希望を与え続けた」と評価。「北アイルランド紛争で、私たちは武力なしで平和をつくることが可能だと実践した」と非暴力の重要性を説いた。

 一方で「9条をないがしろにすることは、広島、長崎の被爆者への侮辱でもある」と憲法改正の動きを批判した。

 スイスに本部がある平和団体「国際平和ビューロー」元会長のコーラ・ワイスさんは、中米のコスタリカにも常備軍の保有を禁止する憲法があることなどを報告。「日本が"自衛"を拡大解釈すれば平和な国際社会はつくれない」と訴えた。

(共同)

http://mainichi.jp/select/today/news/20080505k0000m040054000c.html

9条世界会議:千葉で開幕 1万人が「不戦の精神」考える

9条世界会議で映し出されたワンガリ・マータイさんのビデオメッセージ=千葉市の幕張イベントホールで2008年5月4日午後3時24分、塩入正夫撮影
憲法9条の「戦争放棄」の理念を世界に発信しようというイベント「9条世界会議」(主催・同会議日本実行委)が4日、千葉市美浜区の幕張メッセで始まった。6日までの3日間「世界の紛争と非暴力」「アジアの中の9条」などの分科会を開催、憲法にうたわれた不戦の精神について意見交換する。

 初日の全体会は約1万人(主催者発表)が参加。ノーベル平和賞受賞者による講演や加藤登紀子さんらのコンサートに聴き入った。同賞受賞者の元ケニア副環境相、ワンガリ・マータイさん(68)はビデオメッセージで登場。スクリーンを通じ「世界は9条という夢、ビジョンを実現すべきだ。9条は人類全体が賛同すべきものだ」と訴えた。

 第二次大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の一員として憲法起草にかかわった米国人女性ベアテ・シロタ・ゴードンさん(84)は当時のエピソードを披露したうえで「戦争放棄という9条の精神は、さまざまな国のモデルになると思う」と話した。【柳澤一男】

毎日新聞 2008年5月4日 20時20分(最終更新 5月4日 20時42分)


http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-05-05/2008050501_02_0.html

平和憲法の価値再発見
9条世界会議開幕 内外参加者熱く交流

 憲法九条の意味を世界の人々と考える「9条世界会議」が四日、千葉・幕張メッセで開かれ、講演や合唱、アーティストによるライブなど多彩な催しが行われました。全国から参加者がかけつけ、満席となった会場にはのべ一万二千人が入場。三千人以上が入りきれませんでしたが、外でも海外ゲストとの交流が行われました。

 実行委員会共同代表の池田香代子さん(翻訳家)は、「平和憲法は日本の市民が日々選びとり、六十一年間努力して維持し続けてきたもの」と強調。イラク派兵を憲法九条違反と断じた名古屋高裁判決を原告の一人として法廷で聞いた感動を述べ、「民主主義は戦争を否定して初めて本物になる」と訴えました。

 講演したノーベル平和賞受賞者のマイレッド・マグワイアさん(北アイルランド)は、「日本の平和憲法は、世界中の人々に希望を与え続けてきた」と指摘。一九九九年のハーグ平和会議を主宰したコーラ・ワイスさん(アメリカ)は環境や経済の面からも戦争をなくす大切さを訴えました。

 トーク企画「イラク、アメリカ、日本」では、いまでは平和活動に身を投じているイラク帰還米兵、元イラク兵、元米陸軍大佐のアン・ライトさんが、高遠菜穂子さん(イラク支援ボランティア)や雨宮処凛さん(作家)と討論。雨宮さんは貧困と戦争の関係にふれ、「解決策は、軍事費を削って生存の方に回すことだ」と訴え。高遠さんはイラクでの人質事件の体験から「九条で命が守られた。二度と同じようなことが起きてほしくない」と話し、盛んな拍手に包まれました。

 会議には、海外からも法律家団体やNGO(非政府組織)代表など三十カ国百五十人以上が参加しました。会議の日程は三日間の予定です。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-05-06/2008050604_01_0.html
世界史変える「改憲ノー」
9条世界会議 多彩に分科会

(写真)話し合う、シンポジウム「平和を創る女性パワー」の参加者たち=5日、千葉市

 「9条世界会議」は五日、二日目の「九条を生かす分科会」を開き、会場の幕張メッセ国際会議場にはのべ六千五百人がつめかけました。大小三十近い多彩なシンポジウムやパネル討論、各団体の自主企画が催され、どの会場も立って聞く参加者がでる盛況でした。ミニライブや映画上映も行われました。

 「九条の危機と未来」の分科会で、経済同友会終身幹事の品川正治さんは「九条改憲にノーということはアジアを変え、アメリカの世界戦略も変える。われわれ日本国民は世界史を変える立場に置かれている」と訴えました。「核時代と九条」では、広島平和研究所所長の浅井基文さんが「九条と核廃絶は切っても切れない」とのべ、「力によらない平和」という九条の思想の大切さを強調しました。

 「アジアの中の九条」では、フィリピン代表が米軍基地追い出しの経験から、九条が平和運動発展の契機になったと発言。「平和を創る女性パワー」では、バウネット・ジャパンの西野瑠美子さんが「慰安婦問題の解決は、真のアジア和解に欠くことのできないプロセスであり、九条の要請だ」と発言。米陸軍元大佐のアン・ライトさんは米軍の性暴力について「部隊ではなんのとがめもない」と告発しました。

 新日本婦人の会の高田公子会長は、「九条の会」などでの活動を紹介し、「草の根でのがんばりが改憲キャンペーンの影響を押し返している」と報告しました。

 「世界の紛争と非暴力」では、アフガニスタンで軍閥の武装解除を成功させた伊勢崎賢治東京外国語大学教授が自らの体験を踏まえ「いかに紛争を起こさないかが現代の最大の問題だ」と提起。ボスニア出身のジャーナリスト、ヤスナ・バスティッチさんは、紛争を未然に食い止める市民の取り組みの重要性を語りました。

 また、いくつかのパネル討論では、九条にかんするグローバル・ネットワークづくりの提案も出ましたが、「それぞれの国の政治状況、実情に応じてそれぞれが頑張ることが重要だ」など各国の自主的な取り組みを尊重するべきだとの発言が相次ぎました。

5・3集会、東京日比谷

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-05-04/2008050401_01_0.html
憲法守る運動さらに
施行61周年 全国で行動
東京 4300人が集会・パレード

 「憲法守れ」の世論の大きな広がりのもと、憲法施行六十一周年を迎えた三日、「憲法を生かそう」「海外派兵恒久法やめよ」と全国で行動がくり広げられました。

 東京では、日比谷公会堂で「5・3憲法集会」(憲法会議、許すな!憲法改悪・市民連絡会など八団体で構成する実行委員会主催)が開かれ、四千三百人が参加。小雨のなか、開場二時間前から参加者が列をなし、会場からあふれた参加者が場外に設置された大型スクリーンの前を幾重にも囲みました。

 「毎月の宣伝で、最近はビラの受け取りがいい。署名も増えている」というのは東京土建本部の瀬田宗市さん(60)。「福祉を削って軍事費に回すような悪政に国民のがまんは限界。これからも燃えて駅頭に立つ」。けさ、地元で宣伝してきたという集会初参加の女性。地元の若者に誘われ、二月から活動を始めたばかりです。「私の家の近くにも平和を守ろうとする同年代がいると知ってうれしかった」

 集会では、女性の憲法年連絡会の堀江ゆりさんが、改憲を掲げた安倍政権を退陣に追い込むなどこの一年間の変化をのべ、「憲法九条を守ろうという世論の高まりのなかで開かれた集会。もっともっと運動を強めよう」と主催者あいさつ。日本共産党の志位和夫委員長、音楽評論家・作詞家の湯川れい子さんら四氏がスピーチしました。

 元米陸軍大佐・元外交官のアン・ライトさんは、「憲法九条をもつ日本は平和な世界のモデル。九条を世界に」と語りました。

 社民党の福島瑞穂党首は、憲法二五条を守れとたちあがった若者など「この数年の国民の力を実感する」とのべ、「人間を尊重する幸福の社会をつくろう」と訴えました。

 集会後、うちわや風船を手に銀座パレードが行われ、志位氏、笠井亮衆院議員、福島氏らも参加しました。
志位委員長が発言

 志位和夫委員長は発言で、憲法をめぐる国民世論の前向きの変化をつくりだした「九条の会」の草の根の組識の成長をあげ、改憲派の新たな巻き返しの危険を軽視せず、彼らが何より恐れる国民世論と草の根の運動で包囲し「ゆるぎない国民的多数派をつくりあげよう」と力を込めました。

 「憲法を平和に生かし、暮らしに生かすための攻めのたたかいを、あらゆる分野で発展させよう」とよびかけた志位さんは、平和に生かす点で、名古屋高裁判決は自衛隊イラク派兵に真正面から憲法違反と断じた歴史的・画期的なものと指摘。

 暮らしに生かし、貧困と格差をただす点では、日本国憲法が三十条におよぶ人権条項をもつ世界で最も豊かな人権憲法だとのべました。

 志位さんの発言に、随所で「そうだ」の声援と拍手が送られ、「憲法の輝く値打ちを国民が体験をつうじてつかむことが、憲法改悪のたくらみを阻止する一番の力となります。ともにがんばりましょう」と結びました。

9条改正反対66%に増、賛成23%に減 朝日世論調査

九条世界会議でパソコンに向き合う時間がとれず、掲載が遅れました。この朝日の記事は読売型とは異なり、先の北海道新聞の調査結果に類似しています。分析が必要です。世界会議のレセプションで司会の小森陽一さんがこの記事を振りかざして「九条の国へようこそ」と挨拶したのが印象に残っています。(高田)
http://www.asahi.com/national/update/0502/TKY200805020272.html
9条改正反対66%に増、賛成23%に減 本社調査

2008年05月02日21時33分

 3日の憲法記念日に合わせて、朝日新聞社が実施した全国世論調査(電話)によると、憲法9条を「変えない方がよい」との回答が66%にのぼり、「変える方がよい」の23%を大きく上回った。憲法改正が「必要」とする人は56%いるが、その中で9条改正を支持する人の割合は37%にとどまり、54%が「9条は変えない方がよい」と答えた。

  

 調査は4月19、20の両日に実施した。

 前の安倍内閣時代の07年4月に実施した調査でも、9条は「変えない方がよい」が49%で「変える方がよい」の33%を上回っていたが、今回は大きく差が広がった。

 この1年間は、安倍内閣が改憲への準備や集団的自衛権の議論を進めたほか、福田内閣のもとでもインド洋への海上自衛隊派遣をめぐる国会論戦が続くなど、9条や自衛隊の対米協力にかかわる論議が具体性を帯びた時期だった。

 一方、憲法全体について聞くと、憲法改正が「必要」とする人は56%なのに対し、「必要ない」は31%。07年調査で「必要」58%、「必要ない」27%だったのと大きな変化はなかった。

 憲法改正が「必要」と答えた人に理由を聞くと、74%が「新しい権利や制度を盛り込むべきだから」と答えた。「9条に問題があるから」は13%、「自分たちの手で新しい憲法を作りたいから」は9%にとどまった。

 また、憲法改正が「現実的な問題」と思う人は52%、「まだ先の問題」とする人は35%。07年調査ではそれぞれ59%、31%だった。「先の問題」とする人に理由を聞くと、71%が「国民の間で機運が高まっていない」を選んだ。国会で与野党の対立が深まっていることを挙げたのは19%、安倍首相が退陣したことを挙げた人は5%だった。

 衆参両院で多数派が異なるねじれ国会への評価を聞いたところ、「好ましくない」が62%を占めた。ただ、憲法を改正して衆議院の権限をさらに強めることについては、反対が58%だったのに対し、賛成は23%だった。

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